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蜘蛛の糸
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「義姉さんは大丈夫。さすがに王族は無理だろうけど、義父上がふさわしい相手を選んでくれるから」
何せ既に群れだ。よりどりみどりだろう、婿養子という条件も含めて。状況を甘く見過ぎた上に義父は相当いい条件を王族にふっかけていると思われてるに違いない。
「そうなったらもう会えなくなるだろうけど、義姉さんは幸せになってね」
無理に笑っているようなふりをする。
「え?」
完全に分からないという表情をされた。
「結婚したからって弟に会うななんて相手は選ばないと思うわよ?」
義姉さんがなのか義父がなのかによって僕にとっての意味はずいぶんと違ってくるけれど、現実としては義父はそもそもそれを前提条件にしないだろう。
「義姉さんが結婚するって事はたぶんこのうちに婿を迎えるって事になるよね? そうして家を継ぐ」
子供に教えるような口調で言う。
「そう、なるのかしら?」
実感は沸かないようだが、知識がないわけじゃない。
「僕は跡継ぎがいないからここにいるんだよ。跡継ぎが他に出来たならもうこの家には必要ない」
むしろ争いの元になるので積極的に追い出しに掛かるだろう。殺される心配すらしなければならないだろうが、それを義姉さんに言う必要はない。たとえそうされたとしても義姉さんにとっての父親は永遠に優しい人のままでいればいい。
「けれど父様は出て行けだなんて……」
「義父上がそうだとしても義姉さんの旦那は? 旦那の実家は? 親戚や友人は? 全員が同じ意見とは限らないよ?」
義姉さんが返事に詰まる。思い出させたい訳ではないけれど、悪意に晒されてきたばかりだ。
「……その場合あなたはどうなるの?」
「たぶん実家に戻る事になるだろうけど、格上の家から出戻ってきた次男なんて扱いに困るだけだろうから、すぐにそこからも出ると思う」
実家が存続していれば、の話だけど。金で買いたたいたのは実家を存続させるためではなく、僕が我慢すれば家族に益があるところを見せいわば人質にして反抗心を押さえるためだったのだろう。恐らく援助が続いているなんて事は無いし、積極的に潰されている可能性もある。養子の不利益になるかもしれない出自なんて邪魔としか思わないだろう。
仮にまだ有ったとしても今となっては何の未練もない場所だ。鼻っ柱を高くしていても、優秀に成長していても扱いに困られるだけの場所なんて居たくはない。万が一にも援助が続いていたら戻れば恨まれすらするかもしれない。
「家族なんだからそんな冷たいことは言わないと思うわ」
ホント家族に優しいよね、義姉さんは。
僕はそれを利用する事しか考えないというのに。
「それもさっきと同じだよ。家族は暖かく迎えてくれても、周りがそうとは限らない」
仮定の上に仮定を重ねる。
「だから僕は出て行くよ。そこまで行けばたぶん義姉さんと会うどころか行方すら分からなくなると思う」
「そんな」
想像してしまったのか、義姉さんは思わずというように僕に抱きつく。
子供の頃と同じ感覚であろう義姉さんにいろいろ悟られないように理性を総動員し、義姉さんの足が下に付くように軽くかがむ。
「会えなくなるなんて嫌」
弟に対してであろうそれを少し複雑な思いで聞く。
「だったら私、一生結婚しない」
「たぶんそれでも僕は出て行ていかないと」
義姉さんが一生独身でいることは強く望めば案外あの義父でも叶えるかもしれないが、その場合も僕は出されて、誰か適当な人と結婚させられて、子供だけ取り上げられるだろう。引き取れるもっと近い親戚がもしいるならそれすらされないかもしれない。
「それで義姉さんに親戚から養子を取ると思う」
幸いと言うべきか義父は大変健康なので、突発事態が起こらない限りその養子を教育することは充分可能だろうし、そもそも僕のようなもらい方じゃない養子が取れるのならそこの実家も頼りになるのだろう。
「だったらあなたと結婚する」
耳に落ちてくる言葉がくすぐったい。
あんなことがあったせいで心細くなっているだけだと分かっていても、そう言われて嬉しくないはずがない。
抱きついたままの義姉さんの背中をあやすように軽く叩く。
「……ごめんなさい、あなたは嫌よね」
少し冷静になったらしい義姉さんが体を離す。
「そんなことはないよ。義姉さんは大好きだし、政略結婚と比べれば気心も知れている分歩み寄る必要も少ないし不安はない」
出来る限り義弟の言葉に聞こえるように気をつける。
「すぐに恋人同士のように甘い時間を過ごすことは出来ないかもしれないけれど、結婚という意味ならむしろ理想的な相手だと思う」
義姉さんは知らない。
本当は即座に抱きしめて、口づけて、その先をも望んでいることを。
けれどそれは恐らく義姉さんを怯えさせてしまうから。
だからすぐには出来ないということを。
「義姉さんこそ嫌じゃないの? それに義父上にはなんて言う? 義父上なら相手を見つけてくるよ?」
「……あなた以外の誰かと今から歩み寄って結婚生活を送れる自信がないと言うわ」
それは恐らく本音なんだろうなと思う。
心の交流とはいえなかったかもしれないが、王妃教育を努力したのは義姉さんなりの歩み寄りだ。
その結果が婚約破棄だけならまだしも、信じるどころか言葉に耳を傾けすらしてくれなかったとなれば臆病になってもしょうがない。
衝動的に義姉さんを抱きしめる。
「僕が義姉さんを守るから」
それでも限りなく本心だった。
「……男の人、だったんだ」
