12 / 40
手繋ぎ心中
しおりを挟む
「ねぇ、一緒に死のうか?」
そう言ったのは継承者の方だった。
私の血族には結婚してさえつきまとう女性だけに伝わる伝承がある。
海神様に花嫁を捧げること。その伝統を守りぬくこと。
花嫁というのは結局のところいけにえで、死ぬだけの話で、そんな伝統滅ぼせばいいのにときっと誰もが思いながら今まで続いている。
花嫁の方が心中を持ちかけるのならまだ分かる。自分一人で死にたくないから巻き込もうとか、なり代わろうとか、嫌がらせか。
けど花嫁なのはあたしだ。あの子じゃない。
あの子とは、最初血のつながりがあるとは思ってなかった。
小学校で友達になり、母親同士がママ友を越えたほどなかよくなり、互いの家どころか実家まで行き来する仲になって親戚の可能性が出てきたという程度の薄い繋がりだ。
けれどその繋がっていたほうの血は伝承を背負う方だった。
それを知ってあたしは泣いた。同世代の血族はいけにえの座を押しつけ合って憎み合うって聞いていたから。
あの子に嫌われたくないと思った。
嫌われるぐらいならあたしが贄になるから、と。
当然、それで問題は解決した。
時が経ち、嫌がるようになっても強制してくれて構わないという旨趣の宣誓をしたことで向こうの保護者達の態度は軟化した。
こちらはさすがに喜びはしなかったが、納得はした。恐らく他に見つからなければあたしが贄になる事は決定していたのだろう、弟がいるのでなんとかなる可能性にかけていたらしい。
あの子はもしかしたら何も分かっていなかったのかもしれない。
ずっと、にこにこと笑っていた。
そうやって泣いたり笑ったり死ぬ間際にでも思い出せば平凡だけど貴重な時間だったねと言える年月を過ごした。
何故今思いだしているかといえば、あたしはもう死ぬ間際だからだ。
贄に捧げるのに婚姻年齢を守る必要はないが、義務教育期間中は周りの目も厳しいということでいきなり海に放り込まれたりはしない。
だからあの子と一緒に中学は卒業できたけど、高校に一緒に入学は出来ない。……そうじゃないなら出来たかといわれると謎だけど、主に成績的な意味で。
あたしの自慢の友達だった。
あの子に嫌われるぐらいならあたしが死ぬことに異存は今も全くないんだけど。
あの子と別れなければならない事だけは悲しかった。
だからその提案に心が揺れないはずがなかった。
あの子が一緒にいてくれるなら、水に最後の体温を奪われる瞬間まで幸せでいられるだろう。
伝承を確実に伝えることの大切さは重々聞いていたけれど。
結局、その誘惑に乗ってしまう。
「まだ春物は寒かったね」
真新しいスプリングコートを着たあの子が苦笑する。
「けどよく似合ってるよ」
自分の冬物のコートが野暮ったく思えてくる。
「でも海辺は寒いよ」
「水はもっと冷たいよ」
二人、顔を見合わせて微笑う。
夜中に二人で抜け出すなんて初めてだった。
月が綺麗で泣きたくなった。
場所を選んで住んだのか、家の近くに海があり、あつらえたような崖もある。
とはいえ真夏なら泳ぎが得意な中高生が度胸試しに飛び込んで遊ぶ程度の代物なのだが、この寒さならそれでも充分だろう。コートは防寒ではなく重しでしかない。
あの子がポケットから白いスカーフを取り出す。
「懐かしいね」
「ね」
ついこの間まで着ていたはずのセーラー服のスカーフがずいぶんと昔のことに思える。
あの子は左手であたしの右手を指を絡めるように繋ぐと、そこをスカーフで結びつけようとした。
「片手で結ぶの難しいね」
「両手でも、なかなか綺麗に結べなかったよね」
他愛のない話をする。
繋がれた手とスカーフが胸が痛くなるほど嬉しい。
崖の上に立ち、向かい合うようにもう一方の手も繋ぐ。
「フォークダンスみたいだね」
「あの時は些細な事で大騒ぎになってたよね」
こんなにも同じ想い出を持っている。
もうすぐ最後の想い出が出来る。
「じゃあ行こっか。いち、にい、さんっ」
『いちにいさん』は何かを一緒にやるときの合図。
地面を蹴る。浮遊感に包まれる。
手を引っ張る感じも引っ張られる感じもほとんどしなかったなと思ったと同時に体が何かにたたきつけられる。
それは冷たいよりも熱いと思った。
上下感覚が分からない。
一瞬後にしたのはスカーフが手から外れる感触。
思わず右手を離し、どちらか分からないなりに手を伸ばす。
左手が振り払われる。
そして体を強く押される感覚。
え? という言葉は泡にしかならない。
離されたんだと分かった。
ぼんやりとした視界をあの子の方に向ける。
背景が少しでも明るかったのならやっぱり怖くなったんだなで納得しただろう。
そしてそれすら想い出として水に沈んでいただろう。
けれどあの子の後ろはただ暗かった。
夜だからならいい。目が慣れていないでもいい。
けれどもこれでは沈んでいるのはあの子のように思える。
にこにこと笑っていた小さなあの子を思い出す。
もしあたしが贄になるのを決心したように、あの子はあの時身代わりになる事を決心したんじゃないか。
そう思ったのは死ぬ間際の夢だろうか?
