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蛇足
沈黙が生む歪
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覚悟をしていたわけではなかった。
ただ、避けられなかったんだなとは思った。
祖母に、海神にうちの血筋の女性からいけにえを出す――要約すればそんな妄想めいたことを小さな頃に聞かされ続けていた。一族の女性にしか伝えない話らしい。
その話は躾の一環として子供を脅すのに使うにはあまりにも逃げ道がなく、ただ怖がらせるためにするにはあまりにも当然のことすぎた。
当然と思うことをおかしいと思わなかった。
いけにえを花嫁と言葉を綺麗にしてたせいで意味がすぐに分からなかったことを差し引いても、母が結局私が生まれるまで生きていたと事実を鑑みても、当然という思考には行きつかない。
……もっとも、母に関しては体が未成熟なのにどこの誰とも分からない男との間に私を作ったそうだとあとで知ったので花嫁にならなかったのはそのせいかもしれない。おそらく同じ話を聞かされて、話が嘘でも本当でもいずれ祖母に殺されると思ったのだろう。それで結婚できない立場になるためか――あるいは身代わりになる女児を産むためか、そんな行動に走ったのだろう。結局若すぎた妊娠に母体は耐えられなかったけれど。それでも産まされたのはきっと次のいけにえ候補が欲しかったからに違いない。伯父は私が生まれた時点では子供どころか結婚すらしていなかったし、母の兄弟は他にいない。
そんなことを考えるほど残酷な事実を、当時あっさりと受け入れたのは幼さゆえに理解できなかったせいもそれでも少しはあるかもしれない。
それでも同じ話ばかりされればうんざりもする。いつしか私はその話をまともに聞かなくなった。
そして祖母の興味は、祖父の認知症がきっかけで同居し始めた従妹の方に向けられ始めた。おとなしい下の従妹には悪いが相手してくれるならありがたい。伯母が祖父につきっきりのせいもありこちらに雑用が回ってきていて忙しい。まだ神の花嫁の意味は分からないだろうし、ほかの人に聞かれるよりはよほどいい。
そう油断していたのがきっといけなかったのだろう。
伯母に手足を縛られ、猿轡を噛まされたときに、伯母も話を聞いていたのだと知った。
それ以外の動機が思いつかないとは言わない。祖父母がいなくなっていきなりこんな大きな子供を引き取らなければならなかったことに何の不満もなかったと思うほど私はおめでたくない。
けれど私が従姉妹たちの中で最年長だということも。
そして私が昨日十六になったことも間違いじゃない。
伯母がどこまで正確に知っているかは分からないが、花嫁は同時期に何人もいらないと言われている、すべてささげてしまっては伝える人も次代もいなくなってしまうから。なので一人捧げてしまえば後は伝える方に回ることが出来る。孫や曾孫ならいいのかと言われると違うのだろうが、今目の前にいる可愛い娘を助けたいと思うのはあたりまえなのだから、横に贄に出来る他人がいれば真っ先にそれに目をつけるのは当然だ。
――そう伯母が本気で思ってくれていることを祈る。
さっきの話は伯母の性格をまるっきり無視している。娘が可愛いのは本当だろうが、だからといってほかの人を犠牲にすることを当然と思うような思考も持っていないはず。
伝承を信じているのに、現行の法にも従う律義さをしたたかとは呼びづらい。
何より今まで受けてきた優しさが全部嘘だとは思えない。
だから学生の身分で行方不明とか伯母が気にやむような事態にはしたくなかった。その未練がもっと悲劇を生むとは思わなかった。
記憶が甦り、当然と思った理由が分かった時点で、自ら海に飛び込んでおけば、少なくとも伯母が手を汚すことはなかったのに。
私は前世で海神との結婚を約束していた。だから海神の花嫁になることは当然だと思っていた。いまさら向こうはいらないかもしれないけれど、大切な約束だった。
祖母が亡くなったとき、これで伝承を知るものはいなくなったと思った。従妹はまだ幼いし、伯母は血族ではない。伯父は当然男だから知らされるはずもない。伝える機会のないままに記憶を取り戻し、ならば教える必要はないと気づいた。もともと積極的に話したいわけではないし、約束の娘が戻ったならばその後血脈に固執する必要はないだろう。というか今でもない。今、当時の自分と並べて似ていると言う人はいないだろう。あの顔が好きだったのならよそを当たった方がいい。
けれど知っていたなら、もう必要はないと止めるべきだった。
伯母が傷つく必要はないのに。
それを伝えることが出来ず、私は水に沈んで行った。
海神と再会し、約束を果たしてしばらく。
伯母が溺れ死んだらしいとの話を聞いた。
海神は万能ではないといいながら、海の中のことならば大概のことは分かる。
言い変えれば陸のことはあまり分からない。
伯母に他殺の気配はなかったものの、事故か自殺かは分からないらしい。後者の場合のその理由も。
私を無理矢理こちらに送った伯母のことは好きではないらしく、自分で話を振っておきながら機嫌を損ねている海神をなだめながら考える。
事故ならば自分は無関係だろう。
自殺だとしても、他に悩みがあったというならひどいいいぐさだがそれでもいい。
けれどこれが、私を海に沈めたせいならば。
罪悪感のためならば、自分が生きていることにそれでも後ろめたさを感じる程度で済むけれど。
歪んだ伝承の結果なら。
それが従妹にも伝わっていたら。
あるいは従妹が覚えていたならば。
またここに人が流れつくかもしれない。それを止めることが出来ない。
自分は間違えてしまったのだろう。
海神にもう花嫁はいらない。
けれど従妹の遺体は目の前にある。
