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一章 女神と花冠の乙女
66 シナリオの崩壊
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立ち昇ったカーク兄様の炎の合図に、私は舞台へと階段を駆けのぼった。
舞台正面神座の前にはフロースと、ティティ、倒れているフィリアナとーーーーもう一人フードも目深に、フロースによってこの場へと召喚されたであろう、背の高い青年がいる。
あの人はきっとーーーー。
神座には幕内より出て来た技芸神が事の成り行きを見守っている。
松明によって出来た影はいい具合にフィリアナ本体から長く伸びていた。
ふとフロースと目が合う。
ああ、そうか。フロース達がフィリアナの意識を私に向けさせないようにしてくれているんだ。
私のいる場所は、丁度フィリアナからは死角になっている。
それにカーク兄様が、私から近い松明の火を弱くしてくれているから、衣装の色も相俟ってぼんやりと薄暗い。
私はなるべく足音をさせないようにフィリアナの後ろへ回る。
フロース達の頑張りと願いが通じたのは確かだ。
それと、私にエツコ様的な家政婦が憑依してくれたのか、気配を悟られる事は無かった。異世界だけれども。更に言えばドラマの主人公だし、名前は女優の名前だけど。
私は神気を纏いフィリアナの影に手を付く。影の中に潜むぼんやりした輪郭が鮮明になる。
ーーーーフィアリスだ。
フィアリスが抱える小さな私と、青く輝くフィアリスの花••••私の力の結晶がそこにあった。
こことは異なる空間なのだから、手を影に入れる感触は空気の抵抗を少し感じるだけだと思ってたけれど、ドロっとしていて粘っこい。
擬音にしたならズプズプっとだろうか。影に入れている腕に直接の感触が伝わってこない事は幸いだった。
もう少しでフィアリスに手が届く。
私の気配に気が付いて、こちらに手を伸ばしてくれればーーーーと思ったら、フィアリスが私に気が付いてくれた。
フィアリスは小さな私を抱え直すと、こちらへと手を伸ばす。
息を殺して気配を悟られないように、私は慎重にフィアリスの伸ばされた手を掴んだ。
チラっとフィリアナの様子を伺うと、それが丁度フードを被った青年の顔が晒された瞬間だったので、フィリアナが、ガバッと上体を起こした所だった。
影が動く!?と思ったら、ポッカリ穴が開いた感じで固定されている。
驚いていると、小さなヤモリが影の隅っこで影を踏んで、踏ん張っている。
『お忘れですか?私の元は陰の怪異ですよ?影を固定させるのは造作もない事』
造作も無いと言いながら、その小さな身体は細かく震えている。
結構力を使っているんだ、きっと。
早くしなければ。
私は握る手に更に力を込め、フィアリスを引っ張った。
「ハルナイト様!?どうしてーーーーその女の横に!?」
残念、その青年は、ハルナイトじゃなくてアレクスト王子だ。
アレクスト王子は、こちらの意図を察したのか、フィリアナが背後にいる私に気が付くのを少しでも遅らせる為に、注意を引き付けてくれている。
「残念だけど、私はハルナイトじゃないよ」
歓喜に震えているティティを腕の中に閉じ込めてから、自分は第二王子のアレクストだと、優しくフィリアナに言った。
フィリアナの口から嘘よ、とかありえない、とかそんなの知らない、と現実を否定する言葉が溢れ出ている。
認めたくない、認められない。
そんなフィリアナの感情に連動してか、影の中が脈を打つように蠢く。
フィアリスが小さな私を必死に抱えた。記憶の化身とも言うべき、その身体を逃すまい、取り込もうと、影の中では底なし沼のように吸い込もうとしている。
胸上の青いフィアリスの花と一緒に。
ーーーーこれは執着心の塊なのかも知れない。
そんな、ズズっと粘り気のあるドロの中から引抜くには結構力がいる。
僅かでいい、手首まで出てさえくれたら!
そうしたら、フィアリスの手を握っている私の手ごと、カリンとチュウ吉先生が引っ張るのを手伝ってくれる!
「こんなストーリー、ありえない!アンタはあたしに負けて、瘴気を取り込んで魔女になる筈でしょ!?それを花冠の乙女のあたしが浄化するんだから!」
フィリアナの金切り声が舞台上に響く。
感情の揺れがそのまま影に影響するんだから、ちょっとは落ち着いて欲しい。
後もう少しで、フィアリスの手首が出るのに。
観覧席まで下がっている舞姫達の息を飲む気配。
彼女達から見れば、さっきまで自分達が踊っていた舞台の床から手が出てくるんだもの。吃驚するよね。
影の中の輪郭は視えても、実際にニュッと出て来たらーーーーうん。アレだ、テレビの画面から出てくる幽霊の。
そして私はググっと渾身の力を込めて、フィアリスの手首を引き揚げた。
と、同時に私の手首を掴んでくれた一回り大きな手が見える。
ーーーーよし!フィア、頑張って。僕もこれで手伝える。
コソコソっと小さく私にだけ聴こえるようにカリンが呟いた。
私の背後から添うように力強い手がフィアリスを引き揚げる。
チュウ吉先生がモリヤのフォローと、蠢いて触手を伸ばし始めた影を牽制する。
ーーーー何?この粘着質な感じ!粘っこくて気持ち悪いし、何よりもすっごく重たいんだけど!?
