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一章 女神と花冠の乙女

67 人間やめました

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「フィリアナ、どうしたのだ!?乙女に選ばれし其方をーーーーお前は!レイティティア!?何故お前がここにいる?またフィリアナに酷い嫌がらせを••••」

チラリと横目で確認すれば、ハルナイトが俯き加減のフィリアナの肩を抱き、ティティを怒鳴りつけた所だった。
フィリアナの少し後ろにいる私達の姿は、影の触手の動きに埋もれているのか、元々注意力皆無っぽいハルナイトには気が付かれずに済んだんだけど•••••

飼い主さん、キチンと躾けをお願いします。放し飼いしないで下さい。
護衛の騎士さん、この子野放しにしたら駄目じゃん。

チッとカリンが舌打ちをする。
うん、わかるよ。こいつ何するか予想がつかないもんね。



だがら、気が付かれずにホッとしたのもつかの間、私達はハルナイトがフィリアナの顔を覗き込んでヒッと小さく叫び、後退るのを確認すると身構える。
恐らくだけどフィリアナは今、獣のような顔をしているんじゃないかな。

私はきつく、フィアリスを抱く力を込め直す。
ズリ、ズリッと、早く、早くと、フィアリスを引きずりながら引っ張る。
この男によって、何が起きるかわからない。

「お、お前は誰だ!?フィリアナはそのような醜い老婆ではないぞ!」

「ーーーーえ、ハルナイト様が二人?老婆って?ハルナイト様?」

フィリアナが後退るハルナイトに手を伸ばすが、パシン、と勢い良く手を叩かれる。
今、老婆って言った?
あれ、そう言えばさっきハルナイトに伸ばしたフィリアナの手がシワシワだったような。

「え、あ、どうして!?何よ、この手!?あたし知らないこんな手、知らないわ!ーーーーハルナイトさまぁ?なんで逃げるの!?アタシを愛してるって言ったじゃない」

「ヒッ、寄るなーーーー来るな、お前など知らぬ!」

喚くフィリアナを余所に、ハルナイトがキョロキョロと助けを求めて視線を彷徨わせる。
あ、嫌な予感がするなぁ。
舞台から降りてさっさと逃げれば良いのに。
だけど、そんな願いも虚しく、フィリアナの後方でゴソゴソしている私達に気が付いてしまった。

ーーーーガチヤバ案件ってこういう事でしょうか。
この男は何を言うか、やるのかが、わからない。

火事場の馬鹿力を発揮出来たのか、まさに大きな蕪上達の私達はズルッともうひと踏ん張りすると、漸く抜けた蕪、違ったフィアリス達を影から引き離す。

ずっと力を入れていた腕の筋肉が、プルプルと震えて上手く動かないけど、弱ったフィアリスに私の力を流しながら、フィリアナから距離を取る。

私はゼーハー言いながら顎を伝う汗もそのままに、後は瘴気と妄執の中に囚われていたちびっ子と、青い花を私の中に仕舞えば終わる。プルプルしてる場合じゃ無い!私の筋肉、もう少し踏ん張って!

ーーーー急がないと!

だけど、間の悪い、ハルナイトの言葉がそれを許さなかった。

「おお!其方、そこの娘!黒百合の娘!いや薔薇か?其方を私の正妃にしてやろう!そこの老婆、お前のような醜い者は知らぬ!」

あっちゃぁーと、フロースが顔を手で覆う。ティティとアレクスト王子も顔が引き攣っている。
技芸神はスンと表情が無い。

今の言葉をラインハルトが間近で聞いてたらと思うと、ゾッとする。

カリンとチュウ吉先生、モリヤが揃って首を横に振ってるけど、それってどちらの意味でしょうか?

そして、ハルナイトの言葉で、喚いていたフィリアナの声がピタリと止んだかと思ったら、ゴゴゴって音がしそうな雰囲気でフィリアナが後ろを向いた。

「お、ま、え。おまえぇぇぇ!その顔、その身体!返せ、かえせ!その身体はあたしのものなんだからーーーー!」

私を認めた瞬間、カッと目を見開き顔の右半分が皺だらけの老婆になったフィリアナが地を這う様な声を絞り出しながら、立ち上がる。
肩が盛り上がり、背中からブチブチと肉の繊維が破れる音と共に虫ーーーー死の谷にいた百足のような足が数本生えてきた。

「うげーーーーッ」

カリンが行儀悪く吐き出す真似をする。
気持ちはわからなくも無い。

バキバキ、ミシミシと硬そうな甲殻に覆われていく下半身は大きな百足そのもので、影の中に続いているんだから、もう人の形を保ってるのは上半身に、顔と腕だけだ。


ーーーーついに人間辞めたんですか?

