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あったかもしれないしなかったかもしれない話
ジョシュア
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『殿下って凄いんですね』
あの日、エマはそういった。
それは通りがかりにたまたま目に入った光景だった。
一応存在は報告されて知っていた特待生が木に引っかかっているハンカチらしきものを背伸びをして取ろうとしていた。
……いまから思えば、それは誰かに、上階の窓から投げ捨てられたのだろう。風は別に強くなかったし。
いくら背伸びしようとも人が手を伸ばした程度で取れる高さに引っかかってはいない。
何気なく近寄っているうちに、エマは今度は幹を揺すり始めたが、そう揺らせる訳もなかった。
とうとう足をかける気なのか靴を脱ぎ始める。
「それくらいなら買ってやろうか?」
滑稽なほどの必死さに、そう声をかける。
「はい?」
振り返ったエマはわたしの顔を見て固まった。
「で、殿下!?」
後ずさった拍子に靴が引っかかり体傾ぎ、幹に音をたててぶつかってしまう。その拍子にハンカチがひらひらと落ちてくる。
「大丈夫か?」
相当な勢いだったが。
「だ、大丈夫です」
大丈夫には見えないが、そう言うなら踏み込めないだろう。
「それくらいなら買ってやろうか?」
同じ言葉をくり返す。
もちろん、個人的に買うという意味ではない。
特待生の備品にハンカチも加えようかという意味だ。それくらいの権限はある。
「その程度のものにかかって怪我をするのも馬鹿らしいだろう?」
エマは……冷静に考えると少々呆れていたのだと思う。
なんでもあれはエマからすれば一月生活出来るほどの金額の代物で、貴族の中に混じるのだからせめてと周りが無理をして用意してくれた物だったらしい。
「殿下って凄いんですね」
怪我をするよりはいいと今でも思うが、それでもその程度とは言ってはいけなかったのだろう。
けれどその時はそんな事を思わなかった。
ひたすらエマに運命を感じていた。
何も変だとは思わなかった。
ただただエマに溺れていった。
エマは殿下であることに魅力を感じていると思っていたので、ひたすら金と地位とをひけらかした。
そもそも好かれていない可能性なんて考えていなかった。
いや、きっと運命なのだからと気づいたのに見ないふりをしていた。
そうして婚約者であるアンリエッタをないがしろに、邪険に、終いには排除しようとした。
何の罪もない、それどころがわたしがおかしいときにいろいろ助けてくれていたのに。
今ならばあの時おかしかったのだと分かる。
「わたしはエマを愛しています」
父上に叱られ、それでもそう言い切り、アンリエッタと同じように地下牢に送られかける前に宮廷魔導師がわたしに魅了がかかっていると言いだした。
物語ならエマがかけたものということになるだろうか、これはもっと昔にかけられたものが解けきっていないものらしかった。
それが解かれた。
「アンリエッタ!!」
魅了などの影響下にあったものへの対応は通常通りではない。
だから地下牢へはとりあえず行かずに済むのだが、わたしはそこに反射的に向かおうとした。
けれどもすぐに思い出す。
もうそこにアンリエッタは居ない。
『殿下は凄いですわね』
以前、そう言ってくれたのはアンリエッタだった。
その時確かに幼いながらも恋をした。
恋をしていた。
あの日、エマはそういった。
それは通りがかりにたまたま目に入った光景だった。
一応存在は報告されて知っていた特待生が木に引っかかっているハンカチらしきものを背伸びをして取ろうとしていた。
……いまから思えば、それは誰かに、上階の窓から投げ捨てられたのだろう。風は別に強くなかったし。
いくら背伸びしようとも人が手を伸ばした程度で取れる高さに引っかかってはいない。
何気なく近寄っているうちに、エマは今度は幹を揺すり始めたが、そう揺らせる訳もなかった。
とうとう足をかける気なのか靴を脱ぎ始める。
「それくらいなら買ってやろうか?」
滑稽なほどの必死さに、そう声をかける。
「はい?」
振り返ったエマはわたしの顔を見て固まった。
「で、殿下!?」
後ずさった拍子に靴が引っかかり体傾ぎ、幹に音をたててぶつかってしまう。その拍子にハンカチがひらひらと落ちてくる。
「大丈夫か?」
相当な勢いだったが。
「だ、大丈夫です」
大丈夫には見えないが、そう言うなら踏み込めないだろう。
「それくらいなら買ってやろうか?」
同じ言葉をくり返す。
もちろん、個人的に買うという意味ではない。
特待生の備品にハンカチも加えようかという意味だ。それくらいの権限はある。
「その程度のものにかかって怪我をするのも馬鹿らしいだろう?」
エマは……冷静に考えると少々呆れていたのだと思う。
なんでもあれはエマからすれば一月生活出来るほどの金額の代物で、貴族の中に混じるのだからせめてと周りが無理をして用意してくれた物だったらしい。
「殿下って凄いんですね」
怪我をするよりはいいと今でも思うが、それでもその程度とは言ってはいけなかったのだろう。
けれどその時はそんな事を思わなかった。
ひたすらエマに運命を感じていた。
何も変だとは思わなかった。
ただただエマに溺れていった。
エマは殿下であることに魅力を感じていると思っていたので、ひたすら金と地位とをひけらかした。
そもそも好かれていない可能性なんて考えていなかった。
いや、きっと運命なのだからと気づいたのに見ないふりをしていた。
そうして婚約者であるアンリエッタをないがしろに、邪険に、終いには排除しようとした。
何の罪もない、それどころがわたしがおかしいときにいろいろ助けてくれていたのに。
今ならばあの時おかしかったのだと分かる。
「わたしはエマを愛しています」
父上に叱られ、それでもそう言い切り、アンリエッタと同じように地下牢に送られかける前に宮廷魔導師がわたしに魅了がかかっていると言いだした。
物語ならエマがかけたものということになるだろうか、これはもっと昔にかけられたものが解けきっていないものらしかった。
それが解かれた。
「アンリエッタ!!」
魅了などの影響下にあったものへの対応は通常通りではない。
だから地下牢へはとりあえず行かずに済むのだが、わたしはそこに反射的に向かおうとした。
けれどもすぐに思い出す。
もうそこにアンリエッタは居ない。
『殿下は凄いですわね』
以前、そう言ってくれたのはアンリエッタだった。
その時確かに幼いながらも恋をした。
恋をしていた。
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