だとすれば、こんな悲しい夢はない。
そう言ったのは継承者の方だった。
私の血族には結婚してさえつきまとう女性だけに伝わる伝承がある。
海神様に花嫁を捧げること。その伝統を守りぬくこと。
花嫁というのは結局のところいけにえで、死ぬだけの話で、そんな伝統滅ぼせばいいのにときっと誰もが思いながら今まで続いている。
花嫁の方が心中を持ちかけるのならまだ分かる。自分一人で死にたくないから巻き込もうとか、なり代わろうとか、嫌がらせか。
けど花嫁なのはあたしだ。あの子じゃない。
あの子とは、最初血のつながりがあるとは思ってなかった。
小学校で友達になり、母親同士がママ友を越えたほどなかよくなり、互いの家どころか実家まで行き来する仲になって親戚の可能性が出てきたという程度の薄い繋がりだ。
けれどその繋がっていたほうの血は伝承を背負う方だった。
それを知ってあたしは泣いた。同世代の血族はいけにえの座を押しつけ合って憎み合うって聞いていたから。
あの子に嫌われたくないと思った。
嫌われるぐらいならあたしが贄になるから、と。
当然、それで問題は解決した。
時が経ち、嫌がるようになっても強制してくれて構わないという旨趣の宣誓をしたことで向こうの保護者達の態度は軟化した。
こちらはさすがに喜びはしなかったが、納得はした。恐らく他に見つからなければあたしが贄になる事は決定していたのだろう、弟がいるのでなんとかなる可能性にかけていたらしい。
あの子はもしかしたら何も分かっていなかったのかもしれない。
ずっと、にこにこと笑っていた。
そうやって泣いたり笑ったり死ぬ間際にでも思い出せば平凡だけど貴重な時間だったねと言える年月を過ごした。
何故今思いだしているかといえば、あたしはもう死ぬ間際だからだ。
贄に捧げるのに婚姻年齢を守る必要はないが、義務教育期間中は周りの目も厳しいということでいきなり海に放り込まれたりはしない。
だからあの子と一緒に中学は卒業できたけど、高校に一緒に入学は出来ない。……そうじゃないなら出来たかといわれると謎だけど、主に成績的な意味で。
あたしの自慢の友達だった。
あの子に嫌われるぐらいならあたしが死ぬことに異存は今も全くないんだけど。
あの子と別れなければならない事だけは悲しかった。
だからその提案に心が揺れないはずがなかった。
あの子が一緒にいてくれるなら、水に最後の体温を奪われる瞬間まで幸せでいられるだろう。
伝承を確実に伝えることの大切さは重々聞いていたけれど。
結局、その誘惑に乗ってしまう。
「まだ春物は寒かったね」
真新しいスプリングコートを着たあの子が苦笑する。
「けどよく似合ってるよ」
自分の冬物のコートが野暮ったく思えてくる。
「でも海辺は寒いよ」
「水はもっと冷たいよ」
二人、顔を見合わせて微笑う。
夜中に二人で抜け出すなんて初めてだった。
月が綺麗で泣きたくなった。
場所を選んで住んだのか、家の近くに海があり、あつらえたような崖もある。
とはいえ真夏なら泳ぎが得意な中高生が度胸試しに飛び込んで遊ぶ程度の代物なのだが、この寒さならそれでも充分だろう。コートは防寒ではなく重しでしかない。
あの子がポケットから白いスカーフを取り出す。
「懐かしいね」
「ね」
ついこの間まで着ていたはずのセーラー服のスカーフがずいぶんと昔のことに思える。
あの子は左手であたしの右手を指を絡めるように繋ぐと、そこをスカーフで結びつけようとした。
「片手で結ぶの難しいね」
「両手でも、なかなか綺麗に結べなかったよね」
他愛のない話をする。
繋がれた手とスカーフが胸が痛くなるほど嬉しい。
崖の上に立ち、向かい合うようにもう一方の手も繋ぐ。
「フォークダンスみたいだね」
「あの時は些細な事で大騒ぎになってたよね」
こんなにも同じ想い出を持っている。
もうすぐ最後の想い出が出来る。
「じゃあ行こっか。いち、にい、さんっ」
『いちにいさん』は何かを一緒にやるときの合図。
地面を蹴る。浮遊感に包まれる。
手を引っ張る感じも引っ張られる感じもほとんどしなかったなと思ったと同時に体が何かにたたきつけられる。
それは冷たいよりも熱いと思った。
上下感覚が分からない。
一瞬後にしたのはスカーフが手から外れる感触。
思わず右手を離し、どちらか分からないなりに手を伸ばす。
左手が振り払われる。
そして体を強く押される感覚。
え? という言葉は泡にしかならない。
離されたんだと分かった。
ぼんやりとした視界をあの子の方に向ける。
背景が少しでも明るかったのならやっぱり怖くなったんだなで納得しただろう。
そしてそれすら想い出として水に沈んでいただろう。
けれどあの子の後ろはただ暗かった。
夜だからならいい。目が慣れていないでもいい。
けれどもこれでは沈んでいるのはあの子のように思える。
にこにこと笑っていた小さなあの子を思い出す。
もしあたしが贄になるのを決心したように、あの子はあの時身代わりになる事を決心したんじゃないか。
そう思ったのは死ぬ間際の夢だろうか?
だとすれば、こんな悲しい夢はない。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる