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一章 女神と花冠の乙女
61 親の心子知らず
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白い帆船が海上を滑るように走る。
朝霧が漂う海上は海面を隠し、さながら雲の上を進んでいるかのようにも見える。
霧のずっと向こうには、朝の早い漁師の家なのだろう、下弦の三日月に例えられる島の海沿いにある家々にはポツリ、ポツリと灯りが灯っていた。
元々アルディア王国のある中央大陸と対をなす形だったと言うが、今は見る影もない。
下弦島の向こうには、海を挟んで神の創造物と言われている賢者の塔がそびえ立つ。
海上に堂々と突き刺さった壮大に過ぎる塔は強大で、アルディア王国の王城など丸呑み出来るであろう広大さが、天まで続く。
更に言えばこの塔は影を作らない。登りつつある朝日に、塔は確かに照らされているにも関わらず、海上に濃い色の影は見当たらないのだ。
見れば見る程人の力の及ばぬ建造物であることに畏怖が芽生える。
このダンジョンの唯一の玄関口でもある下弦島は今日も賑わうのだろうと、アルディア王国の現国王エドアルドは思う。
賢者の塔を抜けると、下弦島と対称に上弦島が見えてくる。塔を囲むように存在する二つの島は、地図を見ると目玉のようで、エドアルドは学生時代のテスト問題を思い出し、口の端に愉快な笑みを浮かべた。
ーーーーアレはサービス問題という奴だったのだな。
そんな特徴のありすぎる地形は、間違える学生の方が稀だ。
上弦島は大神殿ヘの表玄関口とも言うべき島で観光客を乗せた船も、商業船もここで一度降りることになっている。
神殿側の船に乗り換えるか、転移の魔法陣を使うかは、それぞれの事情にもよるのだろう。
エドアルドを乗せた船は上弦島を通り過ぎる。
そう、アルディア王国のこの船は大神殿の内玄関とも言うべき、海影の港に直接入港出来る数少ない船であるのだ。
だが、朝霧の晴れ始めた港には、既に何隻かの船が入港しており、大神殿より許可を得ている船舶の中では一番最後であるようだった。
停泊している船の中でやはり目立つのは東西の帝国だろう。アルディア王国の船を含めれば五隻。その中でもひと回り以上大きい、威風堂々とした姿は国力の差を思い知らされる。
上を見ればきりがないが、下を向いても居られぬのが国王だ。かく言うアルディアも他の国々からしてみれば、直接の入港が出来るだけでも羨ましい立場なのだ。
多くの国々は、制約の多い転移魔法自体を管理している神殿に頼み、上弦島へ転移させてもらう。多数の舞姫達もそうだっただろう。
国威を見せ付ける為に、態々船を出すのは豊かな大国だけだ。
ここに停泊している船は、その技術だけでなく、如何に自国から大神殿までの日程を短く出来るか、軍事的な牽制もある。
アルディア王国は舞姫を送り届けた時の記録が最短を更新したと聞いたがーーー理由を知れば、エドアルドに笑う事が出来なかった。
船首に移動すれば、広大な丘陵上に白亜の建物が並び点在している。
平野だったと言われていたが、今は天槍が大地を穿った時に大地が海へ沈み、又は隆起し押し上げられて、神々の住まう宮殿だけが無事に今の丘陵上に収まったと言う。
一際大きい中央に位置する本殿は水晶宮とも呼ばれ、遠い海上からも輝きを観ることが出来る。
船乗りにしてみれば良い目印だ。
「陛下、そろそろ上陸のご準備を」
臣下の礼を取った二人の騎士には、風と水とーーー双方に中級の精霊が付いていた。
なるほど、確かに見目の良い若者だ。
「ハルナイトは」
「船酔いは治まったかと。半刻前に起床しております」
「ーーーそうか。世話を掛けたな」
ーーーあの娘の事も。
エドアルドの言葉の裏にある意味を正しく読み取った騎士は、より深く頭を垂れた事で国王の謝意を受け取った。
大神殿の城下はすっかり朝日を拝み、街の人々で賑わいを見せる。