覚悟をしていたわけではなかった。
ただ、避けられなかったんだなとは思った。
ただ、避けられなかったんだなとは思った。
祖母に、海神にうちの血筋の女性からいけにえを出す――要約すればそんな妄想めいたことを小さな頃に聞かされ続けていた。一族の女性にしか伝えない話らしい。
その話は躾の一環として子供を脅すのに使うにはあまりにも逃げ道がなく、ただ怖がらせるためにするにはあまりにも当然のことすぎた。
当然と思うことをおかしいと思わなかった。
いけにえを花嫁と言葉を綺麗にしてたせいで意味がすぐに分からなかったことを差し引いても、母が結局私が生まれるまで生きていたと事実を鑑みても、当然という思考には行きつかない。
……もっとも、母に関しては体が未成熟なのにどこの誰とも分からない男との間に私を作ったそうだとあとで知ったので花嫁にならなかったのはそのせいかもしれない。おそらく同じ話を聞かされて、話が嘘でも本当でもいずれ祖母に殺されると思ったのだろう。それで結婚できない立場になるためか――あるいは身代わりになる女児を産むためか、そんな行動に走ったのだろう。結局若すぎた妊娠に母体は耐えられなかったけれど。それでも産まされたのはきっと次のいけにえ候補が欲しかったからに違いない。伯父は私が生まれた時点では子供どころか結婚すらしていなかったし、母の兄弟は他にいない。
そんなことを考えるほど残酷な事実を、当時あっさりと受け入れたのは幼さゆえに理解できなかったせいもそれでも少しはあるかもしれない。
それでも同じ話ばかりされればうんざりもする。いつしか私はその話をまともに聞かなくなった。
そして祖母の興味は、祖父の認知症がきっかけで同居し始めた従妹の方に向けられ始めた。おとなしい下の従妹には悪いが相手してくれるならありがたい。伯母が祖父につきっきりのせいもありこちらに雑用が回ってきていて忙しい。まだ神の花嫁の意味は分からないだろうし、ほかの人に聞かれるよりはよほどいい。
そう油断していたのがきっといけなかったのだろう。
伯母に手足を縛られ、猿轡を噛まされたときに、伯母も話を聞いていたのだと知った。
それ以外の動機が思いつかないとは言わない。祖父母がいなくなっていきなりこんな大きな子供を引き取らなければならなかったことに何の不満もなかったと思うほど私はおめでたくない。
けれど私が従姉妹たちの中で最年長だということも。
そして私が昨日十六になったことも間違いじゃない。
伯母がどこまで正確に知っているかは分からないが、花嫁は同時期に何人もいらないと言われている、すべてささげてしまっては伝える人も次代もいなくなってしまうから。なので一人捧げてしまえば後は伝える方に回ることが出来る。孫や曾孫ならいいのかと言われると違うのだろうが、今目の前にいる可愛い娘を助けたいと思うのはあたりまえなのだから、横に贄に出来る他人がいれば真っ先にそれに目をつけるのは当然だ。
――そう伯母が本気で思ってくれていることを祈る。
さっきの話は伯母の性格をまるっきり無視している。娘が可愛いのは本当だろうが、だからといってほかの人を犠牲にすることを当然と思うような思考も持っていないはず。
伝承を信じているのに、現行の法にも従う律義さをしたたかとは呼びづらい。
何より今まで受けてきた優しさが全部嘘だとは思えない。
だから学生の身分で行方不明とか伯母が気にやむような事態にはしたくなかった。その未練がもっと悲劇を生むとは思わなかった。
記憶が甦り、当然と思った理由が分かった時点で、自ら海に飛び込んでおけば、少なくとも伯母が手を汚すことはなかったのに。
私は前世で海神との結婚を約束していた。だから海神の花嫁になることは当然だと思っていた。いまさら向こうはいらないかもしれないけれど、大切な約束だった。
祖母が亡くなったとき、これで伝承を知るものはいなくなったと思った。従妹はまだ幼いし、伯母は血族ではない。伯父は当然男だから知らされるはずもない。伝える機会のないままに記憶を取り戻し、ならば教える必要はないと気づいた。もともと積極的に話したいわけではないし、約束の娘が戻ったならばその後血脈に固執する必要はないだろう。というか今でもない。今、当時の自分と並べて似ていると言う人はいないだろう。あの顔が好きだったのならよそを当たった方がいい。
けれど知っていたなら、もう必要はないと止めるべきだった。
伯母が傷つく必要はないのに。
それを伝えることが出来ず、私は水に沈んで行った。
海神と再会し、約束を果たしてしばらく。
伯母が溺れ死んだらしいとの話を聞いた。
海神は万能ではないといいながら、海の中のことならば大概のことは分かる。
言い変えれば陸のことはあまり分からない。
伯母に他殺の気配はなかったものの、事故か自殺かは分からないらしい。後者の場合のその理由も。
私を無理矢理こちらに送った伯母のことは好きではないらしく、自分で話を振っておきながら機嫌を損ねている海神をなだめながら考える。
事故ならば自分は無関係だろう。
自殺だとしても、他に悩みがあったというならひどいいいぐさだがそれでもいい。
けれどこれが、私を海に沈めたせいならば。
罪悪感のためならば、自分が生きていることにそれでも後ろめたさを感じる程度で済むけれど。
歪んだ伝承の結果なら。
それが従妹にも伝わっていたら。
あるいは従妹が覚えていたならば。
またここに人が流れつくかもしれない。それを止めることが出来ない。
自分は間違えてしまったのだろう。
海神にもう花嫁はいらない。
けれど従妹の遺体は目の前にある。
覚悟をしていたわけではなかった。
ただ、避けられなかったんだなとは思った。
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