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二章 ムーダン王国編

23 その感情の名は

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「貴方は小鳥でいる時の方が、人間らしいわね」


機嫌良く鼻歌を歌っていたと思ったら、唐突にそんな事を言われた。
サジルは一瞬何を言われているのか分からずに、女神の言葉を反芻する。

今は小鳥に憑依しているのに、人間らしいって何だろうか。
首を傾げてその先を促したつもりだったのに女神はそれっきり黙ってしまった。
ーーーーいや、鼻歌を続けた。

サジルは自分の異常性を知っている。
いつからか、と問われれば、物心が付いた時には、人と自分の違いには気が付いていた。

ーーーーシャークと何かが違う。

装う感情の名前の半分はシャークから教わったようなものだ。
朧気な対比が決定的になったのは、夢と現実が繋がった時だった。


夢から夢を渡り歩き、他人の秘密を知り、それを暴露した時の驚いた顔に、心臓の辺りがザワザワした。
それをもっと感じたくて2度、3度繰り返し、乳母に止められた。それは良くない事だと。
思えばこの乳母もサジルの異常性に気が付いていたのかも知れない。
乳母の読む絵本が、道徳溢れる物語ばかりになったのはこの時からだ。
装う感情の名前のもう半分は、この乳母から教わったと言っても良い。

だが、もう一度あの心臓がザワザワした感触を感じたいと思ったサジルは止めなかった。
もっと上手くやればいい。
そうして誰にも気が付かれないようにしているうちに、母親の夢の中に入り込んでしまった。

淑女の中の淑女。微笑みを絶やさず、常に父王の側で献身的に支える。
二人のロマンスは王宮でも有名で、互いがどれ程愛情で繋がっているかを、サジルは常に周りから聞かされていた。

ーーーーそれが硝子細工のように砕かれる。

今よりも若い少女のような母と、見目の良い貴公子、騎士の格好をしているから護衛だろうか。
互いに微笑み合い、見つめ合う。
サジルにはただ、父王を見つめる瞳とは熱量が違うのがわかった。

足早に場面は変わり、父王との出会い、そして王妃となり。
母が人形にみえた。
ーーーー陛下のお望みのままに。心のままに。
父王の望むままに応えている母は、騎士の前で微笑む少女とは別人だった。
そうして夢の中で、一輪の赤い薔薇を捧げた騎士と睦み合う母とも。

ハラリと薔薇の花弁がサジルの前に落ちた。それは、母の白い肌にも一つ、あった。
暗く意識が濁っていく感覚に、吐き気がする。
花弁を何気なく拾った所で、サジルの視界が暗転した。

引っ張られた、そう思った先にいたのが、堕ちた神だったのだ。
途方も無い存在に、臆す事無く話し掛けられたのはサジルだったからだろう。
心臓の音がやけに早かったのは覚えている。

かの神はこの夢渡りを『ギフト』だと言っていたが、フィリアナや、レイティティアのそれとは違う気がする。

そうして堕ちた神の元で一時過ごし、起きたサジルの指が摘んでいたのは、赤い花弁。
朝の挨拶に母の部屋を尋ねれば、薔薇を愛おしげに見つめている母が、窓辺でうっとりしている。
抱き上げられ、間近で見なければ分からない、胸元から覗く、白い肌に赤いーーーー。

夢と夢を繋ぐ。現実と夢を繋ぐ。
漸くシャークの言っていた『面白い』がわかった。
遊ぶのは楽しい、そうシャークの言ってる意味が。
訳もなく胸が熱く感じてーーーー楽しい、面白い、を追い掛けていたら、母が亡くなった。

サジルが追い詰めたのだと、誰も気が付かなかった。

いや、わからないままに、乳母だけは怪しんでいたのか、サジルに対しての教育がより一層細かくなったが、『演じる』感情が増えた事には感謝している。


実際にサジルは上手く演じていた。
なのに、表情の分からない小鳥の方が人間らしいとはーーーー。

「おかしな事を言うね、お姫様は。僕に興味でも湧いた?」

それとも憎い、だろうか。
この地上世界に混乱を齎そうとする存在への。

「思った事を言っただけ。憎い?うーん、ちょっと違うかな。あ、でも私、貴方の事は世界で4番目位には嫌いよ」

憎くは無いが、嫌いだと言う。
微妙な4番目の位置にサジルは悩む。

どうせなら一番が良かったのか、一番嫌いではなく、安心して良いのか。

「微妙なランクインをありがとう、と言っておくよ」

そんなランクでも、サジルに向けられた感情に、胸が甘く疼いた。


ーーーー父は母の想いの先を知っていたのだろうか。
それでも母を愛していたと、いうのだろうか。

ふとそんな事を思った。あの歪な関係を。
だから、ついついお姫様に聞いてしまったのだ。

「恋人と、大好きな友達ーーーーそうだね、あの花の神様と一つしか手を取れなかったら、お姫様はどっちの手を取るの?」

当然、恋人と返って来るに決まっている、そんな当たり前の質問をした。
そうして、当たり前を答える、つまらない女神に落胆するのだろう。

ーーーーだが。

「え?フロースよ。決まってるじゃない」

「は!?君は何を言っているのか、わかってるのかな?!」

決まってる、って言い切った。迷い無く。

「だって兄様達は、私に付いてくるもの。【絶対】に。だから、フロースよ」

たかが人間の関係性に、神を当てはめようとしたのが間違いだったのか。
対の存在の強さに、呆れれば良かったのか。


じゃぁ僕はーーーー?と、サジルは喉から出かかって止めた。

どちらの答えでも、聞くのが怖かった。





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