この儀式の前後三日は観光客の出入りは禁止されているが、各国の王族や、代表が見られるとあって、城下の人々だけでの賑わいも華やかだ。
東の皇帝などは『なぁに、ちょとしたパレードのようなものだ。騎士も見目麗しき者。にこやかに手を振ってやれば良いではないか』と、態々若い娘にはウインク付きで応えてやったと言うから、後に続く者は努めて愛想を良く見せなければならなくなった。
そこに各国の代表に深い意味は無い。
ただ、若い娘にあの人は無愛想!って言われるのはちょっとヤダなと思ったのと、やはりお前だけ騒がれるのは癪だ!と妙な対抗心という、どうしようもない理由だったりする。
ハルナイトは、上機嫌で民衆へと手を振っていたが、エドアルドは精々愛想を良く見せるだけだ。
明後日ーーー儀式の前夜には大神官ディオンストム主催の晩餐会がある。
その前に、エドアルドには会わねばならない者がいるのだ。
ハルナイトは第一王子としての参加で、観覧席は王太子の下座になる。大神殿の儀式自体、初めての参加であるし、神殿内に入ってからの待遇の違いに、まだ気が付いてはいないが。
ーーー少し考えれば分かるだろうに。
あの日、廊下で話した後に王妃にまた何かを言われたかのだろう。王たるエドアルドの言葉は届かなかったようだ。
王と王子とーーーー父親と息子と。
父親としての言葉は、随分前から届かなくなっていたが。
国王としての判断は下した。
それでもーーーー。
隣室から聞こえるハルナイトの声が、フィリアナに会えないのかと騒ぎ立てている。
まるで子供の癇癪を起すハルナイトに、エドアルドは、それでも命を奪わねばならぬ事態に迄は、ならないで欲しいと願う。
エドアルドは案内役兼世話役の神官を呼ぶとディオンストム宛の手紙を渡す。
怪訝な顔をされたが、ディオンストム殿は承知してると言えば、納得した顔で引き受けてくれた。
エドアルドはもう一人の息子を思う。
僅かな望みに掛け、王太子は決めなかった。頑として首を縦には振らずに。それでも、もう駄目だろうか、と諦めかけた時、ガレールから来たのだーーー希望が。
何かがうねりを上げて、大きく動こうとしていた。
朝霧が漂う海上は海面を隠し、さながら雲の上を進んでいるかのようにも見える。
霧のずっと向こうには、朝の早い漁師の家なのだろう、下弦の三日月に例えられる島の海沿いにある家々にはポツリ、ポツリと灯りが灯っていた。
元々アルディア王国のある中央大陸と対をなす形だったと言うが、今は見る影もない。
下弦島の向こうには、海を挟んで神の創造物と言われている賢者の塔がそびえ立つ。
海上に堂々と突き刺さった壮大に過ぎる塔は強大で、アルディア王国の王城など丸呑み出来るであろう広大さが、天まで続く。
更に言えばこの塔は影を作らない。登りつつある朝日に、塔は確かに照らされているにも関わらず、海上に濃い色の影は見当たらないのだ。
見れば見る程人の力の及ばぬ建造物であることに畏怖が芽生える。
このダンジョンの唯一の玄関口でもある下弦島は今日も賑わうのだろうと、アルディア王国の現国王エドアルドは思う。
賢者の塔を抜けると、下弦島と対称に上弦島が見えてくる。塔を囲むように存在する二つの島は、地図を見ると目玉のようで、エドアルドは学生時代のテスト問題を思い出し、口の端に愉快な笑みを浮かべた。
ーーーーアレはサービス問題という奴だったのだな。
そんな特徴のありすぎる地形は、間違える学生の方が稀だ。
上弦島は大神殿ヘの表玄関口とも言うべき島で観光客を乗せた船も、商業船もここで一度降りることになっている。
神殿側の船に乗り換えるか、転移の魔法陣を使うかは、それぞれの事情にもよるのだろう。
エドアルドを乗せた船は上弦島を通り過ぎる。
そう、アルディア王国のこの船は大神殿の内玄関とも言うべき、海影の港に直接入港出来る数少ない船であるのだ。
だが、朝霧の晴れ始めた港には、既に何隻かの船が入港しており、大神殿より許可を得ている船舶の中では一番最後であるようだった。
