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一章 女神と花冠の乙女

54 踊る者、踊らされる者

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夕闇の王宮に人を探して忙しく歩き回る足音が、目的の人物を見付けて駆け足のそれになる。

「父上、お待ち下さい!」

だが、父上と呼ばれた男ーーーアルディア王国の現国王、エドアルドはそのピンと伸びた背筋を見せるだけで、振り返りもせずに呼んだ声を拒絶する。

が、アルディア王国第一王子ーーーハルナイトはそれを受け入れずに足を早め、国王の前を塞ぐ。

「ーーー父上!」

息切れを整えようとしているのか、肩で呼吸をしているハルナイトをエドアルドは一瞥した後、黙ったまま目を閉じた。


ここは王宮ーーー政務を司る公の場。プライベートな場とは対局にある。
如何に血の繋がりがあろうとも、この場でエドアルドは国王であり、ハルナイトは王子の身分に過ぎない。


ーーーーいつからここまで愚かな者になったのか。決して出来の良いとは言えぬ息子ではあったが、まだ諫言を聞く耳は持っていた。


エドアルドは静かに息を吐くと、鋭い眼光を持ってハルナイトを見る。
それに一瞬怯んだ様子を見せたハルナイトだが、国王を呼び止めた非礼を詫もせずに、喚き出した。

「父上、これは一体どういう事ですか!?何故、これに第一王子と記載されているのですか?それに、王太子領のーーーー」

エドアルドは聞くに耐えず、手でハルナイトを制する。
王妃サイドがハルナイトを王太子扱いしているのは知っている。権勢を誇る王妃の実家であるブルモント公爵家を筆頭に。


ーーーーだが。

「それがどうした。其方は第一王子で間違いあるまい。レイティティアとの婚約破棄も許した。フィリアナとかいう子爵令嬢との婚約も許した。これ以上何を望むのだ」

王妃やブルモント公爵達に何を吹き込まれているのか、この息子にはその先にあるものは見えていないらしい。
傀儡としてよく踊るを見るは、さぞかし笑いが止まらないだろう。

「王妃に何を言われたかは知らぬ。が、王位継承権を持つのはお前だけでは無い。今のお前は現国王の第一王子。それ以上でも以下でも無い」

「なっ!?アレクストは死んだと!ならば私が王太子である筈です!そうでしょう?父上!」

ーーーーアレクストは死んだ。

と、ハルナイトは言ったが、己が何を言ってしまったのかもわからないらしい。
傀儡も満足に出来ぬとは、ブルモント公爵も計算外だろう。

「継承権を持っているのはアレクストだけではない。それにお前はいつから王太子になったのか。立太子の義を承諾した覚えも、行った覚えも無いが」

「ですが、父上、父上は好きにしろと仰ったではありませんか!」

「レイティティアとの婚約破棄とあの娘との婚約の事だろう」

「フィリアナは花冠の乙女ですよ!?私の妃となるのですよ?王太子妃に相応しく!」

「いつ、決まったのだ?その乙女とやらが。大神殿ではまだ儀式はおろか、舞姫も揃っておらぬと言うに」

フィリアナがなるに決まっていると、尚も食い下がるハルナイトに、エドアルドは言葉に出来ぬ陰りを抱く。
諦念、絶望、そして罪悪感。渦巻くそれらを飲み込み、エドアルドは胸中で一つの決断を下した。

「ーーーーもういい、下がれ」

有無を言わせずに冷たく言い放つ。
しぶしぶと引き下がるハルナイトの足は、後宮へと向かうのだろう。

花冠の乙女だから王太子の妃として相応しいのか、花冠の乙女を妃とするから、自らが王太子に相応しいと言うのか。

「ーーーーそれがどうしたと言うのだ。王太子に相応しき資質とは関係あるまい」

忘れてしまったのか、わからなくなってしまったのか。エドアルドは悲しみを堪える様に一度キツく目を閉じると、再び歩き出した。









####





ガヤガヤと中庭が五月蝿い。はしゃいだ声と、それに合わせて笑う男の声が、ここまで響く。
フィリアナが反省室へと入れられて四日、大神殿に近い国々からの舞姫達が次々と到着し、それぞれ親睦を深めているのか、何れも大層見目の良い護衛の聖騎士を連れて庭の散策をしている。

(ーーーー気に入らないわ。あたしにはクズを充てがったクセに)

フィリアナの担当となった聖騎士は、決して醜い訳では無い。むしろ、世間一般的には格好いいがいい、イケメンと呼ばれるだろう容姿の持ち主だ。ただ、体格の良さ、精悍さと生真面目さが全面に出ていて、人形の様な麗しい美形とはタイプが異なる。

頭の硬い尼僧達さえ居なければ、フィリアナは今頃、美形の騎士達に傅かれていたに違いないのに、と胸内で毒づく。

(反省するフリでも何でもして、さっさとこんな所から出ないとね。しなきゃならない反省なんてないけど、あたしが若くて綺麗だから嫉妬してるんでしょ、酷い嫌がらせだわ)

反省室とは言っても、貴族が使う事を想定されているので室内は広く、調度品も年頃の娘が使う華やかさは無くても皆高級品だ。
呼べば世話役の巫女が来るし、バスルームも時間は決められているが、使える。
ここに来た当初に案内された部屋と余り変わりはない。外側からしか鍵が掛からない事を除けば。

忌々しいが今は大人しくするしか無い。

誰が降臨するのかを確認する為に、神域をウロウロしてようやく時空神に会えたというのに、あの尼僧長の所為で台無しになっってしまったのだ。
せっかくだし、今から寵愛を受けるのも悪くないと、腕の中に飛び込み、態々感動の再開を演出したのに。
嫌がらせが常に付きまとうのは、ヒロインの宿命だけれど、腹が立つ事に変わりは無い。

(でも、時空神様のルートに入っているのは間違い無いわ。あたしをこっそり見に来てたんだもの)

自分を見に来たのだから、またきっと来る。その時に会いに行けばいいのだ。
時空神にはフィリアナが何者であるかがわかっただろう。

(今度は邪魔させないんだから)




時空神がこっそりフィリアナを【視に】来たのは間違い無い。が、ロウの専属女官に扮したメイフィアをアーチまで迎えに行ったのが9割九部で、その残りだった事を知らぬは本人のみである事を、フィリアナは知らない。



フィリアナは窓辺で微笑む。その様はまるで夢見る乙女だ。

当日が楽しみならない。全てはフィリアナの思う通りに。そうでなければ、時空神は今時分、大神殿に降りたりしないだろう。


「待っていて、もう直ぐだから」

女神の身体ーーーー私の身体を取り戻すの。


この時、廊下側の鏡が光った事に、フィリアナは全く気が付かなかった。





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