義姉さんは知らない

こうやさい

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義姉さんは知らない

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「お帰り義姉ねえさん」
 義姉さんは玄関にいた僕を見てどこかほっとした表情を浮かべる。
「ただいま。やっぱり家族の顔を見ると落ち着くわね」
 そう微笑った顔はどこかやつれている。銀色の長い髪がくすんでいるかのように見えた。
 家族とはいうが僕と義姉さんは血は繋がっていない。正確には遠縁ではあるらしいのだが、義姉さんが殿下の婚約者に選ばれて家を継ぐ者がいなくなったからと無理矢理探し出された程度の繋がりでしかない。
「どうだった?」
「私におとがめはなかったわ」
「……そうなんだ」
「そういえば『裏切り者』とか言われてたけど何のこと?」
「さぁ?」

 義姉さんはこの間、学園の卒業式で殿下の騒ぎに巻き込まれた。
 壇上に上がった殿下の横には砂糖菓子のような女の子が寄り添っていて、その子を守るように有力貴族の子息が数人取り囲んでいた。
 そうして義姉さんに婚約破棄を突きつけた。
 曰く、真実の愛に目覚めた。
 曰く、義姉さんが悪逆非道の限りを尽くしていた。
 曰く、だから義姉さんは王妃にふさわしくない。
 曰く、彼女に謝れ。
 その騒動の結果だが、義姉さんの味方が大量にいたため、むしろ殿下方の方が半ば取り押さえられるような形で退場し、それでも義姉さんも事情聴取のためしばらく城から帰ってこなかった。

「ちなみに婚約は?」
「殿下の望み通り破棄されたわ」
 確かにあれで婚約を続けるのは非がどちらにあろうとも難しいだろう。
「もっとも彼女との婚約は難しいらしいわ」
 身分的なものかもしれないし、それも処分の一環かもしれないし、彼女の他の取り巻きとの調整が上手くいかなかったのかもしれないし。

 義姉さんは知らない。
 僕もこの間まで彼女の取り巻きの一人だったことを。
 義姉さんは知らない。
 卒業式での断罪を提案したのは僕だということを。
 義姉さんは知らない。
 身内がいるとそこを衝かれるかもしれないからと、あの場所には立たなかったことを。
 義姉さんは知らない。
 僕が引き取られる前は端に引っかかっているだけの貴族とは名ばかりの生活をしていたことを。
 義姉さんは知らない。
 ほとんど金で買いたたかれるようにこのうちに引き取られたことを。
 義姉さんは知らない。
 このうちで幸せに暮らしていた義姉さんを初めて見たとき、妬ましいとか、恨めしいとか、そんな言葉すら思いつかないほど別世界の人だと思った事を。

「私のことより自分のことを心配なさい?」
 痛々しさすら漂うのに、なのに義姉さんはそんな事をいう。
「まだ婚約者は決まっていないのでしょう?」
「何故?」
 尋ねると、義姉さんが更に痛々しい雰囲気を纏う。
「おとがめがなかったといえど騒ぎを起こし、婚約破棄されたのは事実だし、きっと私はもう婚約出来ないわ」
 義姉さんは知らない。
 求婚者が既に列どころが群れをなして押し寄せているということを。
 義姉さんが思うように傷が付いて価値が下がったなら自分でも手が届くのではと、以前なら望むことすら恐れ多い輩が混じり、なのに防波堤がなくなったので義父がどれだけ追い払うのに苦労してるか。
「あなたにも悪影響はあるでしょうし、早めに相手を探しておくに越したことはないわ」
 自分はその婚約を破棄されたばかりだというのに、約束で相手がなんとかなると本気で思っているのだろうか?
「相手が見つからなかったら、最悪私と結婚させられるかもしれないわ。問題がまとめて片付くんですもの」

 義姉さんは知らない。
 
 初めて見たときから、どれだけ義姉さんを欲しいと思っていたか。
 最初はもしかしたら神々しいものに対する憧憬や信仰だったかもしれない。
 けれど苦労を知らないからこそ向けられる優しさは何か違うものを蝕んだ。
 なのにそれに気づく前から義姉さんは他人のものだった。
 殿下の婚約者だった。
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