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二章 ムーダン王国編
9 悪意無き悪事
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「法で裁けないって••••••」
発展途上の文明、社会。
いつの時代になっても完璧なんて無いだろうけど、毒殺が裁けないってどういう事なんだろう。
ロウの伏せた長い睫毛が思案する瞳の揺れを隠す。
「ーーーーええ。何と説明しましょうか。そう、孔雀香の事件を覚えていますか?」
「クジャクコウ?」
「はい。その昔ジンライの後宮で起きた事件です。香を使った、犯罪、九種類の香を使ったーーーー」
香は数種類の香を調合して使う。
それを利用した事件があった。
ジンライの皇后が、皇帝の寵愛を独り占めする貴妃に孔雀香という大変調合の難しい香を下賜したそうだ。
九種類の香を使い、慎重に香を合わせたその薫りは幸福感を呼び、貴妃はたちまちその香りの虜になったそうだ。
「虜になったと言えば事件性が薄れますが中毒になったと言えば、何を連想しますか?」
中毒って言われると、いかがわしい煙の立ち込める部屋を想像してしまう。
「あっーーーー!もしかして、麻薬とか、大麻とか?」
言葉無く頷くロウは、出身国の忌まわしい出来事を生々しく覚えているのだろう。
解決に関わったのかも知れない。
「勿論、香の一つ一つは無害ですし、簡単に手に入ります。中には値が張る物もありますが、概ね小金を持っている階級なら誰にでも手に入れる事が可能です。ただ、調合が問題なんです」
香には精神に作用する成分が入っている。
リラックスしたり、穏やかな眠気を誘ったり、頭痛を和らげたりする効能は知っている。
「調合によっては、幻覚作用や興奮剤、催眠術などにも使われます。けして良い使い方とは言えませんが、それが必要な場合もある事は確かです」
末期症状の病を患っている人、戦場の兵士ーーーー。
切開手術をしなければならない人なども使う。
「もしかして、その貴妃、中毒症状が出た挙句に狂ってしまった、とか?」
「そうですね。仕える女官を惨殺ーーーー室にいた女達は皆。貴妃には総てが敵に見えた様です。この調合は、孔雀香ではなく、九邪苦香と言って、使う香は全く同じですが、比率が違うのです。裏の裏にいる、日の当たらない道を行く者だけが知る、邪香」
当然配合はかなり微細で、少しでも配分が狂えば効果は無い。
「皇后は当然、知らぬ存ぜぬを通しました。調合したのは孔雀香だと、他の女官達も一緒に調合していたと、ね。現に他の女官達は正気でしたし、皇后の室に残っていた孔雀香も無害な物でした」
「え、じゃぁどうして?」
「貴妃が使っていた香と混ざったのですよ。懐に入れていた、におい袋のね。恐ろしく細かい作業だったでしょう。におい袋の調合、その子細まで調べ上げて」
なんというか執念を感じる事件だ。
嫉妬とはそこまで人を鬼にする。
その情熱を、他の事に使う方が建設的だろうに、と思ってもそうはいかないのが人の性だ。
「その事件と、ラウゼン二世の毒殺になんのーーーーあっ」
流石の私にも気付く。
毒は検出され無かったんだ。
「数種類の薬は検出されましたがね。ああ、お茶も、ですが」
薬は毒にもなるし、毒は薬にもなる。
そして、体質や病状によっては、身体に良いとされる物も害になる。
妊婦さんなんかも、健康に良いと言われている物でも、妊娠中は控えたほうが良い食べ物やお茶とかあるもんね。
更に言えば、この世界には魔素というか、魔力もある。
色々複雑に絡み合うんだろう。
「薬が二種類、そして、ある種類のお茶が引き金でしょう。ラウゼン二世が普段愛飲しているお茶は数種類。その中の一つです。まるで、賭け事、確率を楽しんでいるような犯罪ですね」
「でも、普通は、薬って医者が出しているんじゃないのかい?」
フロースの疑問は最もだ。
医者処方なら容量用法を厳しく管理される筈だ。
「薬はジンライの町中でも手に入る、胃薬と鎮痛剤が二種類づつ、ですね。お茶は最高級のジンライ産で、春摘みのリディル葉を使った香茶です」
ラウゼン二世の病状と、体質と、薬とお茶。
「薬を用意したのはサジルですが、勿論、医者による鑑定はされてます。用法の注意もされていたでしょう。ですが、土産のお茶までは、鑑定していても、毒でなければーーーーましてや息子の土産です」
病状と薬とお茶が、噛み合って死を招いてしまった。
どれかがーーーー薬の一つでも欠けていれば、若しくは違うお茶を選んでいたら。
「サジルは、よく効くというジンライの薬と、薫り高いお茶をお土産を、父親に渡しただけなんですよ。それに、健康な人間が同じ服用をしても害はありません。ラウゼン二世と同じ病気の人間でも、具合は悪くなるでしょうが、死に至るのは稀だと思います。ラウゼン二世の、魔素を口径摂取した場合、体内に蓄積してしまう体質も関係していますので」
ーーーー今のムーダンの法では、とても。
私の中に、得体のしれない悪寒が走った。
賭け事と、ロウは言った。
そんな遊戯の様に、人の死を、生を弄ぶサジルは何を考えているのだろう。
何が目的なんだろう。
「一体、なんの為に、そんな••••」
ーーーーサジルにとってはただの遊戯、なのでしょう。
そう呟くディオンストムの言葉に、これから相対しなければならない人間の、底知れぬ禍の渦が見えた気がした。
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読んでいただきありがとうございました!
