上 下
107 / 137
二章 ムーダン王国編

22 羨ましいのは

しおりを挟む
ーーーーサジルは何でも出来て良いなぁ。

両の眉を情けなく下げて言うのはシャークだ。
まだ十歳そこそこの年齢で、サジルの前に現れたその姿で、これは夢なのだと知る。
そう言えば過去にこんな事もあったと、久々に視る自分の夢。

『勉強も、稽古事も、僕は君よりも二つも年上なのに、何一つ敵わないや』

この後なんと返しただろうか。
覚えているのは、何でも出来るのはシャークだと考えた事だ。
泣いて、笑って、迷って、困って、情けなくて、気が弱くて、すぐにオドオドする。

型に嵌った芝居の様に感情を作るサジルとは違い、シャークはいつでもその心を動かす。ありのままに。
成長してから、人前で感情を隠す事を覚えても、内心での心の動きはなんと豊かだったろう。

(隠せていない事も、多々あったけどね)

夢の中のシャークが驚きで目が丸くなっている。

ああ、そうだった。

何時ものように、こんな時は謙遜とやらをして、相手を褒めれば良いのだ。
そんな事無いと、シャークだって上手だよと。
この時もそうしようとして、でも何故かーーーー口から出た言葉は違った。

『シャークは何でも出来るじゃないか』

この時の自分は一体どんな顔をしていたのだろうか。
それは心とやらが、揺らいだ一瞬だったのかも知れない。

それはどんな感情の名前なのか。
忘れていた小波が浮き出たのは、きっとあの能天気な女神の所為だ。

溜息を付くと、それが霧のように広がり、夜が明けるように視界が白じむ。
ああ夢が終わるのか、そう思うと同時に、カチリ、と金具が動く音を耳が拾う。

薄く開けた小鳥の視界の中で、メルヘンな扉が小さく開いた。


「おはよう、サジル」

朝日よりも眩しい美貌が顔を出す。
煌めくアメジストがサジルを真っ直ぐに見ていて、その瞳を眩し気に見つめ返すと、サジルも素っ気なさを装った挨拶を返した。

「おはよう、お姫様」



宿を出てから暫くは無言だった。

小鳥のサジルは女神の肩ではなく、騎獣であるダチョウの頭にちょこんと乗り、女神はこの沈黙を特に気にしていないらしく、時折鼻歌も聞こえて、機嫌が良さそうだ。

サジルの様子を気にも留めぬ姿に、苛立ちよりも、今度は胸にぽっかり穴があいた気分になる。
あれこれと、ガイドよろしく使われていた時間が幻のように思えた。

そんな時だった。
街道から外れた獣道の向こうから、数人の女性の悲鳴が聞こえて来たのだ。

ーーーー誰か助けて!

山賊にでも捕まったか。
面倒は御免だと、速度を早めるように言おうとした所で、ムンズ、と身体を掴まれた。

「はーい」

お姫様の、のん気そうな、のんびりした返事が聞こえたと思ったら、ポイっとサジルな小鳥は投げられた。
ーーーー山賊の居る方へ向かって。

「じゃぁ、よろしくね、サジル」
「ーーーーはぁっ!?」

ご丁寧に神力を使ったのだろう、サジルは綺麗な曲線を描いてポトリと落ちた。
それも、山賊と襲われていた女の間に、だ。

「ンぁア?なンダァー!?小鳥がーーブゴッ」

獣と言うに相応しい賊の顔は、見るに耐えないので、速攻で二人を土に埋める。
残りの山賊は、小鳥の影から伸びる得体の知れない黒い触手を見て脅え怯むと、一目散に逃げて行った。

女達の装備を見ると、どうやら冒険者らしいが、ランクは低いのだろう。腰を抜かして驚いている。

無事だったならサッサと逃げればいいのに。

紐状にした影を地面へ鞭打つと、女冒険者達を追いやる。

気が逸っていたのか、既に下半身を剥き出しにしていた山賊二名は、まだ顔を土の中と接吻中だ。

もう、そのままで良いかな。

肉体ではなく、精神的に酷く疲れたきがして、嫌味の3つや4つは言わねばと、フラフラと戻れば、女神に「ありがとう」と言われた。

その笑顔を見た途端、心臓目掛けてドンッと、叩かれた気がして息が上がる。

「ーっあ、ああ」

何かを言おうとしたが、言葉にならずに回転のよろしい筈の脳は、空回りを続ける。

こんな時には何を言うのが正解なのか、サジルは分からなかった。
どんな感情を表情を装えばいい?
浮かぶ語彙はどれも違う気がして、無難に収めようにも、気が利かない言葉になってしまう。

まさか、自分が動揺している!?

