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4 妹(前編)

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 夏になると思い出します。
 正確には忘れたことはないけれど、強い日差しの中で記憶がより鮮やかによみがえるのです。


 その夏は、お姉さまの婚約者である王子殿下が領地にやってくるということで大わらわでした。
 といってもわたくしはまだ子供な事もあり、挨拶だけすれば特に関わらなくともよいとされましたが。実際は単純にわたくしの子守りにまで手が回らなかったのでしょう。

 それだけ大慌てしたにも拘わらず殿下はわたくしどころかお姉さまに会うことも御座いませんでした。
 移動とこの暑さですっかり体調を崩して寝付いてしまい、引きこもっていると。
 お父さまとはさすがに会ってくださったようですが、長時間は辛いのと、万一流行るような質の悪い病である可能性を考えて移してはいけないからと身近な方以外とはほぼ接触していないとのこと。
 もっとも城から主治医さまを呼ぶどころか、地元のお医者さますら出入りしている訳でもない様子から、単に殿下が今の状況に納得なさっていなくてごねているのでしょうねとわかります。
 正直いい年齢としをして何をやっているのだかという感じです。お姉さまとでも年が離れていると感じるのですから、充分に大人のはずでしょうに。
 館でそれでもお見舞いの品を用意しているであろうお姉さまにまでその話が届かないのは幸いといえるでしょう。年下わたくしに言われたくはないでしょうが、お姉さまは年齢のわりにゆめみがちなところがあり、小さい頃一度会ったきりで放って置かれている婚約者を会わないからこそ美化ををしているご様子。
 本当に大人が全員まともでしたら誰も苦労をしませんのに。
 内面がにじみ出るのか、背はきちんとお姉さまの方が高いのに、初対面ではわたくしを姉だと間違う方もいるくらいです。わたくしもそこまで精神年齢が高いわけではないのですけど……もしかして顔が老けているのかしら?

 それはそれとして、挨拶すらもしなくてよくなったなら、わたくしは夏を満喫するだけですわ。いえ、もちろん最低限はやることを済ませてからですわよ?
 そうやって街に行ったとき、見慣れない殿方と遭遇しましたの。
  領都といえど所詮は田舎。大体は顔見知りですし、そうでなくとも服装や雰囲気が浮いているんですもの。すぐにこの辺りの方ではないとわかりました。
 顔もどこにでもいそうな感じではなく、平凡なのは髪の毛の色くらいです。
 殿下の関係者かしら、と反射的に思いました。
 正直なところうちの領地は目を引く観光地も外部から買い付けに来るような有名な名産品もどこかに向かうときに絶対通らなければならない交通の要所もありません。住めばよさもわかりますが、それ以外の方にそう思われているという事実を否定するのは単なる現実逃避です。わたくしが継ぐことはないであろうとはいえ、そこから目をそらすのは意図的に問題を認識しない、つまり解決しようという政策が行われないということですもの。それでは領民に申し訳がたちませんわ。
 とはいえ、関係者だからといってお味方とは限らないわけで。
 殿下に敵対している人が警備が薄くなるよい機会だとやってきた可能性もありますし、殿下には直接不利益をもたらさなくともわたくしたちにとって無害であるとは限りません。
 かといって有害とも決まったわけではなく、迷った末に無関係の旅行者に対する対応をとりました。……いささか警戒が勝った気もいたしますが。

 その方が言っていたことはつじつまとしては確かにおかしくないけれど、無条件に信用できるというものではありませんでした。
 確かに殿下の関係者であっても不思議ではない立ち振舞いと上等な服装をしておりましたが、それくらい成り済まそうとすれば真っ先に用意できるだけするでしょう? いずれは偽物はぼろを出すかも知れませんけれど、この短時間で判断はつけられませんわ。
 それに本物だとしても仲が悪いとおっしゃっていましたもの。親しい間柄ゆえの軽口なのか、とっさにもっともな理由が思い付かずうっかりいってしまった真実なのかわかりませんもの。持ち帰られた情報を殿下が歪んで受けとるような状況になっては困りますわ。
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