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三章 忌み地と名も無き神
8 暗闇の中で
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暗闇の中でーーーー寒さにブルブルと震えが止まらない。
「何処まで落ちて行くのでしょうか••••チュウ吉、申し訳ありません。私が迂闊にも返事をしてしまったばかりにーーーー」
黄色い毛玉を抱えた、チュウ吉と呼ばれた神獣が抱える腕に、ギュウっと力を込める。
それは卵を温める様に見えた。
黄色い毛玉に宿るアスターは、『落ちる』と言っていたが、実際感じるのは暗闇に浮いている感覚だけで、進んでいるのか、落ちているのかーーーーはたまた、登っているのか判断が付かない。
ただ、もうずっと長くこうしているような気がする。
時間の感覚はとうに無い。
チュウ吉は、舌打ちしそうになるのをグッと堪えて、凍える空間を耐えた。
「アスター様、そこから出て来てはなりませぬぞ。フィアとの繋がりは消えてはおりませぬ故に。我も、貴方様も」
大丈夫、きっと帰れる。
己を鼓舞した気持ちは、言葉にしなくても通じたのか、ふふっと、抱えるポポからは柔らかく笑んだ気配がした。
それは、真っ暗な空間に一筋の光。
少女神を想えば、薄く儚くなった縁が、細くとも決して切れぬ鋼に変わった。
「あの子に、心配をさせてしまいましたね」
そうっと探る様に、流れてきたフィアの力に乗った感情が心配を知らせてくる。
チュウ吉は返事をしたいが、アスターを護る事に全力を掛けているので、拒絶していない事で何とか察して欲しいと願う。
「怒り狂って、オヤツを抜かれる事が怖いのう。特に片眼鏡の腹黒には、伏して謝罪をすべきか••••貴方様もですぞ!」
一緒に滅びるのも致し方ない、そんなアスターの気持ちが、波紋の様にチュウ吉に触れる。
駄目だ。そんな事はさせない。
深淵の更に深い底からの呼びかけが恐ろしかった。
ポポの名で守られていた筈のアスターにまで届いた執念。
古井戸で『チュウ吉先生』と呼ばれた日から、世界との絆を鮮やかに蘇らせた自分とは違うのだ。
一度目は身体を造り代えられ、白い小さき者になった。二度目の時に名を与えられーーーーそれは、存在を書き換えられた瞬間だった。
しかし、彼は、やはり神なのだ。ポポであっても、アスターと言う核は消えていない。
神獣のチュウ吉とは、存在自体が異なるのだから。
あの頭に直接響く低い声。
チュウ吉が捉える事が出来たのは、在りし日は近しい存在だったからだろう。
だから、アスターが懐かしさを込めた、優しく響いた声にうっかり反応してしまったのは、恐ろしくもあったが頷ける。
アスターが声に反応した瞬間、チュウ吉は単体で行かせてはならないと、咄嗟にぽぽを抱き締めたのだった。
「ーーーーチュウ吉」
相変わらず漆黒の闇しかない中で、腕の中の存在に呼ばれたチュウ吉は、注意深く視線を向ける。
「私が消滅したら、あの子は泣くでしょうか」
「大泣きする、でしょうなぁ。暫くは篭って地上に悪影響を齎すやもしれませぬ」
おっとりと言うが、チュウ吉の心は張り詰めている。
アスターに消滅を決心をさせてはいけないのだ。何とか踏みとどめて、貰わねば。
「アスター様は如何に為さりたいと?」
「メイフィアの身体を乗っ取る等、以ての外。それだけは絶対に阻止しなければ」
「それを成されたら?恐らくーーーーいや絶対じゃのぅ、フィア達は乗り込んで来ると思いますぞ?我らを迎えに」
チュウ吉は、フィア達が競り負ける事は無いと、信じている。
消滅するのは向こうだ。
「ですから、私もアスターとして半身と共に消滅するのでは、と。あの子はーーーーメイフィアはきっと負けませんから」
違う、と首を横に振る。
そんな形だけの結末など、どうでも良いのだ。チュウ吉が聞きたいのは、結果からくる予想じゃない。
「貴方様は、消滅をお望みなので?この世界に在りたいとはーーーー思わぬと仰せか?」
「過ぎた願いを抱くは罪でしょう」
「いうだけならばタダですぞ。我しか聞いておりませぬ。ホレホレ、言うてみればよろしい。アスター様は何を願われる?」
アスターは数瞬迷ってから、重たく口を開く。
「私はーーーー共に、在りたい」
誰と、誰達と、とは言わなかった。
が、それで良い。
チュウ吉の、キンと張り詰めた弦が緩む。
ほぅ、と漏れた溜息が暖かい。
ならば、目標は決まった。
チュウ吉は鼻息も荒く気合を入れる。
と、その直後、気の抜けた声が暗闇に届いた。
「ふぅん。じゃぁ、お姫様にお願いしてみたら?」
ヤレヤレと肩を諌め、暗闇から急に現れた男は真っ直ぐに此方へと向かって来る。
「お主はーーーー」
毛を逆立て警戒するチュウ吉に軽く微笑んで、探しちゃったよ、とのたまう。
「迷っているから連れて来いってさ、人使いが荒いよねぇ。古き神って奴は。ああ、お姫様もそうだったから関係ないか」
スッと手を伸ばして、チュウ吉を手の平に誘う。捕まえようとはしないらしい。
