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二章 ムーダン王国編
26 まさかのまさか
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ズン、と場の空気が重くなった。
サジルの怒りだ。
だけど、場を読まないフィリアナが、サジルの腕に縋って私を憎しみを込めて睨む。
何故、どうしてと、掴んでいる腕を揺さぶりながら。
そんなに睨まれましても。
サジルに胡散臭い笑みが無い。
顔立ちがすこぶる宜しいだけあって、表情の抜け落ちたサジルは、骨の髄まで凍らせそうな冷たさが漂う。
それに気が付かないフィリアナは、肢体をサジルに押し付けて言い募っているんだけど•••••
サジルが私を背に隠すように動いたのも気に入らないのかも知れない。
彼女の態度を見るに、お宜しい仲だった感じだしね。
黙っているサジルに、彼女は甘ったるい声で更に言い寄る。
「ねぇ、サジルってば! どうしてこの女がいるのよ!」
「ーーーー君、うるさいよ」
フィリアナの叫びにかぶったサジルの言葉は、大きくなかったが、突き刺す鋭さがあった。
ここで漸く怒っている事に気が付いたのだろう。フィリアナが、サジルに怪訝な顔を向ける。
「サ、サジル? 」
私の姿を模した、紫色の瞳が大きく開かれる。うん、これって中々に複雑な気分になるわ。
様子を見るに、フィリアナは、自分が何を仕出かしたのか分かっていないのよね。事の大きさも••••。
サジルは、押し付けられた身体ごと些か乱暴に腕を払うと、忌々しげに息を吐き出す。
その、修羅場じみた雰囲気ですが、お二人でお願いできませんかね?
フィリアナの殺人光線を、身体を張って遮ってくれた事には感謝しない事もないけど。
私としては、サッサとブツを返して欲しいのですよ。
その後でしたら、いくらでも喧嘩をなさって下さいまし。
そんな私の願いも虚しく、腹の底が冷えるサジルの低い声がフィリアナに向かう。
「君のその頭には、何が詰まっているんだろうね。僕が言ったこと、覚えていないのかな。それとも人間の言葉は分からないのかな」
「な、なによ、あたしは村人の願いを聞いただけじゃない! 神の娘だもの当然でしょ?ーーーーもしかして、その女に何か言われたの!?」
ーーーー悪役のくせに!
「え••••悪役って、まだそんな事言ってるの?」
その設定、続いていたんだ。
というか、私が悪役ならさ、ヒロインの貴女に嫌がらせしたって、おかしい事は無いよね。
なのに、悪役のクセにって•••••
「女神は何も言わないよ、君の事なんか。それよりもーーーー僕はね、出来の悪い道具をいつまでも使う趣味は無いんだ。だから捨てる事にしたよ」
捨てるって、ちょーっと待った!
まさか、殺したりはしないよね!?
散々利用してたんじゃないの?
何でも無い事のように、サラッと怖い事を言っちゃう性格だし、やりそうで。サジルの怒りがそれくらい、大きいのだろうけど。
彼女は人の世で裁きを受けるべきだ。
ーーーーそれはサジルもだけど。
「随分と軽く言うのね。仲間でしょうに。道具だって長く使っていけば、愛着だって湧くものよ?試してみれば良いのに」
「コレを?冗談にしては質が悪いね。本気なら、知能を疑うな。貴女がずっと僕の側にいるなら、愛着でも何でも湧いて、大切にしたいと思うんだろうけど」
そこでサジルは、クルッと私に向き直った。
何だか話しが変な方にズレた気がする。
サジルが動いた事で身体半分が見えたフィリアナが、眼を血走らせて私を見たけど、その顔、今直ぐにホラー映画の主演女優になれると思う。
「ねぇ、お姫様。紛い物よりも、本物の方が良いと思うのは当然じゃない?」
「さぁ?人それぞれじゃないかしらね。それよりも、約束通りに返して欲しいのだけれど」
サジルの言葉に、ワナワナと怒りでフィリアナの顔が真っ赤だ。
黒髪に映える金の簪が、飾り金具を擦らせてキンキン、カチカチと鳴る。
