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あったかもしれないしなかったかもしれない話
セイリアス 前編
しおりを挟む殿下は困ったことに特待生のエマにのぼせている。
この場合困るのは相手が特待生ということよりも殿下にはアンリエッタ様という婚約者がいるというところだ。
エマは立場をわきまえ……るも何も把握する前に殿下に言い寄られ、どうすればいいのか分からないらしくとにかく控えめで大人しい。
端から見ていれば話が通じていないのがよく分かるが、当の殿下は気付いていない。
ここまで愚かな人ではなかったと思うのだが。
以前の殿下は多少世間知らずな気がするもののもっと聡明そうだった。
そして恋い焦がれるという感じでこそなかったがアンリエッタ様と穏やかな関係を築いていた。お二人は幼なじみといえるほど昔からのつきあいがあるらしい。
このお二人が国を継がれるなら安泰だと若輩者の分際で偉そうに思ったものだ。
あれからそこまでの時間がたったわけではないのに、なぜこんなことになっているのだろう?
あるいは最初から殿下を見誤っていたのだろうか?
僕が側近の中では一番付き合いが短い。
というか、学校にはお付きをつれていけないので、側近という名目で走り使いをいれたのだろうと今ならわかる。
だから僕だけ身分が低い。
なんの足掛かりにもならないとはいわないが、卒業後も側近の立場でいられるとは思っていない。
そもそももうその立場に未練もない。
エマとアンリエッタ様への態度にあきれ返っている。
殿下はエマの気を惹くために行動する。
エマを想っての行動ではあるが、エマの立場になって考えた行動ではない。
知らない話は面白いともいうが、興味のない話、わからない話ばかりでは面白いはずがない。
それでも殿下に構われていれば妬みも買う。
学業に使うわけでもない高価すぎる贈り物は持て余す。寮ならまだしも家には持ち帰れないだろう。下手をすれば家ぐるみ地域ぐるみで面倒事に巻き込まれすらする。
あまりに酷いものはアンリエッタ様が預かっていた。あの方の場合預かるは建前ではなく言葉通りだろう。
なのにそれを見てエマから取り上げたと殿下は怒った。
あんなに自分の都合しか見ない人だったのか。
確かにエマは愛らしいと思う。
困った表情に庇護欲を掻き立てられるという殿下の言葉には同意しかない。
故意に困らせているんじゃと考えもしたが、そもそも困らせている自覚がないのだから穿ちすぎだろう。
あまりにも困惑していたので、通じていない殿下がさすがに気の毒でこっそりエマに説明をしたことがある。領民と距離が近い領地にいるので殿下よりはエマに分かりやすく話せたと思う。
もともと頭はよいのだから知識として足りない部分を捕捉すればすぐに理解した。
その時は受け入れられる理由だったようで安心したように微笑った。
……その後も、エマに説明を続けたのは殿下のためじゃない。
その表情が見たいからだった。
けれども理屈は解っても納得出来ないことも多い。
付き合いが長くなってもというか、長くなればなるほどエマにそれが増えていった。
正直僕ももう殿下を理解しきれない。
最初はそれでも慣れない環境にいる特待生を気遣おうとして失敗したのだろうと思えなくもない面もあった。エマ一人しか特待生がいない訳ではないので無理矢理だが。
最近は……ここだけの話、権力を利用して関係を迫る嫌な大人とあまり変わらない気がする。
それでもまだ決定的なことはいっていないか、もしエマが王妃だったらという話は仮定でも問題だろう。
恋人でもない相手に将来自分と結婚することを仮定して。
教育を受けてない相手に立場を強要する事を仮定して。
婚約者がいるのにその存在を無視した将来を仮定して。
……いや、仮定だけならいい。その過程の上で最終的に間違わずに選べるのなら。
けれど完全に本気だし、妄想するどころか当のエマに言ってしまっている。こうなればただの脅しだ。
想い合ってるならばまだ美しい逃避といえるかもしれないが、エマは明らかにそうではなかった。
出来る事なら逃げ出したいとでも言わんばかりの表情だった。
なぜに殿下はそれに気づかない。エマは感情を隠すことも出来ないほど殿下と世界がかけ離れているのに。
……いや最近は殿下もそうかもしれない。
それでもお似合いとは思えない。
ひたすらエマが気の毒だった。
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