上 下
78 / 137
一章 女神と花冠の乙女

73 エピローグ 

しおりを挟む
 無惨な姿に成り果てた白木の大舞台に霞がたゆたう。
 大穴を跨ぐ様に白銀色の橋が掛かる。
 フィアリスと別れの時間が来たのだ。

 細く繊細な欄干には大地母神の蓮の花が咲き、月光を受けて七色に輝く橋はクリスタルの硬質さを醸し出す。
 境には光と闇の大精霊が【向こう側】で控えている。
 大物を迎えに寄越すなんて母様奮発したなぁ。お礼のつもりなのかも。

 お伽噺に出てくる虹の橋。
 小さな子供は悪さをすると親や大人に言われるのだ。『悪さをすると、大地母神様の虹の橋を渡れないよ』と。

 生き人には視えぬ筈の、この橋が視えているのだろう、観覧席が俄にざわめく。
 お伽噺の虹の橋が本当にあったとは、と誰かが言う。
 その声は周りに興奮を伝播して、熱気を生む。
 胸の前で祈りを捧げる者まで出てきた。

 祈りーーーーああそうか、視えたのは神域の所為だ。

 舞台のど真ん中にポッカリ空いた穴を隠すように掛かる橋は幻想的で美しい。
 月光を受けて輝く光景に心が洗われる。
 
 うん、さっき、フロースに蔓草を使って引き上げもらった時に、ヘドロ触手を思い出して、電信柱が必要になりそうだった事は、この景色で思い出の上書きをしよう。

「フィー•••••••」

 フロースが私の頭を優しく撫でる。
 その優しさで、別れを延ばす様に他所事を考えて、逃避していた私を窘める。

 いつの間に戻ったのか、神座には着衣をやや乱したロウとラインハルト、カーク兄様と技芸神が居て、舞台上を静かに見ていた。

 嗚咽を出すまいと深く深呼吸する。

「私の乙女。役目ーーーー大義であった」

 私の言葉に、フィアリスがそっと手の内に花冠を出す。
 胸の前に顕現させた花冠はーーーー瑞々しくあったそれは役目を終えたと、皆が見守る中で、みるみるうちに枯れていく。

「フィー、その冠かしてくれる?」

 私の隣にいたフロースが、ホレホレと手を差し出す。
 一体どうするのかと思いながらも、フロースに渡すと、枯れた花冠に口付ける。
 生気に満ちた息吹が花冠に行き渡ると、綺羅と光った。

「枯れた花がーーーー!?」

 たった今咲きました、って言うくらいに生命力に溢れて輝く冠。
 あ、フロースってば花の神様だった。

「これをレイティティアに。俺は君が乙女に相応しいと思うから」

 ティティはしなやかに両膝を付いて、祈りを結ぶ。
 火の粉を散らして揺れる松明が照らす中、その頭上にフロースから神々しさを取り戻した花冠が贈られた。

 ーーーーそれは静かに、厳かに。

 私は、その静けさを白刃で切る様に意識して鋭く声を上げる。

「ジークムント。聖剣をアレクストへ」

 私はなるべく威厳をだして、ジークムントに向き直った。うん、キリっと。
 手渡された、王の証とも言うべき聖剣をアレクストは迷いの無い瞳で見つめている。

 フィアリスとレイティティア。
 ジークムントとアレクスト。

 互いに言葉無く、瞳で何を交わしたのだろうか。
 それは、アルディア王国の宿痾が解けて消えた瞬間。
 一つ頷くと微笑みあうと、一組は橋へと向かう。

 フィアリスとジークムントの身体が淡く透けて、色が抜けていく。
 私の前を通る時は瞳の色もわからなくなっていた。

「フィアリス、またね」

 ーーーー泣かない。こうなったら意地でも。

「私はフィア様を覚えていません。きっと」

 対するフィアリスは泣きそうだ。と、いうか泣いている。
 だからだと、言い訳を作って、消えゆく身体をギューッと抱き締めた。

「うん、そうだね。姿も人格も、ひょっとしたら性別も違うかも知れない。でも、私にはわかるよ。何もかもが違っても、好きになるよきっと。覚えなくてもいい。私が覚えているから。新しいあなたも、今のフィアリスごとまるっと好きになるから」

 ーーーー女神様の愛情は深いのです。

 そう言えばラインハルトも同じ事を言っていたっけ。

『俺が覚えているから、いい』

 これって、これってーーーー。
 あああ、カッと顔が熱くなる。どうしよう、今なら吐血できる!

「なんて気障な台詞!!」

「フィア様?」

 慌てて何でもないよって手と顔を振るけどフィアリスにはお見通しだったようだ。
 威厳の保てなかった私に、何も言わずにクスリと笑う。花の咲いた笑顔だ。

 橋の境でもう一度止まる。

「メイフィア様、またね」

 こっそりと、囁かれた真名に私は破顔した。


 フィアリスとジークムントが手を取って橋を渡る。
 この橋に足を踏み入れたなら、もう現世をーーーーこちらを振り返ってはいけないとされている。

 消えていく橋に、滲む視界で友人の逝く姿に、零れそうになる涙を唇を噛んで堪える。
 記憶がないままなら、悲しくは無かっただろうか。
 ギューッと胸が引き絞られる感覚も。

 でも、フィアリスの記憶を取り戻してーーーー送れて良かった。

 そう思うから、きっとこの胸の痛みにも意味はある。

 二人の後ろ姿が見えなくなると、白銀色の橋が、煙の様に儚く消えた。



 静まり返った舞殿にディオンストムの声が朗々と響く。

「見届け人の方々!新たな乙女の誕生に祝福を!」

 ディオンストムがティティの手を取り、神座の前へと誘う。
 数え切れない光の玉が、視界の限りに飛び交ってはしゃいでいるので、燦然と輝く粒子で大穴が目立たなくなる。

 きっと途方も無い数の精霊達。
 舞台が金色に染まる。纏っているのは黒い衣だけど。
 こうなるとわかっていたら、青色にしたのにと、しょうもない考えが過ぎった。

 そんな私の思考を他所に、優雅に一礼するティティに観覧席から惜しみなく拍手が贈られる。

 こうして波乱の舞台の幕は閉じた。






#####

読んでいただきありがとうございました!

二章もよろしければお付き合い下さい(*゚▽゚)ノ

お気に入り登録して下さると励みになりますので、少しでも面白いと思って下さったらポチッとお願いします(*´▽`*)

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

悪役令嬢に転生したのですが、フラグが見えるのでとりま折らせていただきます

水無瀬流那
恋愛
 転生先は、未プレイの乙女ゲーの悪役令嬢だった。それもステータスによれば、死ぬ確率は100%というDEATHエンド確定令嬢らしい。  このままでは死んでしまう、と焦る私に与えられていたスキルは、『フラグ破壊レベル∞』…………?  使い方も詳細も何もわからないのですが、DEATHエンド回避を目指して、とりまフラグを折っていこうと思います! ※小説家になろうでも掲載しています

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

【完結】強制力なんて怖くない!

櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のエラリアは、十歳の時に唐突に前世の記憶を取り戻した。 どうやら自分は以前読んだ小説の、第三王子と結婚するも浮気され、妻の座を奪われた挙句、幽閉される「エラリア」に転生してしまったらしい。 そんな人生は真っ平だと、なんとか未来を変えようとするエラリアだが、物語の強制力が邪魔をして思うように行かず……? 強制力がエグい……と思っていたら、実は強制力では無かったお話。 短編です。 完結しました。 なんだか最後が長くなりましたが、楽しんでいただけたら嬉しいです。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

処理中です...