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二章 ムーダン王国編

31 痛み

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「────痛いなぁ」

サジルは、胸を掻きむしりたくなる衝動に駆られた。
それが当たり前なのだと言うように、重なる影を見て、心が悲鳴を上げている。

「本当、痛いんだけど」

「なんだ?フィリアナに刺された傷は治してやったぞ。シャーク殿下が治癒の札をわんさか持っていて良かったな。ああ、その傷は治せんよ。ワシも命は惜しい」

ランジと呼ばれていた神官は、神々の一行と一緒にここへ転移してきたらしく、倒れたサジルを見つけて泣き出したシャークを引き剥がして、天秤を追い掛けさせた。
代わりに治療をしておいてやるからと。

確かに治してもらった。フィリアナによる刺し傷は。

「別に良いけど」

フィリアナに刺されて、死にそうになって。シャークの札に助けられたのは良いけど、あの男神、慈悲も容赦も無い。サジルはガッツリと殴られた頬を擦る。痛すぎる。

恐らく肺に達していたのでは、と思われた刺し傷で瀕死のサジルに、あの神は問うた。
ーーーー生きたいとは思わないのか、と。

サジルが死んで、女神にの心に傷を残す事すらさせなかった男神は、傷が癒えたサジルを力を込めて、殴った。
死ぬ一歩手前の衝撃。そしてシャークからランジ神官に預けられた治癒の札を使い、回復すると、また襲い来る鈍い音と痛み。
それが、何度繰り返された事か。
殴る度に違う名前を言っていたので、女神の側近達の分もあるのだろう。
ゴリラの神に改名すれば良いのに。

最後の重すぎる一発を受けた時には、既に大捕物が始まっていて、サジルは観念したように目を閉じた。

手枷を嵌められ、魔力を封じられる。
どうせこの後は、魔力回路を潰されるのだろう。
そうして迎えるのは、ジワジワと苦しみながらの死。女神の預かり知らぬ所で、サジルは死ぬのだ。

痛みで朦朧としてきた意識が、不意に鮮明になる。

「お前に、今干渉されては困るからな」

誰に、とは言わなかった。
横に立つ美女はなんと言う名前の神だったか。そう、確か技芸と呼ばれていた。
今にも迸りそうな闘気を抑えているのが分かる。サジルを警戒しているのではない。
少しは警戒の対象だろうけど。

ザリッと砂を踏む複数の足音がした。

騎士に捕縛され、こちらへ歩いて来るのはフィリアナだろう、腫れた目の周りの所為で良く見えない。
さぞかし悪態をつくのだろうと思いきや、声一つ上げていない。
代わりに少年が、フィリアナを連行している騎士に吠えていた。顔が腫れている所為で、サジルだとは気が付かずに、横に立つ。

「フィリアナ様ーーーー」

「何よ?あんたも早くお母さんの所へ戻んなさいよ!」

「どうしてフィリアナ様が捕まらなきゃいけないんだよ!?」

サジルはクツクツと、喉の奥で笑う。
これだから、大人の事情など知らぬ子供は怖い。だが、それを許される純粋さが眩しい。
ここにいる村人は、反逆者として、一度は捕縛されるだろう。
シャークが何とかするだろうから、怪我をしない内に、ちゃんと捕まっていたほうがいい。あの頑固な村長と、数名は無理かな?一度は殴られていそうだ。

フィリアナを連行している騎士も、流石に子供相手に縄を打つ事は出来ないのだろう。
諭しているが、苦戦している。

「さっき他の兄ちゃんから聞いたよ!そんなの。それでも、母ちゃんを、皆を助けてくれたのはフィリアナ様だ!」

ヒュっと息を呑んだのは、フィリアナか。
らしく無く、動揺してるらしい。少年の何がフィリアナに衝撃を与えたのかは分からないけど、ランジ神官の差し出す手枷に、抵抗する事は無かった。

手枷をしてから、フィリアナの黒い髪が、赤味がかったブロンドに変わっている。
サジルの容姿も、元に戻ったと見るべきだろう。

「なぁに、ちょいとティティ嬢に頼んだだけだ。中和の力をその手枷にな。効果は抜群だぞ?なんせ先の大神官様御手製の手枷に、フィアーーあ、様、の祝福付ギフトの力だ」

サジルの思考を、読んだのかと思うタイミングで、ランジ神官が告げる言葉に、思わず破顔する。
やっぱり、動かすとかなり痛む。

「ーーーーへぇ?そっか。それなら良いね」

隣にいるのがサジルだと気が付いたフィリアナは、驚いた様子だったが、それでも何も言わなかった。

座り込んだこの場所に影が指す。
フワリと薫る、先の大神官の衣ーーーー否、今は冒険者の出で立ちだが、趣味の良さが伺えた。
この香りが女神の好み、なのかな。
ここに転移してきた、あの片眼鏡の側近も、似たような香りを纏っていた。

「さて、フィリアナには、大神殿とアルディア王国による裁きが待っています。それまでは、大神殿の地下牢獄への収監、取り調べ、他にもやるべき事は沢山あります。暫くは眠る暇も無いでしょう」

サジルは瞑目する。
もっと違う香を焚き染めてみれば良かった。何が好きそうなのか、考えて。
憑依した小鳥に、移り香の残るリボンを持たせて。
たった数日だけど、嫌いと言われてしまったけれども。
食べる物も何が好きか聞いて、それを用意すれば良かった。

「サジルには、ムーダンの王宮に一度帰ってもらいます。無論、大神殿と、ムーダン王国による裁きも待ってますが、先にやりたい事がありますので」

死んで傷を遺したいと思ったクセに、またひと目でも、会えるかも知れない希望が、心の底にある事が、サジルはどうしようもなく切なかった。

「ーーーー良いよ。ねぇ、ランジ神官さん。痛いんだけど」

「そりゃぁ、なぁ。だが、治せん。怒られる」

「札は要らない。どうせ効かないし、そんな札じゃ治らないから」

見透かすような、ディオンストムの視線を感じて、サジルは目を伏せた。





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