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余話
義姉さんを知りたい 後編
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「……やっぱりどうしても弟としか思えない?」
逆に尋ねてみる。
けれど家族に優しい義姉さんすら嫌うようなことを知られた心当たりはないし、義姉さんに好きな人が出来たなら分かると思うし、もし出来ていたとしても相手に決断を押しつけるような言い方はしないだろう。
「政略と考えても受け入れられないほど?」
それは元婚約者より下なんだろうかそれとも上なんだろうかと思考が逃避する。
「そう、割り切れる?」
「……割り切るよ」
たとえ一生家族愛だけだとしても、義姉さんの傍でいられる方がいい。
「相手は割り切れていないとしても?」
言葉の意図が分からない。
割り切れていない状況というのは、政略でも結婚したくないほど嫌いか、政略での結婚では嫌なほど好きかのどちらかが多い。
そして義姉さんが僕をそこまで嫌うとは思えない。
「……私ね、思い返すと殿下に婚約を破棄されてもそれ自体はそこまで辛くなかったの、それまでの様子から予想が付いていたせいもあるだろうけど」
まだ殿下と呼ぶのかと反射的に思ったものの、重要なのはそこではないし、下手に訂正して名前呼びでもされたら腹が立つのでとりあえず黙って聞く。
「追放されたと聞いてもさほど感情は動かなかったわ。悲しいとも心配とも愉快とも報いだともそこまでは」
そう聞かされた僕の方は正直かなり嬉しい。恋愛感情を持っていないのは知っていたが、恨んでいなかったかどうかまでは読めなかった。もちろん恨む権利も怒る権利も義姉さんにはあると思うけれど、どんな理由であれ他の男の事を義姉さんが考えていると思うのは面白くない。
「さすがに少し冷たすぎるんじゃないかと自分に疑問を持ったわ。あなたの時は想像しただけでもあんなに動揺したのに」
僕がこの家から居なくなると仮定する状況は確かに義姉さんから見れば彼らほど酷いものではないはず。少なくとも罰で追放される訳じゃないし、何の支度もさせずに放り出すとは考えないだろうし。
「付き合いだけなら殿下の方が長いし、最近はとにかくそれなりに問題のない関係を築けていたつもりだったのに」
確かに砂糖菓子に関わる前は相当頑張って客観的に見れば政略結婚しても問題はでないであろう程度の距離感だったと思う。主観が入ると我ながら嫉妬で情けないことになるけど。
「政略とはいえ将来的には家族にもなるつもりでいた相手なのに、いろいろあったとはいえここまで無関心だったことにびっくりしたわ。もう少し何か感じてもいいはずなのにって」
それこそ王妃教育の成果という気もするけど、確かに家族になる事を想定した相手に義姉さんが無関心と言われるとそのいろいろを差し引いたとしても疑問に思えてきた。
「だから分からなくなったの――あなたに会えなくなるのが嫌なのは家族だからだけが理由なのかどうかが」
「それって……」
ようやく少し義姉さんの言いたいことが見えてくる。
「一緒に暮らしているからとか、あなたが年下だからだとか、離れることを欠片も想定していなかったからとかいろいろ考えてみたけれど、どれもどこか納得出来ないの」
確かに一緒に暮らしているが、幼い頃ならいざ知らず、貴族的な距離感は保っていたはずだ。義姉さんが家族に優しくて、僕が恋情を抱いていた分普通よりも少し近かったかもしれないが、少なくとも義父が問題視しなかった程度だ。会えなくなるのは最悪だからそこは気をつけていた。政略結婚予定の婚約者と比べて極端に近かったわけではないはず。
年下は……確かに否定できないし、場合によってはその立場を利用してきたが、それでも義姉さんに極端に子供使いされていたわけでもないので、理由としては少し弱い。