その、独り言のような、胸元から聞こえてきた言葉が。
どれだけ嬉しかったかなんて。
義姉さんは知らない。
何せ既に群れだ。よりどりみどりだろう、婿養子という条件も含めて。状況を甘く見過ぎた上に義父は相当いい条件を王族にふっかけていると思われてるに違いない。
「そうなったらもう会えなくなるだろうけど、義姉さんは幸せになってね」
無理に笑っているようなふりをする。
「え?」
完全に分からないという表情をされた。
「結婚したからって弟に会うななんて相手は選ばないと思うわよ?」
義姉さんがなのか義父がなのかによって僕にとっての意味はずいぶんと違ってくるけれど、現実としては義父はそもそもそれを前提条件にしないだろう。
「義姉さんが結婚するって事はたぶんこのうちに婿を迎えるって事になるよね? そうして家を継ぐ」
子供に教えるような口調で言う。
「そう、なるのかしら?」
実感は沸かないようだが、知識がないわけじゃない。
「僕は跡継ぎがいないからここにいるんだよ。跡継ぎが他に出来たならもうこの家には必要ない」
むしろ争いの元になるので積極的に追い出しに掛かるだろう。殺される心配すらしなければならないだろうが、それを義姉さんに言う必要はない。たとえそうされたとしても義姉さんにとっての父親は永遠に優しい人のままでいればいい。
「けれど父様は出て行けだなんて……」
「義父上がそうだとしても義姉さんの旦那は? 旦那の実家は? 親戚や友人は? 全員が同じ意見とは限らないよ?」
義姉さんが返事に詰まる。思い出させたい訳ではないけれど、悪意に晒されてきたばかりだ。
「……その場合あなたはどうなるの?」
「たぶん実家に戻る事になるだろうけど、格上の家から出戻ってきた次男なんて扱いに困るだけだろうから、すぐにそこからも出ると思う」
実家が存続していれば、の話だけど。金で買いたたいたのは実家を存続させるためではなく、僕が我慢すれば家族に益があるところを見せいわば人質にして反抗心を押さえるためだったのだろう。恐らく援助が続いているなんて事は無いし、積極的に潰されている可能性もある。養子の不利益になるかもしれない出自なんて邪魔としか思わないだろう。
仮にまだ有ったとしても今となっては何の未練もない場所だ。鼻っ柱を高くしていても、優秀に成長していても扱いに困られるだけの場所なんて居たくはない。万が一にも援助が続いていたら戻れば恨まれすらするかもしれない。
「家族なんだからそんな冷たいことは言わないと思うわ」
ホント家族に優しいよね、義姉さんは。
僕はそれを利用する事しか考えないというのに。
「それもさっきと同じだよ。家族は暖かく迎えてくれても、周りがそうとは限らない」
仮定の上に仮定を重ねる。
「だから僕は出て行くよ。そこまで行けばたぶん義姉さんと会うどころか行方すら分からなくなると思う」
「そんな」
想像してしまったのか、義姉さんは思わずというように僕に抱きつく。
子供の頃と同じ感覚であろう義姉さんにいろいろ悟られないように理性を総動員し、義姉さんの足が下に付くように軽くかがむ。
「会えなくなるなんて嫌」
弟に対してであろうそれを少し複雑な思いで聞く。
「だったら私、一生結婚しない」
「たぶんそれでも僕は出て行ていかないと」
義姉さんが一生独身でいることは強く望めば案外あの義父でも叶えるかもしれないが、その場合も僕は出されて、誰か適当な人と結婚させられて、子供だけ取り上げられるだろう。引き取れるもっと近い親戚がもしいるならそれすらされないかもしれない。
「それで義姉さんに親戚から養子を取ると思う」
幸いと言うべきか義父は大変健康なので、突発事態が起こらない限りその養子を教育することは充分可能だろうし、そもそも僕のようなもらい方じゃない養子が取れるのならそこの実家も頼りになるのだろう。
「だったらあなたと結婚する」
耳に落ちてくる言葉がくすぐったい。
あんなことがあったせいで心細くなっているだけだと分かっていても、そう言われて嬉しくないはずがない。
抱きついたままの義姉さんの背中をあやすように軽く叩く。
「……ごめんなさい、あなたは嫌よね」
少し冷静になったらしい義姉さんが体を離す。
「そんなことはないよ。義姉さんは大好きだし、政略結婚と比べれば気心も知れている分歩み寄る必要も少ないし不安はない」
出来る限り義弟の言葉に聞こえるように気をつける。
「すぐに恋人同士のように甘い時間を過ごすことは出来ないかもしれないけれど、結婚という意味ならむしろ理想的な相手だと思う」
義姉さんは知らない。
本当は即座に抱きしめて、口づけて、その先をも望んでいることを。
けれどそれは恐らく義姉さんを怯えさせてしまうから。
だからすぐには出来ないということを。
「義姉さんこそ嫌じゃないの? それに義父上にはなんて言う? 義父上なら相手を見つけてくるよ?」
「……あなた以外の誰かと今から歩み寄って結婚生活を送れる自信がないと言うわ」
それは恐らく本音なんだろうなと思う。
心の交流とはいえなかったかもしれないが、王妃教育を努力したのは義姉さんなりの歩み寄りだ。
その結果が婚約破棄だけならまだしも、信じるどころか言葉に耳を傾けすらしてくれなかったとなれば臆病になってもしょうがない。
衝動的に義姉さんを抱きしめる。
「僕が義姉さんを守るから」
それでも限りなく本心だった。
「……男の人、だったんだ」
その、独り言のような、胸元から聞こえてきた言葉が。
どれだけ嬉しかったかなんて。
義姉さんは知らない。
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