指先は握り込まれ、拳を作った手がブルブルと震えていた。
悪役のくせに、と繰り返す唇からは声が出ずに、ヒューヒューと息が漏れる。
「ーーーーああ、そうだったね」
サジルが約束通りに青いーーーークリスタルの質感を持った花を影から取り出した。
伏せられた睫毛に、寂しそうな気配がしけど、気のせいかな。
次の瞬間、私を見つめた瞳には、あの胡散臭い笑みを乗せていたし。
フワリと浮いた花が私の手の中に収まる。
淡く光りながら、氷が熱い湯に溶けるように私の中に還ってくるーーーーー記憶と、力。
掛けたピースが埋まっていく。それが、暖かく、体内に広がる。
やがて光が収まると、獣が威嚇するような荒い呼吸と、ジャリっと土を踏みしめる音が聞こえて、それに顔を向けると、フィリアナが私に飛び掛ろうとする瞬間だった。
集中していたのが拙かった。
「しね。シネ、死んでしまえぇー!」
だから、髪を振り乱して咆哮を上げ、引抜いた簪を高々と振りかざし、私目掛けて振り下ろそうとしているフィリアナに、気付くのが遅れてしまったのだ。
まぁ、私に邪な含がみあるとか、若しくは害そうとすると、耳飾りによる結界が弾くから、大丈夫なのだけどーーーー。
「ーーーーッグァ!」
低く呻く声と。
ズプッと、布地を通って肉に刺さるぐぐもった音がした。
「クソ女!シネ!シネ!」
フィリアナの繰り返し聞こえる怨嗟の声と、刺さった簪を2度、3度、と引抜いた時に飛び散る鮮血。
痛みに歪むサジルの顔。
「何で、何で!?なんでその女を庇うのよ!」
血まみれの簪を放り投げると、息も絶え絶えにフィリアナは絶叫する。
何がおかしいのか、狂ったように笑い出した。
「はぁ、はぁーーーーああアハハハは!」
そうしてクルリと踵を返すと、フィリアナは館の方へと走り去る。
「サジル、貴方、何でこんなーーーー」
治癒をと、刺された背中に手をやろうとすると、その手を掴まれてしまう。
「まだ、治癒の札が••••残っているから、大丈夫だよ、ほら、ね。あ、は、やっと、僕の名前、呼んだ、ね」
「こんな時に何を言ってるの!貴方、私に幾重にも防御が施されているのを、身を持って知っているでしょう!?なのに、庇うなんて!手足のように動かしてる影を使ってフィリアナを止める事だって!」
出来たでしょう?
それを知っている、それが出来る、まさかのサジルが私を庇う為にーーーー自らの身体を盾に、動くとは思わなかった。
「もう一度、呼んでよ、お姫様」
「ーーーーイヤよ」
「つれないな。じゃぁさ、フィリアナを追いかけてよ。僕は今、ちょっと動けないし。あの子、天秤、使うつもりだよ」
「もーう!次から次へと問題ばかりね!良いわよ、ちょっとここで待ってなさい!」
天秤を奪い返して、フィリアナからはギフトを剥奪しなければーーーー。
立っていられないサジルを大木に寄りかからせると、私はフィリアナの後を追った。
「護身用としてあげた簪が、仇になってしまったかな。ゲホッーーーーああ、札、治癒の、後一枚だったみたいだ。これじゃ、足りない、な」
残りの札は残念な事に、隠密の札だ。
ケフッと息と一緒に口から流れる赤い液体を吐き出す。
ああ、死ぬ、のかーーーー僕は。
「何で庇った、ってーーーー分からないよ。勝手に、動い、たんだ、もの。フハッ」
早く戻って来て、僕のお姫様。
死んでしまうなら••••最期は、できれば貴女の腕の中がいいな。
そして、勝手だと怒るんだ。
虫が良すぎる、意地の悪い願いを抱く。
目眩が酷くなり、寒気が襲う。
目を開けていられずに閉じかけた。
「生きたいとは望まないのか?」
尽きて、目を閉じる前にサジルが見たのは、神々しいまでの美貌を惜しげも無く晒した若者だった。
「思わ、ない、な」
ーーーーだって。
あの女神に看取られて、眠る方が良い。
腕の中で息絶えた僕を、忘れないと思うから。
やっぱりあの時に、治癒を施してたら、って後悔に泣いたりすると思わない?
