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一章 女神と花冠の乙女
後日談 種は芽吹く
しおりを挟むーーーーじゃぁ、別のどこかでその『夢渡り』を開発?出来たって事?
そう言った私に、皺の刻まれた口元がゆっくりと動いた。
「それを成し遂げたのが個人なのか、組織なのか。今、神殿の総力を上げて調べております。此度、夢渡りを使ったのが個人でも、開発自体は組織的に行われたのかもしれません。使用者本人の開発なら問題は一つ減りますが、闇ギルド等、いかがわしい集団の摘発も各国に対して神殿が動く大義名分ができますのでーーーーね?」
ディオンストムが謎めいた微笑を唇に刻み、人差し指を口元で立てた。
私が悪そうな顔だなァと溜息を付けば、ロウが目頭を押さえて続きを引き取った。
ロウの些か引き攣った口が、この狸ジジイって動いた気がしたけど•••••あれ?
やっぱり気の所為かな。パチパチと瞬きをしてからもう一度見たロウの綺麗な顔は、やわらかくて優しい微笑みで、いつものロウだった。
「いつの時代も、こういった世界のルールを逸脱し、闇で動く組織は存在しました。所謂、闇ギルドと呼ばれたりしていますがーーーー少し前に西大陸でその存在を疑う情報があったので、伺ったのですが、空振りました」
「もしかして、果物を買って来てくれた時?」
はい、とロウは事もなげに微笑んだ。
「精神系は習得が難しく、また術を継続させる魔力もかなり必要になりますので、扱える者が増えないのは不幸中のなんとやらでしょう」
人の精神ーーーー意識や感情と言った、一つとして同じものが無い、複雑を極める構造に浸入と介入をするのは至難の業。
夢視ですら習得者は世界に五人しかいない。その内の一人は高位神官のレガシアだ。
だが、夢視の上位ともいえる夢渡りの習得者が現れてしまった。
神殿の預かり知らぬところで、だ。
芋づる式に増えていく問題に頭が痛くなる。
しかもタイミング良く、芽吹く難問達だよね。
「そして各国に、ですが。姫様の事情は掻い摘んでの説明ですが、邪神に接触を図り、混乱を齎すを楽しむ人間がいると、隠さずに伝えました。狂った娘の事も」
今後の方針として、先ずは消えたフィリアナと、その夢渡りの能力者を探すと言う。
邪神は夢で悪さをしても、現との橋渡しがなければ大きな影響は出ないだろう、とは神殿サイドの意見だ。
ただし、今の所はとの注釈つきで。
「今思えば、厄災の魔女にもこの手の素質があったと思われます。開花はせずとも」
私は、ロウの言葉を聞いて、薬湯を飲んでいないのに苦い顔になる。顔が歪むのは仕方ないと思う。
もう苦いのはお腹いっぱいで、さり気なく、湯呑みをサイドテーブルに置こうとしたら、筋肉な肘掛けが動いて口元に持って来られた。くそう。
「彼等は、姫様を攫おうとした。それだけで万死に値します。例え王族だろうとも」
ディオンストムの言葉に、キンニクッションがピクリと反応する。
「王族でも••••ってーーーーやけに確信めいているけど、何か気に掛かる事でも?夢渡りを行った人物に心当りがあるの?」
片眼鏡の奥の瞳が剣呑に光る。あれだ、笑っているのに、目が笑ってないってやつ。
ディオンストムも、瞳が氷の刃を出しそうな冷たさで煌く。
「幾つか理由はありますがーーーー高度な魔術は神官が使う古代文字も多く用いられています。ここで学識のある、かなり裕福な人物に絞られるでしょう」
それは特殊な教育環境にあったーーーー例えば王族とか高位貴族がそうだよね。
あ、言われて、考えてみれば!
もしかしてロウは、夢渡りに気が付いた時点で、当たりを付けていたのかも。
そして続けるロウの言葉に私は戦慄した。
「それにーーーー」
夏の終わり特有の生温い風が肌にまとわりつく。
その風に私は気味の悪い悪意を思い出した。
「それに?」
「それに、あの場で、かなりタイムリーな干渉だったと思いませんか?そしてフィア様、思い出して下さい。あの神域は、『力に敏感』だとお教えしましたでしょう?魔力やギフトの力、瘴気や邪気、おまけに神力まであって、上手く隠れ蓑のにしていたようですが、あのバカ王子のお手柄ですね。引っ掛けてくれた事は褒めて差し上げましょう」
だから、もしかして。その力の元を辿る事も、出来るーーー!?
「ロウーーーー」
それはあの観覧席に夢渡りの術者が居たと、匂わせるには十分な言葉だった。
私の身体が細かく震える。
熱は下がった筈なのに、悪寒が登って、震えが止まらない。
私を抱き締める腕にギュッと力がはいる。
「今は身体を休めろ。また熱が出るだろう?後の報告は俺が聞いておく」
あ、ようやく喋りましたキンニクッション、もといラインハルトさん。
ラインハルトの存在感で、私の震えが止まる。
そしてズズいっと目の前に突き出された、薬湯の入った湯呑み。
残念な事に忘れられてはいなかったザマス•••••
急かされて、苦すぎる薬湯を飲み干すと、ポコンと口の中に入るラムの実。
種の無いサクランボのような果物で、私の好物だ。
最後にディオンストムの淹れた白湯を飲むと瞼が重くなってくる。
熱に奪われていた体力が気怠さを連れて来て、急な睡魔に思考が仕事をサボり出す。
眠気に従って素直にベッドへ身体を沈めると、チュウ吉先生が枕元に、カリンがサイドテーブルの近くに来てくれた。
「ね、他の皆は?どうしてるの?大丈夫なの?」
眠気に逆らってそれだけは言う。
「ああ、大丈夫だ。次にフィアが目を覚ます頃には皆揃ってここにいるから、今は眠れ」
ーーーーおやすみ、フィア。
そう囁いて、耳朶に触れた柔らかい感触と懐かしさが、深い安らぎと充足感を齎し、私は眠りについた。
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