離れることを欠片も想定していなかったはそもそも前提にならない。義姉さんの婚約が破棄されなければ王妃になって城に住むようになる予定だったのだから。実家でずっとすごす王妃なんてよほどの理由がない限り婚約破棄をする王太子殿下以上にあり得ないだろう。
「私はずっと姉でいたつもりだったからはっきりと言い切ることもまだ出来ないけれど……あなたに惹かれているのだと思うわ」
この気持ちを何と表せばいいんだろう……いや、一言で言うなら「信じられない」ですむんだけど、言葉は同じでも意味合いはいろいろある。
「……気持ち悪いでしょう? 身内にそんな感情を持つなんて」
ずいぶんと辛そうに言われた気がした。
「そんなことないよ」
なので反射的に否定をしてから考える。
正直に言うなら僕も好きだ叫んでと抱きしめでもしたいところなんだけど。
まだはっきりしていないと思っている上にそれを気持ち悪いと考えているのなら、それでは僕が気持ち悪いの対象に入ってしまい恋愛感情はなくなってしまうかもしれない。
あるいはずっとそんな感情がない振りをしていたのだから、いきなり掌を返しても信じて貰えないかもしれない。
それに一応見栄もある。
少し考えてから口を開く。
「確かにちょっとびっくりしたけど、将来結婚するんだから問題がある感情だというわけでもないし」
とりあえず結婚は決定事項の体で話す。
「好かれるならそのほうが嬉しい」
もちろん誰でもいい訳じゃないけど。
「それが姉からでも?」
むしろ義姉さんだから嬉しい。
「嬉しいということはどこか僕も義姉さんをそういう対象として見始めたんだと思う」
実際はずっとそういう対象だったわけだけれど。
「義姉としての義姉さんの事は義弟として大好きだけど」
それもきっと完全に嘘ではないんだろうと今なら思う。
「義姉として以外の部分は、たぶん婚約者として好きになれると思う」
義姉としてもそうでなくても僕にとって唯一である事には変わりない。
「だからもっと知りたいな、義姉さんを。ううん――」
――そして、その名を囁いた。
逆に尋ねてみる。
けれど家族に優しい義姉さんすら嫌うようなことを知られた心当たりはないし、義姉さんに好きな人が出来たなら分かると思うし、もし出来ていたとしても相手に決断を押しつけるような言い方はしないだろう。
「政略と考えても受け入れられないほど?」
それは元婚約者より下なんだろうかそれとも上なんだろうかと思考が逃避する。
「そう、割り切れる?」
「……割り切るよ」
たとえ一生家族愛だけだとしても、義姉さんの傍でいられる方がいい。
「相手は割り切れていないとしても?」
言葉の意図が分からない。
割り切れていない状況というのは、政略でも結婚したくないほど嫌いか、政略での結婚では嫌なほど好きかのどちらかが多い。
そして義姉さんが僕をそこまで嫌うとは思えない。
「……私ね、思い返すと殿下に婚約を破棄されてもそれ自体はそこまで辛くなかったの、それまでの様子から予想が付いていたせいもあるだろうけど」
まだ殿下と呼ぶのかと反射的に思ったものの、重要なのはそこではないし、下手に訂正して名前呼びでもされたら腹が立つのでとりあえず黙って聞く。
「追放されたと聞いてもさほど感情は動かなかったわ。悲しいとも心配とも愉快とも報いだともそこまでは」
そう聞かされた僕の方は正直かなり嬉しい。恋愛感情を持っていないのは知っていたが、恨んでいなかったかどうかまでは読めなかった。もちろん恨む権利も怒る権利も義姉さんにはあると思うけれど、どんな理由であれ他の男の事を義姉さんが考えていると思うのは面白くない。
「さすがに少し冷たすぎるんじゃないかと自分に疑問を持ったわ。あなたの時は想像しただけでもあんなに動揺したのに」
僕がこの家から居なくなると仮定する状況は確かに義姉さんから見れば彼らほど酷いものではないはず。少なくとも罰で追放される訳じゃないし、何の支度もさせずに放り出すとは考えないだろうし。