若者はそうか、と、ただ頷く。
身体がガクガクする。
細かく振動するこの震えは、出血からくる寒さじゃない。
立っていたら、きっと膝が地に付いていただろう。
ーーーー畏怖。
圧倒的な存在に対する畏れ。
そうだ、この目の前にいるのはーーーー口付けを見せ付けてくれた、かの神だ。
ああ、意識が、もう、持たないよ。
ーーーーお姫様。
「ーーーーサジル!」
遠くなる意識の向こうで、僕はシャークの声を聞いた。
サジルの怒りだ。
だけど、場を読まないフィリアナが、サジルの腕に縋って私を憎しみを込めて睨む。
何故、どうしてと、掴んでいる腕を揺さぶりながら。
そんなに睨まれましても。
サジルに胡散臭い笑みが無い。
顔立ちがすこぶる宜しいだけあって、表情の抜け落ちたサジルは、骨の髄まで凍らせそうな冷たさが漂う。
それに気が付かないフィリアナは、肢体をサジルに押し付けて言い募っているんだけど•••••
サジルが私を背に隠すように動いたのも気に入らないのかも知れない。
彼女の態度を見るに、お宜しい仲だった感じだしね。
黙っているサジルに、彼女は甘ったるい声で更に言い寄る。
「ねぇ、サジルってば! どうしてこの女がいるのよ!」
「ーーーー君、うるさいよ」
フィリアナの叫びにかぶったサジルの言葉は、大きくなかったが、突き刺す鋭さがあった。
ここで漸く怒っている事に気が付いたのだろう。フィリアナが、サジルに怪訝な顔を向ける。
「サ、サジル? 」
私の姿を模した、紫色の瞳が大きく開かれる。うん、これって中々に複雑な気分になるわ。
様子を見るに、フィリアナは、自分が何を仕出かしたのか分かっていないのよね。事の大きさも••••。
サジルは、押し付けられた身体ごと些か乱暴に腕を払うと、忌々しげに息を吐き出す。
その、修羅場じみた雰囲気ですが、お二人でお願いできませんかね?
フィリアナの殺人光線を、身体を張って遮ってくれた事には感謝しない事もないけど。
私としては、サッサとブツを返して欲しいのですよ。
その後でしたら、いくらでも喧嘩をなさって下さいまし。
そんな私の願いも虚しく、腹の底が冷えるサジルの低い声がフィリアナに向かう。
「君のその頭には、何が詰まっているんだろうね。僕が言ったこと、覚えていないのかな。それとも人間の言葉は分からないのかな」
「な、なによ、あたしは村人の願いを聞いただけじゃない! 神の娘だもの当然でしょ?ーーーーもしかして、その女に何か言われたの!?」
ーーーー悪役のくせに!
「え••••悪役って、まだそんな事言ってるの?」
その設定、続いていたんだ。
というか、私が悪役ならさ、ヒロインの貴女に嫌がらせしたって、おかしい事は無いよね。
なのに、悪役のクセにって•••••
「女神は何も言わないよ、君の事なんか。それよりもーーーー僕はね、出来の悪い道具をいつまでも使う趣味は無いんだ。だから捨てる事にしたよ」
捨てるって、ちょーっと待った!
まさか、殺したりはしないよね!?
散々利用してたんじゃないの?
何でも無い事のように、サラッと怖い事を言っちゃう性格だし、やりそうで。サジルの怒りがそれくらい、大きいのだろうけど。
彼女は人の世で裁きを受けるべきだ。
ーーーーそれはサジルもだけど。
「随分と軽く言うのね。仲間でしょうに。道具だって長く使っていけば、愛着だって湧くものよ?試してみれば良いのに」
「コレを?冗談にしては質が悪いね。本気なら、知能を疑うな。貴女がずっと僕の側にいるなら、愛着でも何でも湧いて、大切にしたいと思うんだろうけど」
そこでサジルは、クルッと私に向き直った。
何だか話しが変な方にズレた気がする。
サジルが動いた事で身体半分が見えたフィリアナが、眼を血走らせて私を見たけど、その顔、今直ぐにホラー映画の主演女優になれると思う。
「ねぇ、お姫様。紛い物よりも、本物の方が良いと思うのは当然じゃない?」
「さぁ?人それぞれじゃないかしらね。それよりも、約束通りに返して欲しいのだけれど」
サジルの言葉に、ワナワナと怒りでフィリアナの顔が真っ赤だ。
黒髪に映える金の簪が、飾り金具を擦らせてキンキン、カチカチと鳴る。
指先は握り込まれ、拳を作った手がブルブルと震えていた。
悪役のくせに、と繰り返す唇からは声が出ずに、ヒューヒューと息が漏れる。
「ーーーーああ、そうだったね」
