残ったのはただ一人

こうやさい

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 思考が一瞬真っ白になった。

 彼女がそんなことをする理由も、今ここでそれを告白する理由も分からない。
 最後というのはどういう意味で?

「……さっきの水には何も入れていません」
 固まっていたせいか、そんな事を言われる。
 それを真っ先に心配すべきだったのかと他人事のように思う。
 さっき警戒しなければと思ったばかりだったのに。
 あるいは認識している以上に俺は弱っているのだろうか?

「なぜ、そんな事を?」
 うっかり尋ねてしまう。
 そこは否定すべきところだ。
 彼女はそんな事するとはそれでも思ってなかったわけだし。
 仮に毒殺に関わっていなくとも残りの候補は失格になるだろうし。
 彼女が罪に問われるような事になってはいけない。
 なのになぜ尋ねてしまったのだろう?

 いや、落ち着け。
 王族に害を与えようとしたなら、罰せられるのは当然のことだ。
 本当にやったのならば庇おうなどと思ってはいけない。
 ……実際に死にかけたのが俺だったとしても。

「……殿下がわたくしを避けていらしたので」
「……それで弟にすげ替えようと?」
 影でもというか影だからこそ殿下に迫るだろう危険の幾つかは事情も教えられている。その中に彼女がとは言われなかったが、一つの可能性があった。
 出さなければならないところの一部ではっきり顔を出していない以外は特に問題はなく、長子で弟とも同腹の殿下は、暗黙で王太子あとつぎに決まっている。
 一方婚約者候補の彼女達は殿下に選ばれなければ弟殿下の婚約者候補になると内々で決まっていた。外聞は良くないが、上の弟殿下はこれがら生まれるであろう女児を立場上待てないだろう。国外に向かうには陛下の直系の子供が少なすぎるし、国外からそれなりの立場の者が嫁いでくるには病の傷跡が未だ恐れられている。
 これでは影でなくとほんもののでんかでもうかうか手が出せるはずがない。

「それに何の意味が?」
 言葉通り何を言われているのか分からないとでもいうような表情を向けられる。
「弟と結婚して次期王にできれば王妃になれる」
 なので既に嫌われているのなら、望みの薄い人にしがみつくよりこれから落とせそうな人に相手を替えて、そちらが王位に就けるようにしてしまう方が早いという考え方もある。
 選ばれなかった婚約者候補がどうされるかは公にはされていないが、弟殿下に決まった相手がいないことは周知されている。殿下と婚約しなかった相手がまわされるその可能性は考えなくないだろう。
 ……情報が漏れているのなら俺が影だということもばれているだろうし。

「……父なら、そう望んだと思います」
 彼女の言葉には含みがあった。
「君は望まないと? けれど命令で毒を盛ったと?」
 ……確かに疑い始める前から自白していたが。
 肯定しようとしたのか否定しようとしたのか、中途半端に彼女の頭が動かされ、止まる。
「……あなた以外との結婚は望みません。毒を盛ったのは他の人にあなたを奪われるくらいならと思い詰めたからです」
 これは確かに否定か肯定かでは言いづらいだろう。毒を盛ったのは事実で、けれど命令ではなく弟殿下との結婚も望んでいない。
 ……しかしそれでは。

「俺自身を望んでいたと?」
 今度ははっきりと肯定した。
「王にならなくても? 王族ですらなくても?」
 それでも肯定される。

 耳の後ろから聞こえる鼓動がうるさい。
 落ち着け、そんなものただの口先だけだ。
 地位ではなく自分自身を見て欲しい王子様というのは物語では定番だ。
 本物の殿下ならば簡単に国を捨てるほど無責任ではないので、言葉遊びと変わらない。
 それだけで歓心を買える可能性があるなら幾らでも言うだろう。

 だが、それが本心である事を望まなくはいられない。
 最初から身代わりに過ぎない、王になることはない俺では駄目のかと。
 そう訊いてみたくなる。

「そう思って手にかけたのに、あまりの苦しみように後悔してしまって……せめて、謝りたくて」
 そういえば毒を盛られたのだった。
 身体は重いが、そこまでだった自覚症状はない。
 他の候補は皆死ぬか意思疎通が出来なくなると判断したのだから、相当だったのだろうが。

 たとえ毒でも、それだけの気持ちが向いているのが殿下ではなく俺自身になら良かったのに。

 そういえば彼女は最後と言った。
 俺を改めて殺すのでなければ――彼女がいなくなることになる。
 自死するのか、自首するのか……実際は影でも王族相手に毒殺を試みたとなれば軽い罪では済まない。
 ここで別れたら、もう二度と会えない。

 手を伸ばして彼女の腕を掴む。
 拒絶される可能性が高い。
 こんなことをしては俺まで犯罪者になってしまう。
 けれど、彼女をこのまま見送る事なんて出来ない。

「一緒に、逃げよう」
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