これではいつもと立ち位置が逆じゃないか。
サジルは翻弄させる、動揺させる側であって、する側では無い。

どこかギクシャクしているサジルをよそに、女神は街道を進む。
何も気にしていない様子に、胸の中に頭痛に似た痛みを覚えた。


サジルはダチョウの頭に戻ると、後ろをチラっと見遣る。
気になる事があった。

「ーーーー何か用?」

「どうしてさっきは助けたのかな?助ける娘なら他にもいただろう?」

街道を通ればすれ違う、人買いとその商品達。

「さっきのは助けて、って聞こえたから。それに、サジルが使えたし」

それに、売られて行く娘達は助けて欲しいとは思っていなかったしね、とあっさり言う。
あの場合、理不尽でも、仕方なくであっても、人と人が結ぶ契約がそこにあり、一定のルールや約束が存在する以上は、権力者であっても介入は慎重にならざるを得ない。
まして神ならばーーーー。

山賊に襲われた女冒険者達とは、状況が違う。

「まぁ、大まかに言えば、結局は聞こえたか、聞こえなかったとか、そんな感じ。気まぐれもあるし」

「ーーーー基準がいまいち分からないな」

「彼女達を、売られた方がマシなんて思う境遇が哀れと、賊に襲われて可哀想と思うなら為政者が動けばいい。人の世は人が治めるのだから」

ーーーー為政者。
以前のサジルがいた場所がそうだった。
確かに、人の世を動かせる位置にいた。

「シャークが、きっと良い方向に持っていくわ。例え、時間が掛かっても」

そうふんわりと、女神が微笑む。
サジルは唐突に今朝見た夢を思い出した。

あの時、シャークが羨ましいと、そう思ったのだ。
ーーーーそれはきっと、たった今も。




#####

読んでいただきありがとう御座いました(*´꒳`*)





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

悪役令嬢に転生したのですが、フラグが見えるのでとりま折らせていただきます

水無瀬流那
恋愛
 転生先は、未プレイの乙女ゲーの悪役令嬢だった。それもステータスによれば、死ぬ確率は100%というDEATHエンド確定令嬢らしい。  このままでは死んでしまう、と焦る私に与えられていたスキルは、『フラグ破壊レベル∞』…………?  使い方も詳細も何もわからないのですが、DEATHエンド回避を目指して、とりまフラグを折っていこうと思います! ※小説家になろうでも掲載しています

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

【完結】強制力なんて怖くない!

櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のエラリアは、十歳の時に唐突に前世の記憶を取り戻した。 どうやら自分は以前読んだ小説の、第三王子と結婚するも浮気され、妻の座を奪われた挙句、幽閉される「エラリア」に転生してしまったらしい。 そんな人生は真っ平だと、なんとか未来を変えようとするエラリアだが、物語の強制力が邪魔をして思うように行かず……? 強制力がエグい……と思っていたら、実は強制力では無かったお話。 短編です。 完結しました。 なんだか最後が長くなりましたが、楽しんでいただけたら嬉しいです。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

転生した悪役令嬢は破滅エンドを避けるため、魔法を極めたらなぜか攻略対象から溺愛されました

平山和人
恋愛
悪役令嬢のクロエは八歳の誕生日の時、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖魔と乙女のレガリア』の世界であることを知る。 クロエに割り振られたのは、主人公を虐め、攻略対象から断罪され、破滅を迎える悪役令嬢としての人生だった。 そんな結末は絶対嫌だとクロエは敵を作らないように立ち回り、魔法を極めて断罪フラグと破滅エンドを回避しようとする。 そうしていると、なぜかクロエは家族を始め、周りの人間から溺愛されるのであった。しかも本来ならば主人公と結ばれるはずの攻略対象からも 深く愛されるクロエ。果たしてクロエの破滅エンドは回避できるのか。

処理中です...