停泊している船の中でやはり目立つのは東西の帝国だろう。アルディア王国の船を含めれば五隻。その中でもひと回り以上大きい、威風堂々とした姿は国力の差を思い知らされる。
上を見ればきりがないが、下を向いても居られぬのが国王だ。かく言うアルディアも他の国々からしてみれば、直接の入港が出来るだけでも羨ましい立場なのだ。
多くの国々は、制約の多い転移魔法自体を管理している神殿に頼み、上弦島へ転移させてもらう。多数の舞姫達もそうだっただろう。
国威を見せ付ける為に、態々船を出すのは豊かな大国だけだ。
ここに停泊している船は、その技術だけでなく、如何に自国から大神殿までの日程を短く出来るか、軍事的な牽制もある。
アルディア王国は舞姫を送り届けた時の記録が最短を更新したと聞いたがーーー理由を知れば、エドアルドに笑う事が出来なかった。
船首に移動すれば、広大な丘陵上に白亜の建物が並び点在している。
平野だったと言われていたが、今は天槍が大地を穿った時に大地が海へ沈み、又は隆起し押し上げられて、神々の住まう宮殿だけが無事に今の丘陵上に収まったと言う。
一際大きい中央に位置する本殿は水晶宮とも呼ばれ、遠い海上からも輝きを観ることが出来る。
船乗りにしてみれば良い目印だ。
「陛下、そろそろ上陸のご準備を」
臣下の礼を取った二人の騎士には、風と水とーーー双方に中級の精霊が付いていた。
なるほど、確かに見目の良い若者だ。
「ハルナイトは」
「船酔いは治まったかと。半刻前に起床しております」
「ーーーそうか。世話を掛けたな」
ーーーあの娘の事も。
エドアルドの言葉の裏にある意味を正しく読み取った騎士は、より深く頭を垂れた事で国王の謝意を受け取った。
大神殿の城下はすっかり朝日を拝み、街の人々で賑わいを見せる。
この儀式の前後三日は観光客の出入りは禁止されているが、各国の王族や、代表が見られるとあって、城下の人々だけでの賑わいも華やかだ。
東の皇帝などは『なぁに、ちょとしたパレードのようなものだ。騎士も見目麗しき者。にこやかに手を振ってやれば良いではないか』と、態々若い娘にはウインク付きで応えてやったと言うから、後に続く者は努めて愛想を良く見せなければならなくなった。
そこに各国の代表に深い意味は無い。
ただ、若い娘にあの人は無愛想!って言われるのはちょっとヤダなと思ったのと、やはりお前だけ騒がれるのは癪だ!と妙な対抗心という、どうしようもない理由だったりする。
ハルナイトは、上機嫌で民衆へと手を振っていたが、エドアルドは精々愛想を良く見せるだけだ。
明後日ーーー儀式の前夜には大神官ディオンストム主催の晩餐会がある。
その前に、エドアルドには会わねばならない者がいるのだ。
ハルナイトは第一王子としての参加で、観覧席は王太子の下座になる。大神殿の儀式自体、初めての参加であるし、神殿内に入ってからの待遇の違いに、まだ気が付いてはいないが。
ーーー少し考えれば分かるだろうに。
あの日、廊下で話した後に王妃にまた何かを言われたかのだろう。王たるエドアルドの言葉は届かなかったようだ。
王と王子とーーーー父親と息子と。
父親としての言葉は、随分前から届かなくなっていたが。
国王としての判断は下した。
それでもーーーー。
隣室から聞こえるハルナイトの声が、フィリアナに会えないのかと騒ぎ立てている。
まるで子供の癇癪を起すハルナイトに、エドアルドは、それでも命を奪わねばならぬ事態に迄は、ならないで欲しいと願う。
エドアルドは案内役兼世話役の神官を呼ぶとディオンストム宛の手紙を渡す。
怪訝な顔をされたが、ディオンストム殿は承知してると言えば、納得した顔で引き受けてくれた。
エドアルドはもう一人の息子を思う。
僅かな望みに掛け、王太子は決めなかった。頑として首を縦には振らずに。それでも、もう駄目だろうか、と諦めかけた時、ガレールから来たのだーーー希望が。
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