我が罪への供物

密やかな夢

　湿った足跡がゆっくりと近づいてくる。
　けして大きな音ではないけれど、やたらと耳に付く。
　それ以上眠っていられなくて目を覚ます。
　その途端音は消える。
　これはあたしの夢だから。

　あたしの血族には女性だけに伝わる掟がある。
　一つは海神様に花嫁を捧げること。
　もう一つはそれを伝えていくこと。
　何故だなんて誰も思わない当たり前のこと。

　なのに姉が逃げ出した、よりにもよって嫁ぐ直前だった。
　幸い母と伯母と一緒に連れ戻せたので、その日のうちに生きたまま海に沈めた。
　双子なのに本当にあたしとは似ていない。
　花嫁だからと用意して、無理やり着せたウエディングドレスは、そのまま体にまとわりつく枷となる。
　群青に沈む白を月の光の中見送る。
　……これであたしは花嫁になることはない。
　将来娘や孫娘を沈めることがあっても、あたし自身が沈むことはない。
　――そう、思っていたけど。

　湿った足跡は毎日少しずつ近づいてくる。
　それを悪夢と認識する。
　深く眠れなくなり、余計に悪夢を見る。
　眠れる時間が短くなる。
　何故こんな夢を見るのだろう？　

　日に日に弱ってくるのが分かる。
　いずれは死んでしまうのかもしれない。
　……それとも、それが目的なのだろうか？
　本当に花嫁に望まれていたのはあたしで、海神様が毎夜夢をたどり迎えに来ているのだったら？
　もしそうならば母は喜んであたしをも捧げようとするだろう。
　母も伯母も健康なので二十年後でも掟を問題なく伝えられるだろうし、何も知らない母方の従兄弟がやがて結婚し、女児をもうければ次の花嫁にも困らない。
　それ以前に望んだ存在を得たならもう花嫁はいらないかもしれない。
　なんて幸せなことだろう。
　だけどそんなことは誰にも言わない。
　こちらから行ってもかまわないだろうけど。
　迎えに来てもらった花嫁なんて誰もいないから。
　そんな幸せな存在なんて。

　そうして足跡が真後ろに止まった夢の中。
　振り返りそこにいたのは。

　変わり果てた姉だった。