カリンでもそう思うならば相当だよね。
でも私一人で引っ張るよりも格段に、断然良い。現に、もう直ぐフィアリスの肩まで出てくる。
ビシビシっと触手の鞭が飛んでくるが、チュウ吉先生の結界に阻まれて当たりはしない。
「そうだわ!時空神様が来てるんでしょ!?早く呼びなさいよ!あたしがここにいるんだから、来ない筈が無いじゃない!だってあたしが本当の、めーーーー」
シュッーーーートスッ!って音がして、フィリアナの言葉を遮ったけど、何が起きたんだろう。
こちらはやっとフィアリスの顔と肩が出て来たので、もう少しそちらでフィリアナをよろしくお願いします!
「娘、その先は言わせぬ。我も怒り狂うあの方のとばっちりは受けたくないのでな。そも、お前は乙女にはなれん。負けたであろうに」
「大体、時空神は降りて来てないし。俺と技芸神、火の神。それから東西の君って呼ばれている二人だね、今いるのは」
「う、嘘よ!」
あれ?今フロースって、ラインハルト=ライディオス兄様って事をフィリアナが知っているか確認した?
「嘘言ってどうするのさ」
フロースが煽るように言う。
舞台俳優のように、よく通る声で、フィリアナの意識を釘付けにしている。
こちらはやっとフィアリスの腰まで出た所だ。ちびっ子も。
ここまでくると、流石に汗が止めどなく流れてくる。
一緒に頑張ってくれているカリンの前髪からも、ポタリと汗が落ちる。
と、ここでカリンがコソッと耳打ちしてきた。
ーーーーねぇ、フィア。言っても良いかな。
私もコソッと返す。言いたい事は理解してるつもりなので。
ーーーー言わないで下さい。
ーーーーヤダ。言いたい。このヘドロ、あ言っちゃった。この影の泥ネバって、臭いよねぇ。鼻曲がりそうなんだけど!
嗚呼言っちゃったよ。折角無視してたのに。
確かに物凄く臭い。
フロース達は大丈夫なのかなって思ったら、チュウ吉先生がフロースがいるから大丈夫なんだろうって。
てか、チュウ吉先生も鼻を押さえているの?その仕草って•••••。
そうか、フロース•••••空気清浄機芳香剤付きだもんね。
あ、もしかして、モリヤのプルプルって。
臭いの我慢してるから!?
そう呟いたらカリンとチュウ吉先生が無語で頷いた。
ちょっと泣きたくなったけどこの状況を早く何とかしないといけない訳で、私はフィアリスを抱き締める体制になると、大きな蕪を引抜くように踏ん張った。
ーーーーその時だった。
「嘘よ、ウソよ、うそよ!!レイティティア!またあたしにひどい事をするの!?」
錯乱したフィリアナが叫ぶ。ううん、吠えた、の方が近いかも知れない。
ヘドロが渦を巻き始め、こちらが引っ張る力に対して、更に抵抗される。
「ーーーークッ」
私が奥歯を噛み締めた時、この場に混乱を齎す声が舞台に響いた。
「ーーーーフィリアナ!」
それは舞台袖から駆け上がって来るハルナイトの声だった。
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あの人はきっとーーーー。
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松明によって出来た影はいい具合にフィリアナ本体から長く伸びていた。
ふとフロースと目が合う。
ああ、そうか。フロース達がフィリアナの意識を私に向けさせないようにしてくれているんだ。
私のいる場所は、丁度フィリアナからは死角になっている。
それにカーク兄様が、私から近い松明の火を弱くしてくれているから、衣装の色も相俟ってぼんやりと薄暗い。
私はなるべく足音をさせないようにフィリアナの後ろへ回る。
フロース達の頑張りと願いが通じたのは確かだ。
それと、私にエツコ様的な家政婦が憑依してくれたのか、気配を悟られる事は無かった。異世界だけれども。更に言えばドラマの主人公だし、名前は女優の名前だけど。
私は神気を纏いフィリアナの影に手を付く。影の中に潜むぼんやりした輪郭が鮮明になる。
ーーーーフィアリスだ。
フィアリスが抱える小さな私と、青く輝くフィアリスの花••••私の力の結晶がそこにあった。
こことは異なる空間なのだから、手を影に入れる感触は空気の抵抗を少し感じるだけだと思ってたけれど、ドロっとしていて粘っこい。
擬音にしたならズプズプっとだろうか。影に入れている腕に直接の感触が伝わってこない事は幸いだった。
もう少しでフィアリスに手が届く。
私の気配に気が付いて、こちらに手を伸ばしてくれればーーーーと思ったら、フィアリスが私に気が付いてくれた。
フィアリスは小さな私を抱え直すと、こちらへと手を伸ばす。
息を殺して気配を悟られないように、私は慎重にフィアリスの伸ばされた手を掴んだ。
