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一章 女神と花冠の乙女

64 息を潜めてこんにちは

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コクン、と喉を鳴らしたのは誰だったのか。思いの外大きく聞こえたそれは、私だったかも知れない。

ティティは握っていた手をゆっくりと離す。
顔を見れば、ニッと笑った。それが何とも悪役令嬢っぽい。

「行ってらっしゃい!」

私がそう言うと、ティティの唇が『行ってきます』の形を取ってスゥッと消えた。

「ではわたくし達も動くとしましょう。モリヤ?」

モリヤがひとつ頷くと、メルガルドの肩に手を置く。

「姫様ーーーー」

「絶対に大丈夫、でございます」

メルガルドにしては言葉少なに、モリヤは自らの言葉に確信を持って、それぞれ親指を上に向けた拳を突き出した。

ーーーーニヤっと。

私も口の端を上げて悪女っぽく笑って見せる。フフン。

「「プッーーーー」」

え、今の笑いってナニ!?私の渾身の悪役顔ってそんなに変?
ちょっとムッとしたけど、メルガルドとモリヤの姿がが光の濃淡へと変わり、足元から消えていく。
メルガルドも、モリヤも自分の役割を全うする為に。

消えていく二人を見送ると、私は目を閉じて、深呼吸をする。両手でパンっと頬を叩いて気合を入れると、室の外へと出る扉を開いた。



シンとした、音の無い世界のような真っ白な廊下をひたすら進む。
身体で覚えた道順だ。今更不安になる事も無い。

ーーーー嘘です、ちょっとだけ不安になりました。

だって、そろそろ体感的にアーチが見えてもおかしく無いのに、見えてこなかったんだもの。繊細な薔薇を彫ったアーチが見えた時はちょっとだけ泣きそうになった。

緊張しているからだよね。慌てるの良くない。
自分にそう言い聞かせながら、舞殿を目指す。

程無く人の気配が濃くなっていくのがわかる。ざわめく気配とでも言うか。
ティティが頑張っている証拠だ。
ティティの舞を直接見れない事を残念に思うけど、ディオンストムが記録を取っていてくれると言ってたし。

だから私はーーーーフィリアナから記憶と力を取り戻す事に集中する。
何度も脳内でイメージした、それを今また繰り返す。

アーチを抜けてからは進む足取りにも余裕が出てくる。その分、やるべき手順をさらう事に費やす。

まずは、カーク兄様が合図をくれるって言っていた。舞台の上の松明の火を一際大きくするって。

合図が来たら、神気を纏わせながらそっとでも急いで舞台に上がる。
それから、フィリアナの背後に回ってーーーー。

そこまで考えた時、フッと前方に人影がある事に気がついた私は一瞬、青ざめた。
順調に進んでいた足が止まる。

ロウは何と言っていた?脳内で再生される声を反芻する。
ここは関係者以外は立ち入る事が出来ない廊下。
神官以外に出会ったならば、それは賊かも知れないと言ってなかったか?

集中していた為に、反応が遅れてしまった。後ろ姿の人影は、どう見ても神官ではない装束だ。

だが、どこか見覚えのあるその背格好はアルディア王国風の衣装を着ている。
中央大陸の流行り衣装はアルディア王国風が多いから、近隣の何処かの国かも知れない。
豪華な衣装は賊では無さそうで、キョロキョロとしているから、迷子かも知れない、と思い直した私は、静かに足音を立てないように歩く。

すると、だんだんと人影の輪郭がハッキリとしてくる。

「ーーーー!?」

危うく声に出して驚く所を、ヒュっと息を吸い込んだ事で回避する。


ーーーー何でこんな所を彷徨いているのかな!?この男は!


ため息を飲み込みんで、目を凝らした視界には、無駄に外見だけはよろしいーーーーハルナイトがそこにいた。





私は整えてくれた髪を、とても掻きむしりたくなった。





######





『ふーん。僕は面白ければそれでいいけどね。あの子、もう使えないんじゃない?』

色々とボロが出ているしさぁ。

どのような現象と言うのが正しいのか。便宜上、夢と呼ぶ中に意識を置きながら、夢ではない現実を見ている少年の感想は、至極つまらなそうに聞こえる。



ほら、チェックメイト。

些か投げやりに言っているようにも聞こえるが、この夢の中では幾年も外見が変わらない。
ホログラムの様に、常夏の海辺の景色が、マグマを吹きこぼす火山へと変わる。
変わらないのは木製の丸いテーブルと座り心地の良い椅子、机上のチェス盤。
駒を動かす度に変わる景色は、現実にある景色だけを夢に持ち込んだだけで、実際に海に濡れる事はないし、マグマの熱さも無い。

そんな少年の感情は、嬉々としてこの状況を愉しんでいる事は知っている。
幼い声の主が、黒と白の盤上で動く駒をコンと叩いた。

『僕があの時、話さなければ、貴方はこんな遊びも出来なかった。ま、それでこの愉快な力にーーーーああ、ギフトって言うんだっけ。それに僕も気が付いたんだけどさ』

少年の前には意識の塊だと言う、黒い人の影がいる。

その意識だけの存在は、それはそうだと素直に少年に伝えた。
移り変わる鮮やかな景色と、それを他人の夢の中だと認識させたこの少年は、世に倦んだ声音で、何も無い筈の空間に向かってーーーー意識の塊でしかない存在に対して語りかけたのだ。
それは、夢と現が重なった瞬間だった。

少年は意識を現に向ける。夢の中では幼い少年のままでも、舞殿の観覧席から舞台上を見るのは立派な青年だ。

その顔にはなんの表情も伺えない。
良くできた綺麗な陶器の人形。
王族としての教育を受けた者にはありがちな、他人に思考を悟らせない、瞳すら硝子玉のように見える。

その瞳が一瞬、煌いた。
黒く見える程に深い紫の衣装を纏って現れた少女に視線が向く。

『へぇ?貴方の言う通り、跳ねて踊るらしいよ?釣れたお魚達が』

さもあろうと頷く存在は、得体の知れない悍ましさを感じさせるが、どこか螺子の外れたこの人間はそれすら愉快そうだった。
だからこそ、この遊戯に参加する事を許している。

この人間を通して見られる現実も、メリットには違い無い。

『ねぇ、やっぱりさぁーーーー』


僕の力を少し使って良いからさ。

と、意識だけの存在に囁いてくる人間の願いに、それもまた一興として、諾と応えた。






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読んでいただきありがとうございました(๑•ᴗ•๑)

間の悪さはピカイチのハルナイトです。
こいつのお陰で、まさか迷ってるのか!?と、ラインハルトやロウ達がハラハラしています。






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