この恋は罪でいい

こうやさい

文字の大きさ
上 下
4 / 9

アンリエッタ

しおりを挟む
 地下牢はシンと冷えてシンと静まっています。
 殿下に掴まれた肩だけがジンジンと熱を持ちます。
 ここは刑が確定した貴族の重犯罪人を外部からの隔離や心を折るために収容するところ。みたところわたくし以外人が居ないようで幸いですわ。
 本来、刑が確定していない上罪状を否認しているわたくしは……それどころか本当に殿下のいいがかりをやっていたとしても恐らくここに入れられることはないはずですが。
 あのあと殿下が絶対に出すなと念を押しに来た上に、口を割らないと知るやせめてと入れてくださった毛布まで取り上げていきました。牢番に口止めはきちんとなさったのかしら?
 それからずっと放置されております。証拠を見つけるために証言させるよりエマを探す方を優先したんでしょうね。
 うちは現在王家に叛意はありませんけれど、いざという…………こういう時には王家が敵に回ることも想定してあります。殿下では見つけ出すことは不可能でしょうね。
 それで延々と見つからないのも困りますから、頃合いを見て迎えに行く方は用意してますわ。
 殿下の側近のセイリアスなのですけど、今回殿下がやらかしたなら見限るとの言質を取りましたのでお教えしました。殿下に隠れ場所じょうほうを流すことはないでしょう。
 ……やらかさなければエマはお望み通りわたくしが迎えに行ったのですけど、やらかすように誘導していたのですからまず無理ですわね。

 確認してはいませんが、エマはセイリアスが好きなようですの。優しくされればくらっとくるのは分かりますわ。
 殿下も優しくしているおつもりなんでしょうが、あの子とは感覚が違いすぎる上に独りよがりで。
 恐縮と困惑を続けるエマをセイリアスは最初は殿下のために、その後は彼女のために助けていたようで。
 いずれは両想いでしょうね、微笑ましい事。
 もしエマの立場が特待生をやり遂げても足りないというならうちの養女にするよう手配してあります。無駄に爵位を抱えておりますから、もし彼とは駄目になっても好きな立場で好きな方に嫁げますわ。もちろん今のまま居ることも、結婚しないこともエマの自由です。自分で選んだことならエマなら頑張れるでしょう。
 いろいろと継ぐはずの娘わたくしはここでいなくなりますし。

 この学校では卒業式は冬に行われます。式だけ先に行われるのです。卒業後の立場がいろいろありますので、学校に通える人がこの後あたりからぐっと減ります。……成績や素行不良で卒業出来そうもない方を誤魔化すためでもあります。
 つまりこの牢は冬らしく冷え切っております。
 さすがに脱がされまではしなかったものの、防寒を考えていない服で放り込まれ、碌な準備もされずに放置され、毛布まで取り上げられて。
 健康に自信がある方でも本気で元気と言いきれるのはきっと短い時間でしょうね。
 わたくしは殿下の婚約者という立場でいられる程度には病弱ではないのですけど、それでもこれに耐えられる自信はありません。既に頭がくらくらしていますし。

 

 仮に殿下がわたくしとこのまま結婚してくれても、心は手に入りませんわ。
 ですからそれは諦めました。
 代わりにわたくの存在を刻みつけようと思いましたの。
 出来るなら婚約者の立場のまま殿下に殺されたいと。
 最悪でも熱を出してしばらくは意識がもうろうとするでしょうね。その後は傷物扱いで修道院かしら?
 いろいろと許されている殿下とはいえ、罪の無い婚約者にそんな嬲るようなことをすれば、どんな風かはとにかく、記録にも記憶にも残るでしょう。
 残ればいずれは殿下に向かっていくでしょう。
 周りがわたくしを忘れさせてくれないでしょう。

 陛下方もいずれお気づきになるでしょうし。
 お忙しい中、息子を卒業式に出してやりたいと無理をなさって余裕がないそうですのに、更に騒ぎを持ち込むことだけは申し訳ないと思っております。
 特に重要な案件がこの時期まで続くだろうと聞いたので対応が遅れるとのことで、これ幸いと計画を実行に移した訳ですけど。
 一応、他の手段も考えていましたけれど、これが一番確実だと思いましたの。
 それでも追い詰めたいのはあなた方ではありませんわ、申し訳ございません。今更やめられないし、やめるつもりもありませんけれど。

