義姉さんは知らない

こうやさい

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余話

越えるべきもの

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「では、今の立場が惜しいがために結婚しようと思ったわけではないと?」
 机を挟んでこちらを見る義父の圧力がいつもより強いと思うのは気のせいではないだろう。
「……もちろんです。彼女さえ構わないならどうとでも」
 元々僕に優しいと思ったことは少ない義父だが、結婚したい相手の父親として目の前に立たれると、今まではそれでもずいぶんと優しかったのだなと思わずにはいられない。
 だからといって引くわけにはいかない。
「けれど義父上はそれを望まないでしょう?」
 一瞬、義父が妙な表情をしたことを見逃さなかった。
 そういえば友人の持っていた本に、恋人の父親に初対面の挨拶するとき、認められるより先に「おとうさん」と呼びかけてしまい「きさまに『おとうさん』と呼ばれる筋合いはない」って険悪になったという例が載っていたが、まさかそれだろうか?
 僕の場合養子だから義父上と呼ぶ筋合いは違う意味であるわけで……というか、友人は何故そんな本を持っていたのだろう。
 などと考えるのはもちろん現実逃避以外のなにものでもない。
 ちなみにもう一人の当事者である義姉さん――本当は名前で呼びたいところなのだが、いろいろな意味でまだ早いだろう――はここにいない辺りが、義姉さんと一緒に追い出される事はないだろうという根拠だったりもする。
 まぁ僕だけが追い出される可能性は排除出来ないが、今義姉さんを刺激するのは不味いということは義父も分かっているだろう。
 
 確かに誘導もした、更にいうなら婚約破棄も煽った。
 けれど結論を出したのが義姉さんなのも確かであり、その義姉さんが今心が不安定な状況なのも間違いはない。
「……何時からと聞くのはやめておこう。無駄にこちらが衝撃を受けそうな気がする」
 独り言のように義父が呟く。とても賢明だと思う。
 義父はそもそも殿下との婚約も反対だったと聞いた事がある。
 今は亡き義姉さんの母親と王妃様とが友人同士で「もし縁があったら子供同士を結婚させましょうね」なんてふわふわした約束をしたそうで。
 何事もなければかわいらしい女同士の話で具体的に進める必要はなかったのかもしれないが、母親が亡くなってしまったせいで遺言だと思い泣く泣く殿下との婚約を整えたのだとか。
 それを懐かしそうに話す使用人の前で、言動には重々気をつけようと決意した。端から聞けばほほえましい聞かせてもいい話なんだろうが、当人は恐らく聞かれたくないだろう。その使用人自体本来口が軽いわけではないので本当に聞かせてもいい話だと思っているようだし。
 とにかくいやいや婚約させたというのに、その時に悪い虫も一緒に引き入れていたとなるとやりきれないだろう。
「娘の相手が誰であれ、すぐに婚約をというわけにはいかない。それは分かるな?」
 肯く。今回は向こうがあそこまでやらかしたのであり得ないとは思うが、破棄されて即次の婚約をとなるとこちらの方の不義を疑われかねない。円満に解消したり、それを上回る利点があるならもちろん別だが、特に僕の場合外から見れば環境的に密通が安易なのでわざわざ疑われるようなことはしない方がいい。
「その間に娘の考えが変わらなければ許可しよう」
 一見、無条件の許可だが、義姉さんが冷静になればやっぱり弟としか思えないと言い出す可能性はそれなりにあるし、新たに知り合う人に心奪われない保証もない。
 それに期限を明確に区切っていない。義姉さんの方が年上なので適齢期が終わってまでは延ばされないと思うが、ぎりぎりまで粘られるとそれなりの期間になる。
 それはもし義姉さんの気が変わった場合精感情面以外にも困る事になるだろう。義姉さんにあそこで言ったことは推測が混じっているとはいえ嘘じゃない。身の振り方を考えるなら早ければ早いほうがいい。
 これは迂闊に返事が出来ない。
 しばらく腹の探り合いをしていると義父にため息を吐かれた。
「きちんと考えたところは評価する。だが沈黙もつけ込まれる原因になる」
 確かに返事に困っていると認めるようなものだ。
 義父が立ち上がる。話はとりあえず終わりだということだろう。
「精進しろ」
 横をすり抜けざま肩を叩かれる。
 それは見下されてるようでも、否定されているようでも、……ほんの少しだけ励まされているようでもあった。
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