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二章 ムーダン王国編

25 予期せぬ出来事

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ーーーーここの湧き水は冷たくて美味しいよ。

歌うような声音の優しい口調。
サジルは、小鳥でいる方が本当に人間らしいと思う。
道中、気になる事や物があって、聞いても最初のうちは、教科書をまる読みされている感じがしていた。
様子がおかしい時もあったけど、それが今じゃ、立派にガイドが出来るわ。

盗賊退治の後は「何で僕がこんな事まで」とかぶつくさ言っていたけど、お礼を言ったら満更でも無さそうな感情が見えたのには、驚きだ。

その後もいくつかのやり取りで、サジルは感情を垣間見せ、情緒と云うべきものが不安定だったりと、落ち着かない。

意外と口うるさかったサジルにも、情緒が存在した事に、私が振り回されそうだ。
私は、少し黙っていた方が良さそうだと思っていたけど、それがどうやらご不満らしい。

ーーーー難しいお年頃なのかしら。

他愛無い会話をしつつ、サジルに気が付かれないように、細く溜息を付くと、無残な森を見る。
なだらかな丘陵の一部が、歪な丸禿と晒された姿に、メルガルドの苦労が忍ばれた。

それを横目に、湧き出る水をすくう。

サジルの言うとおり、湧き水は冷たくて美味しかった。
急峻な聳える火山はすぐそこに見えて、しかし道のりは険しいという。
小鳥サジルが咥えてきた、熊笹によく似た葉を円錐状に丸めて、チョロチョロと落ちる水を水袋に入れていく。

袋の口をしっかりと閉じて、ダチョウにぶら下げると、休憩しても良いと言うので、私は干した棗を取りだす。

腰を掛けられる場所をサジルが探し出し、影からクッションを取り出してくれる。
こんな所も、ガイド慣れしてきたなぁと思う一因だ。

「お姫様はそのデーツをよく食べてるけど、好きなの?」

ねっとりした、かりん糖みたいな干し果物は一口で食べれるし、何よりも栄養価が高い。一度に沢山入らない私には、ピッタリのおやつだ。

「好きな部類に入るかな」

他にも何が好きなのかを聞かれ、果物に偏る私に、何となくサジルが呆れた顔をしている気がして、ホワイトサーモンだって好きだけど、と言おうとした。

そんな時、ビクン、と小鳥が小さな身体を大きく揺らし、ブワワッと毛羽立たせた。

干した棗の最後の一個を口に入れとようとした私は、そのサジルの尋常じゃない様子に、棗を指先からポトリと落とし、あんぐり口を開けたまま固まってしまう。

《ーーーーあの女!》

如何にも舌打ちしましたっていう雰囲気で、サジルの意識が文字通り、飛んで帰っていった。
何があったんだろう?

「戻るまで、ここで休憩かしらね」

そんな悠長な場合では無い事に気が付いたのは直ぐで、ズズっと山のように大きな大蛇が地を這う音が響いた瞬間、落とした棗が小石と一緒に飛び跳ねては、転がって下山する。

座っている私も振動を感じて、何事かと立ち上がった。

たった今、大きな力が振るわれたのだ。
何か不測の自体が起きたのは間違い無い。
サジルが慌てていた事からも、あの女、と言っていた事からも、フィリアナが何かを仕出かしたのかも知れない。

嫌な予感がして、ふと山間の村の方角を見ると、丁度私の居る場所の上方向、急な斜面が続く木々の密集地に異変があった。

ーーーーえ、禿が増えてる!

これまた歪な円形脱毛症を患ってしまっていた。たった今、一瞬で。

カランカランと落ちてくる石が、私の前に残った木々に引っかかる。
これ、山滑りが起きるんじゃ!?

なだらかな場所に出来ていた禿はいつの間にか塞がり、またメルガルドが怒りそうな案件だと冷や汗が背筋を濡らす。

スローモーションのように山滑りを起しそうなこの状況も、どうにかしないと、と焦る。

ズズンっと足元が大きく揺れた。

ーーーー来るの?!