チラっとフィリアナの様子を伺うと、それが丁度フードを被った青年の顔が晒された瞬間だったので、フィリアナが、ガバッと上体を起こした所だった。
影が動く!?と思ったら、ポッカリ穴が開いた感じで固定されている。
驚いていると、小さなヤモリが影の隅っこで影を踏んで、踏ん張っている。
『お忘れですか?私の元は陰の怪異ですよ?影を固定させるのは造作もない事』
造作も無いと言いながら、その小さな身体は細かく震えている。
結構力を使っているんだ、きっと。
早くしなければ。
私は握る手に更に力を込め、フィアリスを引っ張った。
「ハルナイト様!?どうしてーーーーその女の横に!?」
残念、その青年は、ハルナイトじゃなくてアレクスト王子だ。
アレクスト王子は、こちらの意図を察したのか、フィリアナが背後にいる私に気が付くのを少しでも遅らせる為に、注意を引き付けてくれている。
「残念だけど、私はハルナイトじゃないよ」
歓喜に震えているティティを腕の中に閉じ込めてから、自分は第二王子のアレクストだと、優しくフィリアナに言った。
フィリアナの口から嘘よ、とかありえない、とかそんなの知らない、と現実を否定する言葉が溢れ出ている。
認めたくない、認められない。
そんなフィリアナの感情に連動してか、影の中が脈を打つように蠢く。
フィアリスが小さな私を必死に抱えた。記憶の化身とも言うべき、その身体を逃すまい、取り込もうと、影の中では底なし沼のように吸い込もうとしている。
胸上の青いフィアリスの花と一緒に。
ーーーーこれは執着心の塊なのかも知れない。
そんな、ズズっと粘り気のあるドロの中から引抜くには結構力がいる。
僅かでいい、手首まで出てさえくれたら!
そうしたら、フィアリスの手を握っている私の手ごと、カリンとチュウ吉先生が引っ張るのを手伝ってくれる!
「こんなストーリー、ありえない!アンタはあたしに負けて、瘴気を取り込んで魔女になる筈でしょ!?それを花冠の乙女のあたしが浄化するんだから!」
フィリアナの金切り声が舞台上に響く。
感情の揺れがそのまま影に影響するんだから、ちょっとは落ち着いて欲しい。
後もう少しで、フィアリスの手首が出るのに。
観覧席まで下がっている舞姫達の息を飲む気配。
彼女達から見れば、さっきまで自分達が踊っていた舞台の床から手が出てくるんだもの。吃驚するよね。
影の中の輪郭は視えても、実際にニュッと出て来たらーーーーうん。アレだ、テレビの画面から出てくる幽霊の。
そして私はググっと渾身の力を込めて、フィアリスの手首を引き揚げた。
と、同時に私の手首を掴んでくれた一回り大きな手が見える。
ーーーーよし!フィア、頑張って。僕もこれで手伝える。
コソコソっと小さく私にだけ聴こえるようにカリンが呟いた。
私の背後から添うように力強い手がフィアリスを引き揚げる。
チュウ吉先生がモリヤのフォローと、蠢いて触手を伸ばし始めた影を牽制する。
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一緒に頑張ってくれているカリンの前髪からも、ポタリと汗が落ちる。
と、ここでカリンがコソッと耳打ちしてきた。
ーーーーねぇ、フィア。言っても良いかな。
私もコソッと返す。言いたい事は理解してるつもりなので。
ーーーー言わないで下さい。
ーーーーヤダ。言いたい。このヘドロ、あ言っちゃった。この影の泥ネバって、臭いよねぇ。鼻曲がりそうなんだけど!
嗚呼言っちゃったよ。折角無視してたのに。
確かに物凄く臭い。
フロース達は大丈夫なのかなって思ったら、チュウ吉先生がフロースがいるから大丈夫なんだろうって。
てか、チュウ吉先生も鼻を押さえているの?その仕草って•••••。
そうか、フロース•••••空気清浄機芳香剤付きだもんね。
あ、もしかして、モリヤのプルプルって。
臭いの我慢してるから!?
そう呟いたらカリンとチュウ吉先生が無語で頷いた。
ちょっと泣きたくなったけどこの状況を早く何とかしないといけない訳で、私はフィアリスを抱き締める体制になると、大きな蕪を引抜くように踏ん張った。
ーーーーその時だった。
「嘘よ、ウソよ、うそよ!!レイティティア!またあたしにひどい事をするの!?」
錯乱したフィリアナが叫ぶ。ううん、吠えた、の方が近いかも知れない。
ヘドロが渦を巻き始め、こちらが引っ張る力に対して、更に抵抗される。
「ーーーークッ」
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「ーーーーフィリアナ!」
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