発展途上の文明、社会。
いつの時代になっても完璧なんて無いだろうけど、毒殺が裁けないってどういう事なんだろう。
ロウの伏せた長い睫毛が思案する瞳の揺れを隠す。
「ーーーーええ。何と説明しましょうか。そう、孔雀香の事件を覚えていますか?」
「クジャクコウ?」
「はい。その昔ジンライの後宮で起きた事件です。香を使った、犯罪、九種類の香を使ったーーーー」
香は数種類の香を調合して使う。
それを利用した事件があった。
ジンライの皇后が、皇帝の寵愛を独り占めする貴妃に孔雀香という大変調合の難しい香を下賜したそうだ。
九種類の香を使い、慎重に香を合わせたその薫りは幸福感を呼び、貴妃はたちまちその香りの虜になったそうだ。
「虜になったと言えば事件性が薄れますが中毒になったと言えば、何を連想しますか?」
中毒って言われると、いかがわしい煙の立ち込める部屋を想像してしまう。
「あっーーーー!もしかして、麻薬とか、大麻とか?」
言葉無く頷くロウは、出身国の忌まわしい出来事を生々しく覚えているのだろう。
解決に関わったのかも知れない。
「勿論、香の一つ一つは無害ですし、簡単に手に入ります。中には値が張る物もありますが、概ね小金を持っている階級なら誰にでも手に入れる事が可能です。ただ、調合が問題なんです」
香には精神に作用する成分が入っている。
リラックスしたり、穏やかな眠気を誘ったり、頭痛を和らげたりする効能は知っている。
「調合によっては、幻覚作用や興奮剤、催眠術などにも使われます。けして良い使い方とは言えませんが、それが必要な場合もある事は確かです」
末期症状の病を患っている人、戦場の兵士ーーーー。
切開手術をしなければならない人なども使う。
「もしかして、その貴妃、中毒症状が出た挙句に狂ってしまった、とか?」
「そうですね。仕える女官を惨殺ーーーー室にいた女達は皆。貴妃には総てが敵に見えた様です。この調合は、孔雀香ではなく、九邪苦香と言って、使う香は全く同じですが、比率が違うのです。裏の裏にいる、日の当たらない道を行く者だけが知る、邪香」
当然配合はかなり微細で、少しでも配分が狂えば効果は無い。
「皇后は当然、知らぬ存ぜぬを通しました。調合したのは孔雀香だと、他の女官達も一緒に調合していたと、ね。現に他の女官達は正気でしたし、皇后の室に残っていた孔雀香も無害な物でした」
「え、じゃぁどうして?」
「貴妃が使っていた香と混ざったのですよ。懐に入れていた、におい袋のね。恐ろしく細かい作業だったでしょう。におい袋の調合、その子細まで調べ上げて」
なんというか執念を感じる事件だ。
嫉妬とはそこまで人を鬼にする。
その情熱を、他の事に使う方が建設的だろうに、と思ってもそうはいかないのが人の性だ。
「その事件と、ラウゼン二世の毒殺になんのーーーーあっ」
流石の私にも気付く。
毒は検出され無かったんだ。
「数種類の薬は検出されましたがね。ああ、お茶も、ですが」
薬は毒にもなるし、毒は薬にもなる。
そして、体質や病状によっては、身体に良いとされる物も害になる。
妊婦さんなんかも、健康に良いと言われている物でも、妊娠中は控えたほうが良い食べ物やお茶とかあるもんね。
更に言えば、この世界には魔素というか、魔力もある。
色々複雑に絡み合うんだろう。
「薬が二種類、そして、ある種類のお茶が引き金でしょう。ラウゼン二世が普段愛飲しているお茶は数種類。その中の一つです。まるで、賭け事、確率を楽しんでいるような犯罪ですね」
「でも、普通は、薬って医者が出しているんじゃないのかい?」
フロースの疑問は最もだ。
医者処方なら容量用法を厳しく管理される筈だ。
「薬はジンライの町中でも手に入る、胃薬と鎮痛剤が二種類づつ、ですね。お茶は最高級のジンライ産で、春摘みのリディル葉を使った香茶です」
ラウゼン二世の病状と、体質と、薬とお茶。
「薬を用意したのはサジルですが、勿論、医者による鑑定はされてます。用法の注意もされていたでしょう。ですが、土産のお茶までは、鑑定していても、毒でなければーーーーましてや息子の土産です」
病状と薬とお茶が、噛み合って死を招いてしまった。
どれかがーーーー薬の一つでも欠けていれば、若しくは違うお茶を選んでいたら。
「サジルは、よく効くというジンライの薬と、薫り高いお茶をお土産を、父親に渡しただけなんですよ。それに、健康な人間が同じ服用をしても害はありません。ラウゼン二世と同じ病気の人間でも、具合は悪くなるでしょうが、死に至るのは稀だと思います。ラウゼン二世の、魔素を口径摂取した場合、体内に蓄積してしまう体質も関係していますので」
ーーーー今のムーダンの法では、とても。
私の中に、得体のしれない悪寒が走った。
賭け事と、ロウは言った。
そんな遊戯の様に、人の死を、生を弄ぶサジルは何を考えているのだろう。
何が目的なんだろう。
「一体、なんの為に、そんな••••」
ーーーーサジルにとってはただの遊戯、なのでしょう。
そう呟くディオンストムの言葉に、これから相対しなければならない人間の、底知れぬ禍の渦が見えた気がした。
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