「今頃は、大神殿のロウ殿特性牢獄に居るはずじゃろうお主が何故ココに居る?ーーーーサジル」
チュウ吉の目の前で、いかにも胡散臭い笑みを浮かべていたのはかの大罪人だった。
「何処まで落ちて行くのでしょうか••••チュウ吉、申し訳ありません。私が迂闊にも返事をしてしまったばかりにーーーー」
黄色い毛玉を抱えた、チュウ吉と呼ばれた神獣が抱える腕に、ギュウっと力を込める。
それは卵を温める様に見えた。
黄色い毛玉に宿るアスターは、『落ちる』と言っていたが、実際感じるのは暗闇に浮いている感覚だけで、進んでいるのか、落ちているのかーーーーはたまた、登っているのか判断が付かない。
ただ、もうずっと長くこうしているような気がする。
時間の感覚はとうに無い。
チュウ吉は、舌打ちしそうになるのをグッと堪えて、凍える空間を耐えた。
「アスター様、そこから出て来てはなりませぬぞ。フィアとの繋がりは消えてはおりませぬ故に。我も、貴方様も」
大丈夫、きっと帰れる。
己を鼓舞した気持ちは、言葉にしなくても通じたのか、ふふっと、抱えるポポからは柔らかく笑んだ気配がした。
それは、真っ暗な空間に一筋の光。
少女神を想えば、薄く儚くなった縁が、細くとも決して切れぬ鋼に変わった。
「あの子に、心配をさせてしまいましたね」
そうっと探る様に、流れてきたフィアの力に乗った感情が心配を知らせてくる。
チュウ吉は返事をしたいが、アスターを護る事に全力を掛けているので、拒絶していない事で何とか察して欲しいと願う。
「怒り狂って、オヤツを抜かれる事が怖いのう。特に片眼鏡の腹黒には、伏して謝罪をすべきか••••貴方様もですぞ!」
一緒に滅びるのも致し方ない、そんなアスターの気持ちが、波紋の様にチュウ吉に触れる。
駄目だ。そんな事はさせない。
深淵の更に深い底からの呼びかけが恐ろしかった。
ポポの名で守られていた筈のアスターにまで届いた執念。
古井戸で『チュウ吉先生』と呼ばれた日から、世界との絆を鮮やかに蘇らせた自分とは違うのだ。
一度目は身体を造り代えられ、白い小さき者になった。二度目の時に名を与えられーーーーそれは、存在を書き換えられた瞬間だった。
しかし、彼は、やはり神なのだ。ポポであっても、アスターと言う核は消えていない。
神獣のチュウ吉とは、存在自体が異なるのだから。
あの頭に直接響く低い声。
チュウ吉が捉える事が出来たのは、在りし日は近しい存在だったからだろう。
だから、アスターが懐かしさを込めた、優しく響いた声にうっかり反応してしまったのは、恐ろしくもあったが頷ける。
アスターが声に反応した瞬間、チュウ吉は単体で行かせてはならないと、咄嗟にぽぽを抱き締めたのだった。
「ーーーーチュウ吉」
相変わらず漆黒の闇しかない中で、腕の中の存在に呼ばれたチュウ吉は、注意深く視線を向ける。
「私が消滅したら、あの子は泣くでしょうか」
「大泣きする、でしょうなぁ。暫くは篭って地上に悪影響を齎すやもしれませぬ」
おっとりと言うが、チュウ吉の心は張り詰めている。
アスターに消滅を決心をさせてはいけないのだ。何とか踏みとどめて、貰わねば。
「アスター様は如何に為さりたいと?」
「メイフィアの身体を乗っ取る等、以ての外。それだけは絶対に阻止しなければ」
「それを成されたら?恐らくーーーーいや絶対じゃのぅ、フィア達は乗り込んで来ると思いますぞ?我らを迎えに」
チュウ吉は、フィア達が競り負ける事は無いと、信じている。
消滅するのは向こうだ。
「ですから、私もアスターとして半身と共に消滅するのでは、と。あの子はーーーーメイフィアはきっと負けませんから」
違う、と首を横に振る。
そんな形だけの結末など、どうでも良いのだ。チュウ吉が聞きたいのは、結果からくる予想じゃない。
「貴方様は、消滅をお望みなので?この世界に在りたいとはーーーー思わぬと仰せか?」
「過ぎた願いを抱くは罪でしょう」
「いうだけならばタダですぞ。我しか聞いておりませぬ。ホレホレ、言うてみればよろしい。アスター様は何を願われる?」
アスターは数瞬迷ってから、重たく口を開く。
「私はーーーー共に、在りたい」
誰と、誰達と、とは言わなかった。
が、それで良い。
チュウ吉の、キンと張り詰めた弦が緩む。
ほぅ、と漏れた溜息が暖かい。
ならば、目標は決まった。
チュウ吉は鼻息も荒く気合を入れる。
と、その直後、気の抜けた声が暗闇に届いた。
「ふぅん。じゃぁ、お姫様にお願いしてみたら?」
ヤレヤレと肩を諌め、暗闇から急に現れた男は真っ直ぐに此方へと向かって来る。
「お主はーーーー」
毛を逆立て警戒するチュウ吉に軽く微笑んで、探しちゃったよ、とのたまう。
「迷っているから連れて来いってさ、人使いが荒いよねぇ。古き神って奴は。ああ、お姫様もそうだったから関係ないか」
スッと手を伸ばして、チュウ吉を手の平に誘う。捕まえようとはしないらしい。
「今頃は、大神殿のロウ殿特性牢獄に居るはずじゃろうお主が何故ココに居る?ーーーーサジル」
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