「付き合いだけなら殿下の方が長いし、最近はとにかくそれなりに問題のない関係を築けていたつもりだったのに」
確かに砂糖菓子に関わる前は相当頑張って客観的に見れば政略結婚しても問題はでないであろう程度の距離感だったと思う。主観が入ると我ながら嫉妬で情けないことになるけど。
「政略とはいえ将来的には家族にもなるつもりでいた相手なのに、いろいろあったとはいえここまで無関心だったことにびっくりしたわ。もう少し何か感じてもいいはずなのにって」
それこそ王妃教育の成果という気もするけど、確かに家族になる事を想定した相手に義姉さんが無関心と言われるとそのいろいろを差し引いたとしても疑問に思えてきた。
「だから分からなくなったの――あなたに会えなくなるのが嫌なのは家族だからだけが理由なのかどうかが」
「それって……」
ようやく少し義姉さんの言いたいことが見えてくる。
「一緒に暮らしているからとか、あなたが年下だからだとか、離れることを欠片も想定していなかったからとかいろいろ考えてみたけれど、どれもどこか納得出来ないの」
確かに一緒に暮らしているが、幼い頃ならいざ知らず、貴族的な距離感は保っていたはずだ。義姉さんが家族に優しくて、僕が恋情を抱いていた分普通よりも少し近かったかもしれないが、少なくとも義父が問題視しなかった程度だ。会えなくなるのは最悪だからそこは気をつけていた。政略結婚予定の婚約者と比べて極端に近かったわけではないはず。
年下は……確かに否定できないし、場合によってはその立場を利用してきたが、それでも義姉さんに極端に子供使いされていたわけでもないので、理由としては少し弱い。
離れることを欠片も想定していなかったはそもそも前提にならない。義姉さんの婚約が破棄されなければ王妃になって城に住むようになる予定だったのだから。実家でずっとすごす王妃なんてよほどの理由がない限り婚約破棄をする王太子殿下以上にあり得ないだろう。
「私はずっと姉でいたつもりだったからはっきりと言い切ることもまだ出来ないけれど……あなたに惹かれているのだと思うわ」
この気持ちを何と表せばいいんだろう……いや、一言で言うなら「信じられない」ですむんだけど、言葉は同じでも意味合いはいろいろある。
「……気持ち悪いでしょう? 身内にそんな感情を持つなんて」
ずいぶんと辛そうに言われた気がした。
「そんなことないよ」
なので反射的に否定をしてから考える。
正直に言うなら僕も好きだ叫んでと抱きしめでもしたいところなんだけど。
まだはっきりしていないと思っている上にそれを気持ち悪いと考えているのなら、それでは僕が気持ち悪いの対象に入ってしまい恋愛感情はなくなってしまうかもしれない。
あるいはずっとそんな感情がない振りをしていたのだから、いきなり掌を返しても信じて貰えないかもしれない。
それに一応見栄もある。
少し考えてから口を開く。
「確かにちょっとびっくりしたけど、将来結婚するんだから問題がある感情だというわけでもないし」
とりあえず結婚は決定事項の体で話す。
「好かれるならそのほうが嬉しい」
もちろん誰でもいい訳じゃないけど。
「それが姉からでも?」
むしろ義姉さんだから嬉しい。
「嬉しいということはどこか僕も義姉さんをそういう対象として見始めたんだと思う」
実際はずっとそういう対象だったわけだけれど。
「義姉としての義姉さんの事は義弟として大好きだけど」
それもきっと完全に嘘ではないんだろうと今なら思う。
「義姉として以外の部分は、たぶん婚約者として好きになれると思う」
義姉としてもそうでなくても僕にとって唯一である事には変わりない。
「だからもっと知りたいな、義姉さんを。ううん――」
――そして、その名を囁いた。
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