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二章 ムーダン王国編
20 面倒な女
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寂れた、廃れていく村には似つかわしくない瀟洒な館に、女のヒステリックな声が響く。
村の村長を名乗る老人の家にも無い窓ガラスに、写った青年の表情が険しくなった。
窓際で肘掛け椅子に座り、頬杖を付いていたサジルは、一旦意識を切り替えると組んでいた脚を解くと立ち上がる。
ーーーー面倒な女だ。
今度は何がお気に召さないのか。
ヒスを起こしているフィリアナの私室の前まで行くと、ビリビリと紙を破く音がした。
サジルはああ、と察する。
(ーーーーあの新聞を読んだのか)
ノックも無しに扉を開けば、予想通りの惨状が目の前にあり、呆れを含んだ溜息しか出てこない。
「あの女、あの女が乙女だなんて!あたしのはずだった!」
ゆるさない、とワナワナと震える様は、まるでお伽噺に出てくるオニの形相だ。
これで何度目の癇癪だろうか。
花冠の乙女の記事を見るたびに起こすヒステリー。
一度目は、花冠の乙女ーーーーレイティティア嬢の麗しい姿絵が新聞の一面を飾った時。
ニ度目は、アレクスト王太子の婚約発表の時。アレクストの隣で微笑むレイティティア嬢の絵姿を切り刻んでいた。
三度目は何だったか。
その度にサジルは宥めてきたが、利用価値がまだあるとはいえ、いい加減面倒になってきている。
今はサッサと捨てたいとの思いの方が強い。
「また花冠の乙女の事かい?」
ムーダンの新聞だ。王家の醜聞は書かれていない。
情報も、神殿側にある程度は統制されているのだろうから、尚更だ。
「サジル!だって、おかしいわよ、こんなの。あたしがッ」
抱き締めて、キスをすれば大抵は大人しくなる。ーーーーそうでなければ。
「古の神が認める娘、気を鎮めて、僕の乙女、神の娘ーーーー」
口付けた後に、振り乱れていた長い黒髪を撫でてやり、瞳を覗き込めば、欲に染まった紫のドロリとした色。
今日はなる程、『そうではない時』らしい。
溜まった欲を吐き出すには丁度いいが、本物が側にいるからか、面倒な気持ちが勝る。
【変換】させた時にはあれ程似ていると満足していたのに、今では認識阻害の所為ではっきり思い出せないこの時ですら、違うと脳が判断してしまう。
霧の中にある面影は、決してサジルには手を触れさせてはくれないのに、ここにある人肌の感触は随分と安い。
ねぇ、としなだれ掛かるフィリアナにうんざりするも、それを隠してサジルは微笑む。
「あたしは神の娘、なのよね?」
そうだよ、と応えてから仕方なくもう一度重ねる。
濡れた唇を離し、宵の約束でフィリアナは漸く大人しくなった。
側にいたがるフィリアナを、する事があると、サジルが設立した教団の幹部に任せ、自室に戻る。
サジルは、この短期間で各地にあった遊び場を一つの集団に纏めて新たな団体を創り上げた。
元々そうするつもりだった事もあり、古の神を祀る集団は、組織的に動くのに時間は掛からなかった。
さて、この村は良い贄になるかな?
自室の窓際にある肘掛け椅子に座り直すと、目を瞑る。
本物のお姫様も中々に面倒な御仁だ。
付いて注意を払っていないと、何を仕出かすか分からないのだ。
サジルは、予想が出来ないのがこんなにも疲れる事とは思いもしなかった。
黙っていたかと思えば、あれは何だ、これは何?と説明を求められ、観光ガイド宜しく、こき使われる。
ダチョウから突然飛び降りたと思ったら、小枝を拾い『イイ感じの棒です!』と言って振り回し始める。
サジルには何がイイ感じなのかさっぱりわからなかったし、それを捨てずに、今もダチョウの手綱に差しているのは、もっと分からなかった。
小腹が空いたと、小まめに休息が必要になるし、街道の宿場で昼食を摂れば、食が進まない。
サジルも食べた事のある、大きめの食堂でのメニューだ。不味い訳は無い。
体調でも崩したかと焦ったが、理由が『パンと肉が硬い』で、脱力した。
この程度で硬いとは、どれだけ顎の力が弱いのか。
「だって、孤児院では基本煮たり、炊いたりが殆どだったし、女官してた時は、パンはスープに突っ込んで食べてたんだもの」
ーーーーこんな畏まった所じゃそんな事出来ないでしょう?
