義姉さんは知らない

こうやさい

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砂糖菓子の毒

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 婚約破棄の原因となった彼女はどこぞの男爵の妾腹どころか手を付けた使用人の忘れ去られた子供で、母を亡くし孤児院で生活していたのだが、そこを慰問に訪れた殿下が、彼女の母の形見だという男物の手袋に刺繍された紋章を見つけ、その紋章を持つ家を知ったらしい。
 一説では「あの女盗みやがったな」と男爵は叫んだといわれているが、そんな噂がたったせいか、何か利用価値があると踏んだのか、ずっと探していたと白々しいことを言いながら彼女を引き取り、この学園に入学させたらしい。
 本来ならば僕こそが親近感を得て心奪われていてもおかしくはなかっただろう。
 けれど既に僕の心は義姉さんで占められている。

 そして彼女に親近感を抱いた人は別にいた。
 他ならぬ殿下だ。
 元々臣民を気にかける性格をしていたが、孤児院と学園、かけ離れた場所で彼女と再会したことが何か琴線に触れたらしい。
 とはいえ殿下たるもの貴族の平等を唱う学園内で、特定の相手、特に異性を理由もなくひいきをするわけにもいかない。
 だから理由を与えてやった。
 貴族社会に慣れないものを助けるのはむしろ学園だからこそ必要なのでは? と。
 きっと義姉もそんな殿下を尊敬するでしょう、と。
 ちゃんと「きっと」と言った。「義姉さんが許した」とは言っていない。
 けれどそれで殿下の中では許しを得たことになったのか彼女に近づき始めた。

 殿下が彼女に近づきすぎたところでそれを義父と義父経由で陛下に報告し、婚約を考え直してもらおうと考えていたのだが、正直話は予想外の方に進んだ。
 何故か有力貴族の子息が何人も彼女に落ちた。僕も一部には同類に思われていたようだが、それは仕方ないだろう。決定的な部分は避ければいい。近くにいる方が観察しやすい。
 彼女にどんな魅力があったのか正直未だに分からない。
 以前誰かが砂糖菓子のようだと言っていた。
 確かに砂糖菓子のような女だとは思う。
 虫を呼び込み引きつける。
 本当に孤児院にいたのか?
 本当に男爵の娘なのか?
 そんな根本さえ疑いたくなってくる。
 砂糖で何か醜悪なものを覆い隠しているようなそんな女だった。

 殿下と結婚するために味方に付けたいのか、それとも単純に周りの男を全員自分のものにしなければ気がすまないのか、僕にも当たり前のように迫ってきたが、情報を集めつつもやんわりと躱し続ける。
 それも気にくわなかったのかもしれない。
 ある日砂糖菓子は破けた紙束を抱えていた。気がついたら破れていたと言うが、どう見ても人為的にされたものだ。
 違う日にはインクでべっとり汚れた教科書を手に突っ立っていた。取り巻きの一人に尋ねられ分からないとわざとらしく泣き出す。新しい教科書自体はすぐに彼らの手で用意された。
 またあるときにはびしょ濡れの服で普段は通る必要のない廊下を歩いていた。
 どうしたのかと殿下が尋ねると、銀色の長い髪の女性にすれ違いざま水をかけられたという。顔は見ていない、目が合うと嫌な顔をされることが多くて俯きがちに歩いているからと。
 するとその女性は廊下までこれほどの量の水の入る容器を隠し持ってごく自然に歩いてきて、更にそれを砂糖菓子に掛けられるだけの腕力を有していることとなる。そんな人は絶対いないとは言えないかもしれないが、この学園にいるという話は聞かない。
 だがそんなこと誰も気にしていないらしい。銀色の長い髪の女性の心当たりを話始める。
 真っ先に義姉さんが出てくるのは当然だろう。婚約者と義弟かんけいしゃが二人もここにいて、いなかったとしても殿下の婚約者が目立たぬはずがない。
 だが出るだけで終わらなければならなかったのに、莫迦が「最近殿下が彼女ばかりを構うので怒っているのでは?」などど言いはじめた。
 殿下も殿下で、それならば水を掛けたかどうかに拘わらずもう少し姉を気に掛けるようにすればいいのに、一緒になって疑い始めた。
 僕も証言を求められ、「確かに最近様子がおかしかった気が」と言っておいた。嘘は言っていない。
 ちなみに義姉さんは風邪をこじらして、その日学園を休んでいたのだが、それは言わなかった。義姉さんは無理をするので放っておけない。
 義姉さんの悪口は腹が立つが、これで婚約破棄が近づくと思うと口の端が持ち上がらずにいられない。
 手で口を隠し俯いていたら、「お姉さんがそんな人だなんて辛いだろうけど元気出して」と砂糖菓子に見当違いの慰めをされた。最初から義姉さんに罪を着せる気だったことがよく分かる。
 水を掛けられたなら砂糖菓子らしく溶けてしまえしねばいいのに。

 砂糖菓子は僕が衝撃を受けたのが嬉しかったのか、殿下を味方に付けるには効果的だと思ったのか、それからも度々銀色の長い髪の女性に嫌がらせをされるようになった。
 もちろんそれはきっちりと記録した。特に義姉さんの所在がはっきりしている時は念入りに。
 それを義父を通し、城へ送りはじめる。万が一にも義姉さんが罪を問われてはいけない。
 殿下は完全に騙されて婚約破棄だと息巻いている。
 確かに殿下も義姉さんも卒業してしまえば結婚の話が出るだろうし、それまでに破棄させてしまった方がいいだろう。
 恐らく親世代は仮に破棄するにしても内密に済ませたいのだろうが、僕はそれを許す気はない。
 大々的に事を起こして、義姉さんが僕以外と結婚出来なくなってしまえばいい。
 だから卒業式で断罪するようそそのかした。
 そして件の理由を言って、彼らから更に距離を取りはじめた。
 めざとく気づいた砂糖菓子が様子を見に来たが「僕が君を愛せるはずがないから」とそれっぽい雰囲気で言うと引っ込んだ。嘘は言ってない。砂糖菓子を愛すなんて天地がひっくり返っても出来ない。
 それに向こうも犯罪者の身内となるはずの僕はもう必要ないのだろう。

 そうして斬罪は決行され、失敗した。

 最初から仲間だったつもりは無いのだから裏切った覚えもない。
 義姉さんには追い打ちが掛からないようくわしくは話されていないのだろう。
 確かに殿下に恋情は持っていなかっただろうけれど、義姉さんがそれにふさわしくあるよう努力していたのはあいつらはとにかくみんな知っている。
 少し甘すぎるところはあるが、王族の一員として働けるだけの能力は身についているはず。
 それが無駄だったと突きつけられている人にそれ以上の事は言えなかったのだろう。
 仮に悪意やそれ以外の理由であっても、言おうとすれば恐らく義父が止める。義父は義姉さんには甘い。
 だから僕のやったことを義姉さんに知られる事はないだろう。
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