鏡の向こうの変身魔法

こうやさい

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鏡の向こうの変身魔法

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 あたしは幼い頃、ある意味ではとても手のかかる、けれどある意味ではとてもかからない子供だったらしい。
 こういうと訳わかんないね。
 なんでもまだ赤子といって差し支えない時からペンさえ握らせておけばご機嫌でぐずったりしなかったらしい。そういう意味で手はかからない。
 けれどもペンを持った子供がその辺りに落描きをしないはずがない。そういう意味では手がかかったと。
 けれどこの問題は両親が大きなホワイトボードペーパーを買ってきて、この中に描いて消しなさいと専用マーカーを握らせた事で解決した。
 ……かに見えた。

 その日は等身大の女の子を描いていた。
 その子に着せた洋服が、当時としては会心の出来だった。
 着てみたいなぁと思うのが当然の乙女心。この辺り通販画面見てる人とあんまり変わらない。
 けれどこれは通販じゃなくホワイトボードに描かれた落描き。
 絵に描いた餅ならぬ服が着れるはずがない。
 けれどあたしは諦めなかった。そして謎の思考回路をしていた。
 ホワイトボードよりは小さいがそれなりのサイズがある母の姿見にその洋服を描き写したのだ。
 そうしてそこに顔を映した、紙製の着せ替え人形のようなイメージでといえば分かるだろうか?
 けれど位置が悪かったせいで合わせるために背伸びをする羽目になった。
 そして案の定、バランスを崩して、鏡に向かって倒れ込んだ。
 あわや惨劇かと思われたが、そうはならなかった。

 なぜなら、から。

 膝をついて座り込み、暫く呆然とした後辺りを見回す。
 後ろには鏡と同じ大きさのガラスとその向こうに見える見慣れた部屋。
 足下には柔らかい草。
 空は青く高い。
 そして着ているのは……さっき描いた服だった。

 それを見た瞬間、現状がなにかおかしいということをすべて忘れた。
 こんな場所にいることも。
 いくら上手く描けたつもりでも実際の洋服にするには難しいところが上手くフォローされていることも。
 そもそも絵に描いた服を着ていることも。
 そんな事は無視してはしゃぎ回った。
 立ち上がってスカートの裾をつまんでみたり、くるりと回転してみたり……女の子が気に入った格好をしたときに鏡の前でとりそうな行動をいくつが想像してくれればそうは違わない。
 けれどここには鏡がなかった。
 正確にはあったけど、透けて通り抜けられて姿が映らないという、鏡としてはおかしなしろものに成り果てている。
 みたいなぁと思った途端、急な眠気にあがなえなくなり、座り込み丸まってゆっくり意識を手放した。

 目が覚めたときには、ラグの上で、いつもの格好でペンを握りしめて丸まっていた。

 夢!? どこから!?

 慌てて鏡を見てみたが、普通に部屋が映っていておかしなところはない。
 絵も描かれおらず、触れるとひんやりと冷たい感触が返ってくる。通り抜ける気配はない。

 それでもまた出来るのではないかと、もう一度鏡に洋服を描いて、ばれて思いっきり叱られた。
 それから試す機会はなかった。

 そしてあたしはデザイナーを目指すことにした。
 あの時の、自分の考えた服を形にして着たときの喜びが忘れられなかったからだ。
 結局あれは夢で、鏡を通り抜けることも描いた絵を一瞬で洋服にすることもないけれど。
 あんな簡単にはできずに辛いことも多いけれど。
 それでも。
 あの時の気持ちは今もあたしを魔法のように動かしている。
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