ロウに持たされた山程の呪符に、確か時間を止めるヤツがあった筈だと、空間収納を探す。

束ごと取り出し、扇子の様に広げたは良いが、目当ての札がこんな時ほど見当たらない。

ーーーーどうしよう!

涙目でワタワタしていたら、私の後ろから、良く知った懐かしい声がした。

「ふむ、これだな、貸してもらうぞ、フィアーーーーあ、様」

「ーーーーえ!?」

「私もいるわよ! まさか忘れたなんて言わないでしょ?」

それは、アルディア王国の宝物庫にいるはずの、ドワーフの老神官と、その契約妖精で。

白い神官服が汚れるのも構わず、膝を付き、一枚目の札を山肌に埋める。

生意気そうな妖精が、私の手からもう一枚呪符を取ると、神官に渡す。

魔力を乗せて呪文を唱えて、呪符が滑り出した山肌に消えていくと、大きな魔法陣が浮かび上がる。

やがて魔法陣が山に染み込んで行くと、崩落はとまり、元の静けさが戻った。

「ランジ神官、スイランも!!」

「やれ、間に合った。ヒヤヒヤしたがな」

飛び付いてお礼を言えば、背中を撫でてくれる。
でもどうしてこんな所に?間に合ったって言うからには、誰かに派遣でもされたのかしら。

聞けば、どうやら予想は合っていたようで、メルガルドが、モリヤ経由で呼び出したらしい。

「それに、ムーダン国境の向こうは儂の故郷でもあるし、顔馴染みもおるしな。採掘の権利を持った長なんだがーーーー」

なるほど、神殿サイドも人使いが荒いと言うことですね、色々と。
そして、ついでとばかりに、メルガルドに放り込まれたと。

「ロウ殿にな。禿げた森•••••同じ事を繰り返す危険性を示唆されていたらしくてなぁ。ドンピシャだった訳だ。サジル、元王子は予想していなかったみたいだが」

そこで私は、漸くサジルの存在を思い出した。
ランジ神官の視線の先に、居たのは人間のサジルで、可愛い小鳥の姿じゃないのは残念だ。
やや青褪めた顔は顰められ、クシャっと前髪を掴んでいる。

「止めようにも、間に合わなかった」

嘘ではないのだろう。震える声が悔しげに、そう呟いた。

「フィリアナがギフトの力を使ったのね?」

サジルはコクン、と頷く。
戦慄く唇が、何かを言おうとしているので待ってみるが、口をパクパクさせるだけだ。

だがそれも治まると、あのやる気の無さそうな、世厭感たっぷりのサジルがそこにいた。

「さぁ、お姫様。行こうか。約束は村に着いてからじゃないとね。ほら、急がないと。フィリアナは、おそらく天秤も使ったからね」

私からは深い深い溜息が出る。

「••••••そう、ね。飼うんだったら、躾くらいはしなさいよ」

「出来の悪いペットでごめんね?」

「悪いなんて、これっぽっちも思って無さそうな謝罪ね。やっぱり貴方は小鳥でいる時の方が人間らしかったわ」

サジルは私の手を恭しく取ると、指先に口付ける。
ギョッとして手を引くが、逆に絡められてしまった。
あ、下方からの気配が寒いです。

「本当は、もっと時間を掛けて行きたかったんだけど、時間切れなのかな。ちょっと乱暴だけど、運ばせてもらうよ。乗ってきたダチョウは、そこの神官に任せればいい
し」

「おお、構わんが」

ランジ神官が頷くと、サジルの影が私のお腹に巻き付く。

フッとサジルが消えたと思ったら、私の身体が上に引っ張られて、浮いた。
木々が真上のお空に見えるーーーー!
違った、私が逆さになってるの?
あ、戻った。空はやっぱり青いよねぇ。


「ーーーーウギャー!」

これ、まさかの逆バンジーじゃない!
村に着くまでこの移動なのかしら!?

何度も繰り返される逆バンジーに挫けそうになると、漸く村に着いたらしい。


「はい、到着。大丈夫かい? お姫様」


こうして時間短縮で村に着いた私を迎えたのは、吐き気と。

「サジルッ!誰よ、その女!ーーーーまさか!」

喚くフィリアナと、その声に恐ろしく機嫌の悪くなった、サジルだった。

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