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三章 忌み地と名も無き神

13 よれば文殊の知恵

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生温かい目を何とかやり過ごし、以前使っていた部屋に戻ると、ティティが訪ねてくれた。
所謂、ご機嫌伺いと言うやつだ。
人間社会も面倒なもので、形式上であっても必要な事はわかるから、格式張った挨拶口上を素直に受ける。

「楽にして構いませんよ、ティティ嬢。お元気そうで何よりです」

ロウが柔らかい微笑をたたえて、ティティに発言の自由を与える。
礼を言う滑らかな声は、華やかに耳に心地良い。
ティティは、優しげな雰囲気が増した様に思える。
そんな近い未来のアルディア王妃は、メルガルドに促されて、私の目の前に座ると朗らかに笑う。

「まぁ、フィア様達は相変わらずですのね?」

背後霊の如く、べったりと張り付くラインハルトを見ながら、何時もの事と軽く流せるのは流石だ。

「ま、まぁね?ティティは忙しそうだけどーーーー結婚式の準備もそろそろ始まるんでしょ?乙女の役割もあって大変だろうけど、って言うか、増えるかも知れないけど、私も出来るだけのことはするからね?」

かも知れない、じゃなくて、確実に増えるんだけど、何というか••••どこまでを、どう説明をするべきか。

「私に出来る事ならば、何也と。ご説明を頂けるのでしょう?」

そう言いつつティティが傾けた華奢なカップには、珍しくコーヒーが入っている。
香りを楽しんだ後に、ゆっくりと嚥下する仕草は優雅なのに、どこか艷めいていて、味わい、ほぅ、と漏らす唇が官能美を滲ませた。

私は、その大人の階段を上りつつある雰囲気にドキマギしながらも、説明を始めた。







途中、何故?と訊きたい事はあっただろうが、ティティが始終聞き役に徹してくれたお陰で、説明に時間は掛からなかった。

そして今は、質問タイムである。


「ーーーーでは、その堕ちた神をフィア様が?」

神話の世界。知る人ぞ知る物語でも、神のみぞ知る話もある。

「悪循環にも程があって。堕ちたとはいえ、神の関わりが深いし。あの大地も人に返さないといけない時期が来たのもかも。私にこれ以上ちょっかい掛けてくるのも嫌だし、タイミング的には良いんだ」

今なら瘴気の大地に、神が干渉出来る。

エルフリンデの怨念が作り出した、濃すぎる瘴気は、この数百年消える事なく渦巻いている。
人間だって、幾度か浄化を試みた。だけど何れも成功せずに、焼け石に水にもならなかった。

死の谷だって、崩落で一部が忌み地と繋がってしまった為に、瘴気が漏れ出して出来上がってしまった。

ーーーそれ程に濃いのだ。

一国が滅んだのだから、筆舌尽くしがたい、相当な魂の嘆きもあっただろう。

「アルディアが瘴気にのみ込まれずに済んだのは、理由後の一つに翡翠のお陰もあるんだよ。これは魔除け、浄化効果とかに相性が良いの」

私は手の内の翡翠を弄ぶ。
アルディアは、古くは翡翠の産業で栄えていたけどーーーー翡翠が、忌み地からの瘴気漏れを軽減させていた。当然少なくなれば効果は薄れていく。
結局、無茶な採掘で、崩落を招いた。

「知っての通り、アルディアは採掘を止めた。でも瘴気は薄れていくどころか、真っ黒いドライアイスみたいに蔓延っている。瘴気で凶暴化した魔物の巣窟にもなってしまった」

だから、一度様子を見に行くと、ラインハルトが言う。

「その堕ちた神が原因なのですか?」

「うーん、封じられた場所に、影響を受けているって言った方が、しっくりくるかな•••••」

確証がなくて、尻つぼみになってしまった。
だけど、多分ーーーー深淵の牢獄、堕ちた神が、磁石の役目をしてしまっている状態なのだろうと思う。

「だから、俺達で根本を叩いてしまおうって訳なんだ。問題は、その堕ちた神をどうやってポポと釣り合う聖霊にするか、なんだけど、フィーはアスターを蒲公英の精にしたやり方を覚えていないんだ」

フロースが身も蓋もない言い方をする。

幽霊の様な存在だったとは言え、神の核だもの。それを妖精にしてしまうなんて、前代未聞の事だと言われた。

アスターは消滅寸前だったから上手く出来た可能性が高い。
ならば、アステールは?ギリギリ迄、存在を削れば何とかなる?

「力も持ってしまったし、どうやって神核を小さな存在にするか、中々悩ましいわ」

「小さく、ですか。それは神様の魂の様なものを、ですよね?細かく砕いたら消滅してしまうのでしょうか」

細かくって、凄い事を言うな、ティティ。恐ろしい子!
でもティティの思惑が解らない私は、大きく首を傾げる。

「消滅させずに、か。出来ない事は無いだろうがーーーー欠片の殆どは消えるだろうな。ああ、そういう事か」

「え、なに?どういう事?」

ラインハルトは合点がいったらしく、何やら考え込んでしまった。
皆も頷いたり、悩んだりと様々だが、ティティの意図は分かったらしい。

縋る様にティティを見れば、クスっと小さく笑って、答えをくれた。
形の良い唇が、前世••••世界中で大ヒットした、とあるファンタジーな小説の名前を刻んだ。

「ーーーーそのシーンで、ありましたよね、ほらーーー」

映画にもなった、小説のシリアス場面を思い出す。

「ーーーーあっ!!」

私は頭の中で、小さな光が弾けた気がした。



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