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二章 ムーダン王国編

21 苛立つ女

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ーーーーじゃぁ、お休みなさい。

そう言って一日目に取った宿の部屋の中、女神が取り出したのは、やけに可愛らしい鍵だった。

それを、何も無い空間に鍵を差し込んで右に回すと現れた白木の扉は、絵本の中に描かれる様なメルヘンチックな物だ。
高級と言われる宿の、格式高い部屋には似つかわしくない造りで、浮いて見える。

唖然と見守るだけのサジルの前で、カチリ、と金具が音を立てて鍵が開いた事を知らせると、兎の装飾が付いたドアノブを回す。

天蓋の付いた寝台の横で、くるりと振り向いた女神は顰めっ面だ。

「そんなに見張っていなくても、ちゃんと一人で泊まるわよ?内緒で合流なんてしないけど」

ほら、と扉を開けて見せられたメルヘンな室内は、確かに狭くてサジルが取ったこの部屋よりも狭かった。

こじんまりとしたその部屋は、狭いが快適に過ごせるように整えられ、バスルーム等の水回りは、この宿の設備よりも断然良さそうだ。

それを見て、サジルは胸の辺りにザワザワと小さな漣が寄せて来るのを感じた。

「別に疑っている訳じゃ無いよ。ただ、宿を取っているのに、わざわざ魔導具のテントーーーーもう部屋だよね、これって。出す必要あるの?」

珍しいどころじゃない魔導具だ。
王族だったサジルですら、噂でしか聞いた事が無い。

「防犯の為にって渡されたけど、こっちの部屋の方が居心地良さそうだし」

誰に渡されたのかを聞こうとして、サジルは止めた。

そんなの決まっているではないか。
こちらが世話を焼く前に、先回りされているようで気に入らない。

食事だってそうだ。
サジルが気になった、果物ばかりを食べている事だって、次の食事時には肉や野菜を挟んだ小さなパンが、食料の入った袋から出てきた。
苺を出そうとしたらしいお姫様は、残念な面持ちで【出された】食事を口に運んでいた。
4つあったそれは、サジルなら一口で食べてしまう大きさで、子供でももう少し食べるだろうと思う。
パンを全て食べ終えると、苺が出てきたので、なる程、袋に仕掛けがしてあるらしかった。


そして、この魔導具だ。
まるでお前の手など必要としていない、そう言わんばかりじゃないか。

ここでサジルは、ざわめく胸内がーーーー苛立っているのだと気づいた。

自分の手を煩わせる事が無いなら、面倒が省けて良いじゃないか。
何故こんなにも苛立つのだろう。

女神がサジルに向かい合う、その甘美さに酔いしれる時間が奪われている気がしてならない。

さらにーーーー。

「あ、花灯籠、用意してくれたんだ!今日は桃の香りも付いてるのね」

サジルには決して見せない笑顔を、感情を突き付けられる。
今ここに、居ないくせして。

確かに、この女神の側にいる事は面白い。
どんな感情であれ、サジルに向かって来るのは心地が良かった。

ーーーーなのに。
ギリっと唇を噛みたくもなる。
苛立ちが女神にも向く。

黄色い綿毛の妖精が、跳ねながら部屋に入って行くと、女神も迷いなくそれを追いかける。

「明日は8時にココ、で良いのでしょう?朝食は済ませておくから。じゃあね」

サジルの目の前で扉が閉まると、カチリ、と鍵の閉まる音がすると同時に、煙の様に消えた。
それは、あっけなく。






宵の約束は、濁った感情をぶつけるには丁度良かった。
フィリアナの快楽に熟れた身体は容易い。
欲を吐き出してしまえば、残るのは気怠さと、汗ばんだ身体の気持ち悪さだ。
サッサとシャワーでも浴びて、スッキリしたいと思った所で指を絡められた。
湿った感触に眉が寄る。

「ねぇ、あたし苺が食べたいわ」

ーーーーそれと、一緒にシャワー浴びたいの。

暗に世話を焼けと言うフィリアナに、収まったかにみえた苛立ちが再びもちあがる。
如何にも好き勝手をさせてあげたのだから、と言う態度だ。

自分から欲望をサジルに曝け出していた事は、すっかり頭に無いようだ。
誘ったのはフィリアナだろうに。サジルはそれに応えただけだ。
利用した、とでも言おうか。
粘ついた視線が鬱陶しい。


「甘えん坊なお姫様だね。世話役を呼ぶから、彼に言うといい」

恨めしい目を見せるが、この顔が好きなんだろう?
甘く微笑んで、髪を撫でてやると、うっとりとする。

「神の娘を独り占めは出来ないからね。それにまだやる事があってね」

その言葉に、フィリアナが納得しようがしまいが、どうでもよくなったサジルは、ガウンを羽織ると寝室から出ていく。

自室でシャワーを浴びたサジルは、すっかりとフィリアナに対する苛立ちを消した。

そう、どうでも良いのだ。あの女は。
苛立ちも、何もかも、そうやっていつでも簡単に切り捨てる事が出来る筈のものでしかなかった。

なのに、女神に対する苛立ちは消えていない。

寝台に、仰向けで身体を放る。
女神の為に取った宿の部屋に意識を切り替えると、小鳥の視線で部屋を見渡した。

別にここで待つ必要は無い。休む事も。
ただ何となく、そうしたかったのだ。




翌日、盗賊退治をさせられる羽目になろうとは思いもせずに、サジルは小鳥に意識を移したまま、瞳を閉じた。






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読んでいただきありがとう御座いました(*´꒳`*)
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