いつまでも減らないパンと肉を、親の敵の様に睨んで言う。
取り敢えず、影の中にこっそり入れて運び、本体のサジルが食べた。
残せば良いと言ったのだが、勿体無いと頑なに食べようとするから仕方なく。
昼食で日が暮れてしまう。
空間収納に色々と持たされたらしく、食べるには困らないそうだが、見てると果物ばかり食べているので、注意が必要かもしれない。
何を持たされたのか、把握しなくては。
つかず離れず付いてくる数人にも注意が要るし、はっきり言って本当に面倒だし、疲れる。
享楽的な甲高い声にふと目を開けると、窓の外にフィリアナが見えた。
教団幹部と連れ立っての散歩だろうが、腕を組んでいて、機嫌が良いのがわかる。
見目のすこぶる良い、若い男を選んで連れてきて良かった。
後は数人選んで、フィリアナの相手をさせればサジルのうんざりも、面倒も減るだろう。
カーテンを閉めて、目を再び閉じた。
意識を切り替えた先には、本物のお姫様がいる。
面倒で疲れる、目が離せないのに、サジルは不思議とそれが嫌だとは思わなかった。
ーーーーやっぱりお姫様は面白いな。
そんなふうに考える自分が可笑しかった。
#####
読んでいただきありがとう御座いました(*´꒳`*)
村の村長を名乗る老人の家にも無い窓ガラスに、写った青年の表情が険しくなった。
窓際で肘掛け椅子に座り、頬杖を付いていたサジルは、一旦意識を切り替えると組んでいた脚を解くと立ち上がる。
ーーーー面倒な女だ。
今度は何がお気に召さないのか。
ヒスを起こしているフィリアナの私室の前まで行くと、ビリビリと紙を破く音がした。
サジルはああ、と察する。
(ーーーーあの新聞を読んだのか)
ノックも無しに扉を開けば、予想通りの惨状が目の前にあり、呆れを含んだ溜息しか出てこない。
「あの女、あの女が乙女だなんて!あたしのはずだった!」
ゆるさない、とワナワナと震える様は、まるでお伽噺に出てくるオニの形相だ。
これで何度目の癇癪だろうか。
花冠の乙女の記事を見るたびに起こすヒステリー。
一度目は、花冠の乙女ーーーーレイティティア嬢の麗しい姿絵が新聞の一面を飾った時。
ニ度目は、アレクスト王太子の婚約発表の時。アレクストの隣で微笑むレイティティア嬢の絵姿を切り刻んでいた。
三度目は何だったか。
その度にサジルは宥めてきたが、利用価値がまだあるとはいえ、いい加減面倒になってきている。
今はサッサと捨てたいとの思いの方が強い。
「また花冠の乙女の事かい?」
ムーダンの新聞だ。王家の醜聞は書かれていない。
情報も、神殿側にある程度は統制されているのだろうから、尚更だ。
「サジル!だって、おかしいわよ、こんなの。あたしがッ」
抱き締めて、キスをすれば大抵は大人しくなる。ーーーーそうでなければ。
「古の神が認める娘、気を鎮めて、僕の乙女、神の娘ーーーー」
口付けた後に、振り乱れていた長い黒髪を撫でてやり、瞳を覗き込めば、欲に染まった紫のドロリとした色。
今日はなる程、『そうではない時』らしい。
溜まった欲を吐き出すには丁度いいが、本物が側にいるからか、面倒な気持ちが勝る。
【変換】させた時にはあれ程似ていると満足していたのに、今では認識阻害の所為ではっきり思い出せないこの時ですら、違うと脳が判断してしまう。
霧の中にある面影は、決してサジルには手を触れさせてはくれないのに、ここにある人肌の感触は随分と安い。
ねぇ、としなだれ掛かるフィリアナにうんざりするも、それを隠してサジルは微笑む。
「あたしは神の娘、なのよね?」
そうだよ、と応えてから仕方なくもう一度重ねる。
濡れた唇を離し、宵の約束でフィリアナは漸く大人しくなった。
側にいたがるフィリアナを、する事があると、サジルが設立した教団の幹部に任せ、自室に戻る。
サジルは、この短期間で各地にあった遊び場を一つの集団に纏めて新たな団体を創り上げた。
元々そうするつもりだった事もあり、古の神を祀る集団は、組織的に動くのに時間は掛からなかった。
さて、この村は良い贄になるかな?
自室の窓際にある肘掛け椅子に座り直すと、目を瞑る。
本物のお姫様も中々に面倒な御仁だ。
付いて注意を払っていないと、何を仕出かすか分からないのだ。
サジルは、予想が出来ないのがこんなにも疲れる事とは思いもしなかった。
黙っていたかと思えば、あれは何だ、これは何?と説明を求められ、観光ガイド宜しく、こき使われる。
ダチョウから突然飛び降りたと思ったら、小枝を拾い『イイ感じの棒です!』と言って振り回し始める。
サジルには何がイイ感じなのかさっぱりわからなかったし、それを捨てずに、今もダチョウの手綱に差しているのは、もっと分からなかった。
小腹が空いたと、小まめに休息が必要になるし、街道の宿場で昼食を摂れば、食が進まない。
サジルも食べた事のある、大きめの食堂でのメニューだ。不味い訳は無い。
体調でも崩したかと焦ったが、理由が『パンと肉が硬い』で、脱力した。
この程度で硬いとは、どれだけ顎の力が弱いのか。
「だって、孤児院では基本煮たり、炊いたりが殆どだったし、女官してた時は、パンはスープに突っ込んで食べてたんだもの」
ーーーーこんな畏まった所じゃそんな事出来ないでしょう?
いつまでも減らないパンと肉を、親の敵の様に睨んで言う。
取り敢えず、影の中にこっそり入れて運び、本体のサジルが食べた。
残せば良いと言ったのだが、勿体無いと頑なに食べようとするから仕方なく。
昼食で日が暮れてしまう。
空間収納に色々と持たされたらしく、食べるには困らないそうだが、見てると果物ばかり食べているので、注意が必要かもしれない。
何を持たされたのか、把握しなくては。
つかず離れず付いてくる数人にも注意が要るし、はっきり言って本当に面倒だし、疲れる。
享楽的な甲高い声にふと目を開けると、窓の外にフィリアナが見えた。
教団幹部と連れ立っての散歩だろうが、腕を組んでいて、機嫌が良いのがわかる。
見目のすこぶる良い、若い男を選んで連れてきて良かった。
後は数人選んで、フィリアナの相手をさせればサジルのうんざりも、面倒も減るだろう。
カーテンを閉めて、目を再び閉じた。
意識を切り替えた先には、本物のお姫様がいる。
面倒で疲れる、目が離せないのに、サジルは不思議とそれが嫌だとは思わなかった。
ーーーーやっぱりお姫様は面白いな。
そんなふうに考える自分が可笑しかった。
#####
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