義姉さんは知らない

こうやさい

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余話

蜘蛛はどちらか

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 義父は僕の言ったことをそれでもしっかり利用しているらしい。
 言葉は飾っているが義姉さんの弱みにつけ込んで結婚してやると上から目線で来る相手には最悪養子ぼくと結婚させるので必要ないという趣旨の事を言って追い払っているようだ。
 とりあえず僕は最悪扱いなのかとか、彼らのように対象外じゃないだけまたよかったと思うべきかは置いておく。
 ここから読み取らなければならない事は僕が分かるだけでも幾つかある。
 義父はこの家を彼らに乗っ取らせるつもりはない。
 『結婚させる』という言葉には、義姉さんの意思も僕の意思も無視出来るという含みがある。
 それだけ義父の力は強いと。
 だから義姉さんを口説いて婿に収まろうと、逆に僕をそそのかして後継者の座につかせ傀儡にしようと、義父が居る限り家を乗っ取ることは不可能だと。
 それが分からなければ今度はもっと直接的な対応に行くだろう。

 一方で義姉さん自身に好意を持っている者への対応は立場に拘わらずそこまでの牽制はしない。義姉さんに無理に会わせたりはしていないようだが、話は聞かせている。
 正直に言うなら不安でしょうがない。正式に決まっていない今ならば形としては義姉弟に戻れてしまうから。
 もちろん義姉さんは一度決めたら浮気をするような人ではない。
 けれど弟に対する情と他の誰かに対する恋愛感情は本来両立するものだ。正確には前者しかない以上浮気とはいえない。
 かといって今から戻らないよう押せばいいかというと義父の件を除いたとしても微妙だ。
 義姉さんが「誰かと今から歩み寄って結婚生活を送れる自信がない」と言ったのは本心だと今でも思っている。
 だからもし一目惚れするような人と出会ったとしても、結婚を考えるにはためらいが入るだろう。たとえ僕の件がなくとも。
 それだけを考えるなら義姉さんの理解の範疇にいるおとうとであろう僕の方が有利だ。
 もちろんずっとそのままでいるつもりはないけれど、焦って僕までも歩み寄りの必要な存在と見なされるようになってはむしろ不利になりかねない。
 そうなる前にもっとしっかりした形が欲しかった、あんなにも脆かった義姉さんの婚約を目の当たりにしていてすら。

「もしあのまま娘が王家に入っていたらお前はどうするつもりだった?」
 最悪でも候補であるためか義父は時々試すようなことを言う。……いや、試すのは前からだが、それに義姉さんの事が絡むことが多くなった気がする。
「きちんとこの家を継ぐつもりでしたが?」
 義姉さんと一緒に居られないことにへこむとかすねるとか自棄になるとか絶対しないとは言わないけれど、この家を最低限存続させるつもりはあった。
「それはどうしてだ?」
「何かの時に頼れる場所は多いに越したことはないでしょう?」
 権力は王家には敵わないが、何もかもが権力で片付けられる訳でもない。
 それに義姉さんはこの場所がなくなるのを望まないだろうし。
「……だから自分の実家のことを調べないのか?」
 欠片も想定していなかったことを尋ねられ虚を突かれる。
 確かに義姉さんに話した時に考えた実家の状況はほぼ想像だったけど。
 子供の頃はおそらく情報を制限されていたからそんな事考える以前の問題だったけど、確かに今なら人脈と言う意味でも知識という意味でも調べることは可能だろう。地名を覚えていなかったとしても国のことを学べば記憶から条件を絞り込めるし、確実ではないにしろ正解にたどり着けたはずだ。
「お互いにそれを必要とされてないでしょう?」
 誘導に使ったとはいえ、あの時考えた事は嘘じゃない。まず存続していることを前提としてだが、どう仮定しても義姉さんのように家族だから愛情があると思えなければよくて利用されるだけの関係にしかならないだろう。
 愛情というなら義姉さんと実家を比べれば義姉さんを選ぶに決まっている。
 たとえ義姉さんが誰かと結婚して、僕がこの家を追い出されたとしても、できるだけ義姉さんと関われる形でいたい。
 それに実家が入り込む余地はない。
「そ、そうか」
 どこか義父がたじろいだ気がして内心首をかしげる。
「あー、話は変わるが廃太子についてどう思っている? 言うまでもなく娘の婚約者だった」
 また脈略もない話を振られる。
「お付きの人は大変ですね、と」
 とりあえず正直に言ってみる。
 このお付きというのは以前と同じ意味ではない。平たく言うと監視だ。
 貴族の常識すら知らなかった砂糖菓子は当然として、それなりに勉強していたとはいえ仕事に関わらせてもらっていない子息達はまだいいが、仮にも元王太子ともなると教えられたりいつの間にか知ってしまったりで国家機密やそれに類することを知っている。町をふらふらさせて間者にでも攫われたら情報が漏洩する可能性が高い。なので恐らく付いているだろう。
 効率を考えると殺してしまうか管理が行き届いた離宮か塔にでも幽閉する方が安心なのだが、自分は特別だと思い込んでいる男にはあえて皆と同じ罰を与える方が屈辱だろうとそうされたのだろう。それでもそのうち回収されるだろうが。
 是非とも町に馴染む努力をして欲しいと思う、その努力は報われることなく終わるのだから。そうすれば義姉さんの気持ちも少しは分かるだろう。
「……怒りや恨みを持ったりは?」
「ないとはいいませんが、今後顔を合わすこともないでしょうし」
 砂糖菓子達と一緒になって義姉さんを中傷していたのはとにかく、ちょっとした砂糖菓子への興味を後押しした自覚はあるし、騒ぎが大きくなった事を幸いと更に煽った自覚もあるので、さすがに僕が恨むのは筋違いだろう。
 砂糖菓子とどっちが嫌いかというと今となっては圧倒的に砂糖菓子の方が嫌いだし。
「そこまでの興味がないというのが正しいかもしれません」
「そうか……」
 それだけ言って義父が黙り込む。
「……それが何か?」
 意図が読めない。
「……いや。もう行っていいぞ」
 どこか疲れた様に言われた。
「…………失礼します」
 とりあえず言葉に従い退室する。
 もしこれを判断基準にされているなら正直困る。間違っていたとしてもそれが分からないなら挽回のしようがない。
 もっと上手くやりたいなぁと思う。
 義姉さんを守れるように。
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