鋭く尖った数本の脚が私達に迫る。

「フィアリスッーーーー!」

フィアリスを突き飛ばして私は後方へ飛んだ。
フィリアナが寄越せ、寄越せ、と百足の脚を私とフィアリスの間スレスレの床に突き刺すと、影から出てくるウネウネした触手も、鞭のように暴れては床を勢い良く打つ。

蠢く触手の間からフィアリスを見れば、私の力をあげた所為か、何とか動けそうだ。

問題はチビと花だ。
ラインハルトが、村娘の遺体から私の残香を取り出した様に出来れば良いのだけれど、なんせアナログでの勝負ですので。
ラインハルトがスマホでピピッと決済ならば、私は窓口でアレコレな手続きをしないといけないのですよ。

何とか鞭と百足の蹴りを躱しながら、フィアリスとの間に出来てしまった距離を縮めたいけど•••••向こうもそう思っているのか、こちらの動きを見てくれている。でも、チビを抱えてる分だけ、どうしても緩慢な動きになるから、私が動いたほうが良い。

ああ、どうして記憶と力が別れているの!?一緒だったら良かったのに。

ただでさえ悩ましい状況で、またもやハルナイトが絶妙に邪魔な位置に逃げ惑う。

私はチュウ吉先生の結界がすっぽりと覆ってくれているお陰で、叩かれても身体に当たりはしないけど、それなりに衝撃は伝わる。
あんなに勢い良く鞭打たれたら、吹っ飛んでしまうかも知れない。
でも、チュウ吉先生の結界って、いつもなら衝撃なんて感じないのにな。

そうこうしているうちに、ハルナイトが触手の鞭でティティのいる場所までふっ飛ばされる。

「うそだ、ウソだ。あれがフィリアナなんて、イヤだ!嫌だ!そ、そうだ!レイティティア!罪は許してやる、俺の婚約者として王都へ戻る事も許す。正妃は黒百合の娘だが側室でも構うまい。有難くーーーーグヒュッ!?」

私の耳は、頭の螺子の緩んだハルナイトの演説を最後まで聞くことは無く、お馬鹿様はいきなりひっくり返って気絶した。
はて?とよく見れば、白く優美な脚線美が見える。
惜しげも無く、黒い舞衣装から伸ばしたティティの脚は、どうやら愚か者を成敗したらしい。ペリドットの瞳は侮蔑を込めてハルナイトを睥睨していた。

「技芸神様直伝、ごめん遊ばせ蹴りですわ」

技芸神は満足気に頷いている。

ーーーーフロースとアレクスト王子がちょっと前屈みになってるのは気のせいかな。

うん、気のせいだね。


それよりもフィリアナを何とかしないといけないんだけどね!?
ハルナイトのさっきの言葉を聞いて、更に逆上しちゃったし。
私の身体に一撃も入らないし、フィリアナとしては何度もギフトを使って私の身体との入れ替えを試みてるらしいけど、うん、通じないんだよね。

触手や、百足の脚を弾く結界とは別の、ギフトの力をを寄せ付けない、膜の様なものがパシン、パシンと音を立て度に淡く輝いている。

ティティにもあのギフトを使ったみたいだけど、私がプレゼントした左手首の腕輪がそれを弾いているようだ。

観覧席の前には大きな結界が張られ、各国の代表や、舞姫達も無事そうで、少し安心するーーーーけど。
それもいつまで持つか。
フィリアナの触手が結界を叩く度に、チリリと感じる違和感。
影から出てくるヘドロの触手もだ。


このフィリアナの魔力、普通じゃない。
私はこの時、ラインハルトの言葉を思い出した。

影を操る事が出来る【闇聖属性】はフィリアナにはない。【光聖属性】のみだって。
モリヤの様な怪異でも無い。

ーーーー死者のみが持つ事が出来る瘴気を操る【邪属性】の魔力。

そんな事を考えながら、逃げていたのがまずかったのか、私の身体が結界ごとフィリアナのヘドロに捕まってしまった。

「「フィア!」」
「フィー!」
「姫様!」
「フィアちゃん!」


チュウ吉先生の結界が、紐で絞られる風船のように歪む。
結界の中でも神力を身体に纏わせているから、物理的に怪我はーーーーー多分ないだろうけど、捕まるのは嫌だな。持久戦になれば恐らく私が不利だ。
何か方法は、と目まぐるしく思考が動く。
が、ロウの声が脳裏に直接響いて思考停止する。

(ーーーーフィア様、そのままで••••ですから、••••で)

ええと、よく聞こえなかったんだけど!?
このままでいろって事かな!?
横目で見たフロースが何かを待っている様な素振りを見せる。
カリン達も戸惑いつつも、見守りの体制だ。

そして、視線でチラチラ追っていたヘドロに、あ、風船が割れる、そう思った時、ティティの私を呼ぶ声がして、その華奢な手がヘドロの触手をムンズと掴んでいた。

アレクスト王子をフロースが抑える。

「フィア様を離して!」

そう言ったティティの手の平から、夜の舞台に眩しい光を放った。










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読んでいただきありがとうございました!



ロウはスパルタだと言う事をフィアは忘れていた模様。
きっと舞台裏でラインハルトを抑えながら片眼鏡が光ってます。

この章は後数話でエピローグを迎えますが、閑話や小話を挟んで第二章へと入ります。

第二章もお付き合いして頂けると嬉しいです。


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