サジルが約束通りに青いーーーークリスタルの質感を持った花を影から取り出した。
伏せられた睫毛に、寂しそうな気配がしけど、気のせいかな。
次の瞬間、私を見つめた瞳には、あの胡散臭い笑みを乗せていたし。
フワリと浮いた花が私の手の中に収まる。
淡く光りながら、氷が熱い湯に溶けるように私の中に還ってくるーーーーー記憶と、力。
掛けたピースが埋まっていく。それが、暖かく、体内に広がる。
やがて光が収まると、獣が威嚇するような荒い呼吸と、ジャリっと土を踏みしめる音が聞こえて、それに顔を向けると、フィリアナが私に飛び掛ろうとする瞬間だった。
集中していたのが拙かった。
「しね。シネ、死んでしまえぇー!」
だから、髪を振り乱して咆哮を上げ、引抜いた簪を高々と振りかざし、私目掛けて振り下ろそうとしているフィリアナに、気付くのが遅れてしまったのだ。
まぁ、私に邪な含がみあるとか、若しくは害そうとすると、耳飾りによる結界が弾くから、大丈夫なのだけどーーーー。
「ーーーーッグァ!」
低く呻く声と。
ズプッと、布地を通って肉に刺さるぐぐもった音がした。
「クソ女!シネ!シネ!」
フィリアナの繰り返し聞こえる怨嗟の声と、刺さった簪を2度、3度、と引抜いた時に飛び散る鮮血。
痛みに歪むサジルの顔。
「何で、何で!?なんでその女を庇うのよ!」
血まみれの簪を放り投げると、息も絶え絶えにフィリアナは絶叫する。
何がおかしいのか、狂ったように笑い出した。
「はぁ、はぁーーーーああアハハハは!」
そうしてクルリと踵を返すと、フィリアナは館の方へと走り去る。
「サジル、貴方、何でこんなーーーー」
治癒をと、刺された背中に手をやろうとすると、その手を掴まれてしまう。
「まだ、治癒の札が••••残っているから、大丈夫だよ、ほら、ね。あ、は、やっと、僕の名前、呼んだ、ね」
「こんな時に何を言ってるの!貴方、私に幾重にも防御が施されているのを、身を持って知っているでしょう!?なのに、庇うなんて!手足のように動かしてる影を使ってフィリアナを止める事だって!」
出来たでしょう?
それを知っている、それが出来る、まさかのサジルが私を庇う為にーーーー自らの身体を盾に、動くとは思わなかった。
「もう一度、呼んでよ、お姫様」
「ーーーーイヤよ」
「つれないな。じゃぁさ、フィリアナを追いかけてよ。僕は今、ちょっと動けないし。あの子、天秤、使うつもりだよ」
「もーう!次から次へと問題ばかりね!良いわよ、ちょっとここで待ってなさい!」
天秤を奪い返して、フィリアナからはギフトを剥奪しなければーーーー。
立っていられないサジルを大木に寄りかからせると、私はフィリアナの後を追った。
「護身用としてあげた簪が、仇になってしまったかな。ゲホッーーーーああ、札、治癒の、後一枚だったみたいだ。これじゃ、足りない、な」
残りの札は残念な事に、隠密の札だ。
ケフッと息と一緒に口から流れる赤い液体を吐き出す。
ああ、死ぬ、のかーーーー僕は。
「何で庇った、ってーーーー分からないよ。勝手に、動い、たんだ、もの。フハッ」
早く戻って来て、僕のお姫様。
死んでしまうなら••••最期は、できれば貴女の腕の中がいいな。
そして、勝手だと怒るんだ。
虫が良すぎる、意地の悪い願いを抱く。
目眩が酷くなり、寒気が襲う。
目を開けていられずに閉じかけた。
「生きたいとは望まないのか?」
尽きて、目を閉じる前にサジルが見たのは、神々しいまでの美貌を惜しげも無く晒した若者だった。
「思わ、ない、な」
ーーーーだって。
あの女神に看取られて、眠る方が良い。
腕の中で息絶えた僕を、忘れないと思うから。
やっぱりあの時に、治癒を施してたら、って後悔に泣いたりすると思わない?
若者はそうか、と、ただ頷く。
身体がガクガクする。
細かく振動するこの震えは、出血からくる寒さじゃない。
立っていたら、きっと膝が地に付いていただろう。
ーーーー畏怖。
圧倒的な存在に対する畏れ。
そうだ、この目の前にいるのはーーーー口付けを見せ付けてくれた、かの神だ。
ああ、意識が、もう、持たないよ。
ーーーーお姫様。
「ーーーーサジル!」
遠くなる意識の向こうで、僕はシャークの声を聞いた。
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