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あったかもしれないしなかったかもしれない話
セイリアス 後編
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それでも卒業まで耐えられればと思う気持ちすらなくなりつつあったあの日。
アンリエッタ様に声をかけられた。
アンリエッタ様は殿下に冷たくされるようになっても特に変わった様子を見せない。
けれどもそれはエマや最近堪えることを忘れた殿下と一緒にいるせいでそう見えるだけで、そもそも上位貴族がむやみに感情を表すはずもない。
それでも殿下を見限らないかと微笑で提案された時には、少しぐらい感情を表に出してくれないかと思った。意図が分からない。
「その場合、僕の立場はどうなりますか?」
正直既にほぼ見限っていたがそれを隠して尋ねる。
「どうも?」
アンリエッタ様が緩く首を振る。
「知らなかっただけなら罪にはならないわ」
つまり、知ったことを隠せというのか。
「知ったならきっとエマを助けてくれると信じているわ」
「エマを!?」
そうして聞いた話は、既にエマを殿下から隔離したという話とそこに卒業式が済んでエマが安全だと思ったら迎えに行って欲しいという話だった。
自分で判断するように言ってあるし、籠もったままでも一年は生活出来るようになっているはずだから行かなくても構わないと。
ならば外部の状況をある程度知れる状態にはあるのだろう。迎えを頼む必要はないはず。
だとすればこれは……僕のためか。
正式な相手ではないとはいえ、殿下の想い人を恋情を寄せるなんて不敬だろう。
けれども僕がエマに惹かれているのは事実だ。
……だからこそ、殿下を完全に理解出来ないとは言いきれなかった。
感情そのものは理性でどうにもならない。
それを見抜かれていたのか。
「それを僕が殿下に言うとは思わないのですか?」
そう尋ねたのは誘惑に対するささやかな抵抗、あるいはいいわけだろう。
「構わないわ」
「いいのかよ!?」
ヤバい、驚きのあまりしゃべり方が。
「ここまでは。というより卒業式までに気づかなかったらむしろ知らせてちょうだい?」
確かに殿下は王族としての仕事が既に始まっているし、それを放りだしてまでエマに会おうとは……まだではないと願いたいがしていないし、ゆっくり卒業式に出るためにそれを前倒せるものは前倒しているために忙しいことをしっている。
なので確かに卒業式……正確には式が始まる前にエマを探そうとするだろうからその直前までエマの不在に気づかない可能性はある。
ただ、そうなった場合アンリエッタ様は?
わざわざ教えてもいいということは恐らく式で顔を合わせたときに殿下が何らかの反応をする事を期待している。
そしていまの殿下なら名を出さなくともエマがいない事をアンリエッタ様に結びつけるだろう。
「こちらのことは気にしなくていいわ」
アンリエッタ様が微笑む。いつもと変わらないはずなのになぜか心から微笑っているように見える。
アンリエッタ様はアンリエッタ様で決着をつけるおつもりだろう。
それからエマを外すというのは、エマのためもあるだろうが。
……アンリエッタ様はもしかして殿下に恋情を持っておられるのだろうか?
「……知らせはしません」
そう言った声はどこか掠れていた気がする。
「けれどももし殿下が卒業式で間違った対応を取ったなら、その時は責任を持ってエマを迎えに行きます」
実質殿下を裏切る宣言をした。
間違わない可能性なんてないと思っているのだからそうでしかない。
きっと正しくは場所を聞いてすぐに殿下に報告に行って、殿下あるいは僕よりも信用出来るものがエマを迎えに行くべきなのだろう。
「エマのことお願いね」
そう言ったアンリエッタ様の言葉は誰か別の人のことを頼まれたような気がした。
具体的には殿下とか。
確かにそれはすでに僕には頼めないだろう。
裏切ってしまった僕には。
どうしてそれほど殿下が大切なのか。
僕にはもう分からなかった。
アンリエッタ様に声をかけられた。
アンリエッタ様は殿下に冷たくされるようになっても特に変わった様子を見せない。
けれどもそれはエマや最近堪えることを忘れた殿下と一緒にいるせいでそう見えるだけで、そもそも上位貴族がむやみに感情を表すはずもない。
それでも殿下を見限らないかと微笑で提案された時には、少しぐらい感情を表に出してくれないかと思った。意図が分からない。
「その場合、僕の立場はどうなりますか?」
正直既にほぼ見限っていたがそれを隠して尋ねる。
「どうも?」
アンリエッタ様が緩く首を振る。
「知らなかっただけなら罪にはならないわ」
つまり、知ったことを隠せというのか。
「知ったならきっとエマを助けてくれると信じているわ」
「エマを!?」
そうして聞いた話は、既にエマを殿下から隔離したという話とそこに卒業式が済んでエマが安全だと思ったら迎えに行って欲しいという話だった。
自分で判断するように言ってあるし、籠もったままでも一年は生活出来るようになっているはずだから行かなくても構わないと。
ならば外部の状況をある程度知れる状態にはあるのだろう。迎えを頼む必要はないはず。
だとすればこれは……僕のためか。
正式な相手ではないとはいえ、殿下の想い人を恋情を寄せるなんて不敬だろう。
けれども僕がエマに惹かれているのは事実だ。
……だからこそ、殿下を完全に理解出来ないとは言いきれなかった。
感情そのものは理性でどうにもならない。
それを見抜かれていたのか。
「それを僕が殿下に言うとは思わないのですか?」
そう尋ねたのは誘惑に対するささやかな抵抗、あるいはいいわけだろう。
「構わないわ」
「いいのかよ!?」
ヤバい、驚きのあまりしゃべり方が。
「ここまでは。というより卒業式までに気づかなかったらむしろ知らせてちょうだい?」
確かに殿下は王族としての仕事が既に始まっているし、それを放りだしてまでエマに会おうとは……まだではないと願いたいがしていないし、ゆっくり卒業式に出るためにそれを前倒せるものは前倒しているために忙しいことをしっている。
なので確かに卒業式……正確には式が始まる前にエマを探そうとするだろうからその直前までエマの不在に気づかない可能性はある。
ただ、そうなった場合アンリエッタ様は?
わざわざ教えてもいいということは恐らく式で顔を合わせたときに殿下が何らかの反応をする事を期待している。
そしていまの殿下なら名を出さなくともエマがいない事をアンリエッタ様に結びつけるだろう。
「こちらのことは気にしなくていいわ」
アンリエッタ様が微笑む。いつもと変わらないはずなのになぜか心から微笑っているように見える。
アンリエッタ様はアンリエッタ様で決着をつけるおつもりだろう。
それからエマを外すというのは、エマのためもあるだろうが。
……アンリエッタ様はもしかして殿下に恋情を持っておられるのだろうか?
「……知らせはしません」
そう言った声はどこか掠れていた気がする。
「けれどももし殿下が卒業式で間違った対応を取ったなら、その時は責任を持ってエマを迎えに行きます」
実質殿下を裏切る宣言をした。
間違わない可能性なんてないと思っているのだからそうでしかない。
きっと正しくは場所を聞いてすぐに殿下に報告に行って、殿下あるいは僕よりも信用出来るものがエマを迎えに行くべきなのだろう。
「エマのことお願いね」
そう言ったアンリエッタ様の言葉は誰か別の人のことを頼まれたような気がした。
具体的には殿下とか。
確かにそれはすでに僕には頼めないだろう。
裏切ってしまった僕には。
どうしてそれほど殿下が大切なのか。
僕にはもう分からなかった。
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