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二章 ムーダン王国編

19 出立

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 「ちょっと!この私が付いているんだから、シャキッとしなさい、シャキッと」

朝から賑やかだなぁと、モチモチした平たいパンを千切ながら思う。
魚介のスープで煮込んだ豆を、ペースト状にして、バターと混ぜたものを塗って食べる。ウマウマ。

アストレアは存在がバレてしまってからは開き直っていて、シャーク殿下の周りをウロウロしては世話を焼いている。

「そ、そうですね!何の取り柄も無い僕もでもやると決めたんです。サジルには勝てないかもしれないけれど負けません!」

キリッと決めているけれど、握り拳がちょっと震えている。
うん、通常通りですな。

「はぁ!?何の取り柄も無いなんて、卑下するのは貴方の悪い癖よ。そう思っているのも貴方だけ。私は出来ない事をやれなんて言わないわ。私を何の女神だと思っていて?」

サッサと天秤を取り戻しにいくわよ!って、シャーク殿下の髪の毛をワシャワシャにする。

はヒィーと、気の抜けた返事を返しているけど、ちょっと嬉しそうにしているのは気のせいじゃないと思う。
デコボコ過ぎて、シャーク殿下が畏縮してしまうのでは?と心配していたけど、案外いいコンビだ。

「フィーは本当に大丈夫?俺、ダチョウから落ちたりしないか心配だよ」

この世界のダチョウは、ムーダンでは馬の様な扱いをされていて、砂地や足場の悪い場所に強いので、移動手段として重宝されている。

ダチョウと言っても、前世の動物園で見たようなダチョウじゃなくて、矢鱈とカラフルなのだ。
一応魔物の括りに入っていて、大きさも、こちらの世界の方が大きい。
飛べないのは一緒だったけど。

「うん、大丈夫。昨日、散々練習したし。蒸しパンも、果物も、水もちゃんと準備したから」

忘れているものは無いと思う。
大体、衣類は頑なにフロースが用意するって聞かなかったし、手入れ用品まで厳選してたよね。
多くなった荷物だけど、空間収納に入ってしまうので、鞄は見せ掛けしさ。

「まぁ、俺達はフィアが見える位置には居るから大丈夫だろう」

と言いつつ、ラインハルトからは護り付の装飾品ーーーー腕輪や髪留め、腰の飾り紐に至るまで、付与しまくってましたね。
そして持たされました。

耳飾りだけでも充分だと思うのは、私だけなのかな。
結構な威力を発揮してるけど。

「護符も渡しましたしね」

ロウ特性の護符は数種類が束になっていた。
何をどうやって、何枚使う前提なんだろうか。

「ーーーーうん。ありがとうね、ロウ。備えあれば憂い無しよね」

他にも、初めてのお使いに行く子供の親かな?と思うくらいのやり取りがあって、サジルな小鳥が迎えに来た時なんかは、皆して一斉に睨むから、小鳥がパタっと落ちたからね。

小鳥に罪は無いと思うの、うん。




《酷い目に合ったよ、お姫様。ああ、おはよう、準備はいいかい?》

「出来てるわよ?もう行くなら、それでもいいけど」

ご馳走様でした、と食事を終わらせると、私は立ち上がって、ローブを手に持つ。

「じゃぁ、行きましょうか」





車寄せに繋がれている数羽のダチョウの中では一番大人しい、水色の羽を持つ子が私の騎獣だ。

王宮組以外は旅装での見送り。
だって、付いて来るからね!

「行ってくるね。ロウ、ディオンストム、カリン、チュウ吉先生、お願いね?」

「大丈夫だとは思いますが、道中お気を付けて」

頷いて、ダチョウに乗ろうとしてから私は、あっーーーーと、思い出す。

ラインハルトを手招きすると、屈んでもらう。

「ーーーー!」

唇を重ねて、力を少し分けてもらう。
意図する事がわかったのか、ラインハルトからも流してくれたので、直ぐに離れーーーーんん!?

「ーーーーンッ、んんーーーー!」

ちょ、長いです、途中から深いキスになってしまって、私は息も絶えだえになってしまう。

ーーーーーーーーこれも、持っていけ。

お腹の底にズン、と重い感覚。
え?と思うも、返そうにもその瞬間に、唇が離れた。

理由を聞こうと思ったら、サジルの機嫌の悪そうな声が響く。

《見せつけてくれるね。朝のご挨拶、というやつかな》

「うーん、そういう訳ではないんだけど」

サジルに言う理由は無いから、まぁいいか。

「朝じゃなくてもするが」

頓珍漢な応えで、一々相手をしないで下さいな、ラインハルトさんや。

ここで嫌味の応酬が始まると、終らない予想が容易に出来るので、ハイハイと切り上げて、私はダチョウに跨り、漸くの出立だ。

軽く手を振って、勝手口の門から出る。
サジルな小鳥が肩にとまる。

《街道へ行くには大通りは通らない方がいいよ。今日は市日だから。王宮の外門を抜けたら北側に一度行ってくれるかな》

「え、北ってどっち?」

《ーーーー••••••出たら右手に曲ってくれるかい?》

物凄く間があった気がする。
呆れたこの感じ、絶対に溜息付いてる!

私がちょっとムッとすると、サジルも拗ねた声音を出す。

《ねぇ、僕はお姫様一人でって言わなかった?》

「そうね、だから一人で貴方とこうしているじゃない」

私はそのまま、ありのままを答えると、怒るかと思ったサジルは意外にも笑った。

《だから貴女は面白い》

小鳥の冷たい嘴が私の耳をなぞるように掠めて耳飾りを突く。
本体の彼はどんな顔をして言っているのか分からないが、低く囁くその声がまるで睦言の様に甘い。

優美に歩く獣が、尾を揺らしながら獲物を見ている感覚。

「遊ぶには物騒な相手だと思うわよ」

《貴女が?それともーーーって、ねえ!僕は右って言ったよ》

「え、いつ門を潜ったの?どこにあったのよ?」

私は一本道を、真っ直ぐにしか進んでいないと思ってたけど。
門なんて、見てない気がするんだけどな。
慌てて戻って右へ行く。


《ーーーーーーーー。戻っているんだから、こっちからだと逆だよ》

「ーーーーーーーーそうね」

《ーーーーーーーー。》

コイツは今、絶対に、私の事を面倒な奴だって思ったに違いない。





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読んでいただきありがとう御座いました(*´꒳`*)
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