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「愛し子!? お前がか!?」
 ……わたくし、それでも愛し子として便宜を図れと言わなかったことだけは元婚約者を評価していたんですけど。
 まさか知らなかっただなんて。
 そこまで興味を持たれていなかったのかと思うと、いろいろ通り越してただ驚きです。吹聴はしていませんがそこまでの秘匿も致しておりません。

 目の前にはすっかり面変わりして病気の浮浪者にしかみえない元婚約者が座っていました。

 恐らくわたくしの元婚約者と知っていればわたくしのところここまで連れてくることはなかったでしょうが。
 救いの手は相手の身分、立場を選ばず差し出すことになっていますし……病状は選びますが。
 実際は本当に誰彼構わず助けている訳ではないでしょうが、それでも危険人物として止めるべきという確信までは持てなかったのでしょう。
 わたくしも黙ったままでしたらきっと気づきませんでしたわ。
 ……いやだわ、相手に関心がないことを責められませんわ。

「何でもいい。治せ」
 ……けれどわたくしは現状を分かっているつもりですわ。
 ですから正直に告げます。
「わたくしはあなただけは治せません」

「なんだと!?」
 激高した婚約者さまが立ち上がりこちらにつかみかかろうとしましたが、周りが止める前にふらついて膝を付きます。
 ……病気が酷いという事は本当のようですわね。

「わたくしの力はわたくしが嫌いなものには働かないか場合によっては悪化させます」
 ……客観的に言うと酷いですわね。
「あなたはわたくしに嫌われていない自信がおありですか?」
 あるというなら使って悪化させたとしても構わないのですけど。
 けれどこれは嫌いというより無関心かしら?

「あ、いや、婚約破棄したのは、あの時から既に病になっていて苦労をかけるだけだからと……」
 とっさに思いついたにしてはいいいいわけだとは思いますけれど。
「恋人を作った上に、恋人の侍女にまで将来をちらつかせて関係を迫って孕ませて捨てたのがバレで勘当されたことが?」
 まわりはむしろ隠そうとしていますけど、なぜか神様が教えてくださいまして。
 うっかりほだされたりしないようにでしょうね。恋人にも振られたそうですし。
 因みに将来をちらつかせたというのは「結婚してやる」ではなく、「馘首にする権利を持てる」の方らしいです。
 むしろ破棄してくださって幸いでしたわねわたくし。
 婚約していたままなら確かに苦労したでしょう。

 とっさに反論出来なかったらしく、無意味に口を開閉させている元婚約者に、そこまでは知らなかったであろう人たちの冷たい視線が刺さります。
「その病では死にはしないと聞きます。ここで賭をするよりも静養なさることをお勧めします」
 もっとも休める環境があるとは限らないでしょうけど。
 どうしても働かないと生きていけない方は修道院が間に入り仕事を休めるようにしたり生活の世話をしたりすることもありますが。
 あまりにもあまりな理由ですから介入が必要と判断されるとは限りませんし、仮に介入したとしてもここで嫌悪の視線に晒されながらでは、直接的に危害を加えられるわけではなくとも休めるものも休めないでしょう。
 それでなくとも直接病では死なないけれど、苦しみだけが続いて、自死を選ぶ方も多いというものですし……でなければわたくしのところに来ませんわ。

 けれどやはりわたくしでは治せないと思いますわ。
 唯一あると思っていた長所も幻と判明しましたし。
 そもそもわたくしに近づくことすらもう出来ないでしょう。

 ごめんなさい、あなただけは治せません。
 ……嘘ですわ、悪いと思っていませんもの。


 そうしてわたくしはゆっくりと過去から離れて行きました。
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