 好きな方を追い詰めようだなんて酷いですわね。
 けれどもうわたくしにはこれ以外思いつきませんの。
 たまに今殿下にそこまで恋い焦がれているのかと考える事もありましたけれど。
 わたくしが好きになった殿下はもういないと心のどこかで理解している気もしますけれど。
 それでも幼き日の想いがわたくしを放してはくれません。
 優しくされればくらっときたものです。

 この恋は罪でいい。
 叶えることは出来なくとも貫くことは出来るから。
 罪だとしてもいいのです。
 わたくしはそれを抱えていけるのですから。

 ――愛しています。
 その言葉は口から出たのか出なかったのか。
 ただ静寂に溶けていきました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

結局悪役令嬢?

こうやさい
恋愛
 長年の婚約者同士の結婚が決まる直前入った横やりは思わぬものだった――少なくとも令嬢以外には。  例のごとく深く考えないで下さい。カテゴリはもしかしたら変えるかも。  異聞はセルフパロディーです。本編のイメージ及び設定を著しく損なう可能性があります。ご了承ください。ここにあった削除された一部は『あらすじから逆算する『結局悪役令嬢?』』内『斬罪されてこそ華』に移行しました。  しかしこれ男性側の経緯の方が絶対面白いよね。。。

偽物王女に貌はない

こうやさい
恋愛
 わたしは今日も王女の身代わりにされる。そう思っていたけれど……。  毎度の事ながらカテゴリがというかタイトルがというか。  てか結局この子自分では特に何もしてない気が。  セルフパロディは本編のイメージ及び設定を著しく損なう可能性があります。ご了承ください。  ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。

悪役が幸せになるなんて

こうやさい
恋愛
 わたくしは前世の記憶によって自分が何に転生したか知っています。  けれどこうなったのはそれが悪役令嬢だったせいではないのでしょう。  ゲーム中の悪役令嬢の定義がおかしくないかこれ? 深く考えないでくださいって事で。  で毎度の事を聞くけどこれって恋愛か?

婚約破棄の、その後は

冬野月子
恋愛
ここが前世で遊んだ乙女ゲームの世界だと思い出したのは、婚約破棄された時だった。 身体も心も傷ついたルーチェは国を出て行くが… 全九話。 「小説家になろう」にも掲載しています。

叶わぬ夢を見たけれど

こうやさい
恋愛
 わたくし、この度婚約破棄されました。  こうなっては修道院か留学か……誰かの後添えになるくらいしかないのでしょうね。  なんかすっごい既視感あるんだけど、大丈夫だろうかこれ。  そして凄い中途半端だと我ながら思うけど……これ続けたらぐだぐたになるのが目に見えてるよなぁ、既視感からの経験上。  本編以外はセルフパロディです。本編のイメージ及び設定を著しく損なう可能性があります。切りのいいところまで行かない可能性も高いです。  ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。

君はずっと、その目を閉ざしていればいい

瀬月 ゆな
恋愛
 石畳の間に咲く小さな花を見た彼女が、その愛らしい顔を悲しそうに歪めて「儚くて綺麗ね」とそっと呟く。  一体何が儚くて綺麗なのか。  彼女が感じた想いを少しでも知りたくて、僕は目の前でその花を笑顔で踏みにじった。 「――ああ。本当に、儚いね」 兄の婚約者に横恋慕する第二王子の歪んだ恋の話。主人公の恋が成就することはありません。 また、作中に気分の悪くなるような描写が少しあります。ご注意下さい。 小説家になろう様でも公開しています。

悪役令嬢の逆襲

すけさん
恋愛
断罪される1年前に前世の記憶が甦る! 前世は三十代の子持ちのおばちゃんだった。 素行は悪かった悪役令嬢は、急におばちゃんチックな思想が芽生え恋に友情に新たな一面を見せ始めた事で、断罪を回避するべく奮闘する!

処理中です...