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一章 女神と花冠の乙女

53 迷子の迷子の

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「忌み地に魔女の気配は無かった。死の谷にもな」

擦り切れて、消滅寸前の魂ごとフィリアナに取り込まれたんだろうと。どこか疲れた感じでラインハルトが溜息を付いた。
スーツにネクタイしてたら、飲み会に行きたくない若手リーマンに見えるかも知れない。
そう言えば、サロンに遅れてきた事があったっけ。あの時、ラインハルトは忌み地へ行ってたんだね。

「同じ願いを夢を見る者同士、共鳴でもしたのか、あるいは引き寄せられたか。あの娘単体でも、いずれは魔女になっていたかもしれんな。それに、同化したと言うなら、フィアちゃんには敏感に反応しそうだ」

カーク兄様って、脳筋に見えて実は違うの!?なんか言ってる事が頭脳派っぽいんですが。

「フィアちゃん、兄様泣いていい?」

あ、声に出てましたか。
だって、カーク兄様って、体育会系の明るさというか、暑くーーー熱さと言うか、そう、情熱的!?熱血漢?に見えるし!

「フィア、気にする事は無い。本当の事だ」

それから暫くはカーク兄様が拗ねてしまって、機嫌を直してもらうのに大変でした。

ーーー主にわたしが。

機嫌を直してもらう為に、何故かカーク兄様の膝の間に座って、カットされたフルーツを食べている私はふとある事を思い出した。

「そう言えば、フィリアナの魂ってどうなったんだろう?あ、入れ代わる前の、本人の!」

ずっと気にはなっていたんだけど、聞くタイミングが中々無かったんだよね。

「それなら俺に心当たりがあるよ。前にさ、紅梅の子に呼ばれて天界に戻ったんだけどさ、ほら技芸神を呼んだ時ね。紅梅が迷子の魂を保護してたんだ。保護したはいいけど、その迷子、泣き疲れて眠ってしまって、ずっと起きなかったらしいんだよね。多分その子じゃないかな」

あ、バンジーの前にそんな事があった気がする。ちょっと【上に】行ってくるって、消えた時だ。

「で、その迷子が起きたんだけど、自分が誰かもわからないと。綺麗な魂なのに、行くべき道も見えなくて、紅梅が困り果てて、俺を頼って天界に来たのはいいけど、不在だったからね」

それで、呼ばれて天界に行ったんだね。
もしかして、その迷子が本当のフィリアナかな。

「魂だけでも保護されていたか。その魂が本当のフィリアナならば、殺されたに等しいからな。魂に傷が付き、怨みが残ってしまった場合、最悪悪霊になる事もあるんだ」

ラインハルトはホッとしたような、でも眉を下げて少し悲しそな、憐憫を滲ませた。

「経緯を考えればーーー悪霊にならずに済んだと、素直に喜べはしませんが」

悪霊にならずに済んだのは、精霊が保護したからかな?
フロース曰く、保護した紅梅は古木らしく、上級の精霊だったそうで、上手く宥めてくれたんだろうとの事。
ずっと眠っていたのも、忘れる為だったのかも知れない。

ラインハルトもロウも、そっと目を閉じた。私も目を閉じて祈る。

「大丈夫、魂と本来紐付いている肉体が違うけど大地母神様がちゃんと訂正してくれるよっーーーーって、ああああッ!」

「ーーーーえ!?どうしたの?」

穏やかに話していたフロースが、顔を青くしながら途中で立ち上がり、叫んだ。

「ごめん、ロウ、ラインハルト。俺すっかり忘れてた。大地母神様にさ、言われたんだよ。迷子の魂を送って行ったときに。側近の二人にさ、幻華宮殿に参るようにって」

フロースの言葉が終わるや否や、二人ともガタッと素早く立ち上がった。何時ものような余裕も優雅さも無い。

「「ーーーーフロース!」」

地を這うような、とはこう言う声なのかも知れないと、私は一つ学習した。

「ごめんって!俺も一緒に行くから!」

フロースも慌て立ち上がると、手のひらを顔の前で合わせ、二人に必死に謝っている。
ラインハルトのこめかみに、ちょっと青筋が見えるし。

「当たり前だろう。フィア、食事が終わったらメルガルドが天界から戻るのを待って、先に帰っていろ。カリン、チュウ吉、後は頼んだ。それから、カークはフィアに構って欲しくて拗ねている振りをしてるだけだぞ」

ええ!?そうなの?私は背後のカーク兄様を振り仰いで見た。
目が泳いでますよ、兄様。

「兄様だって、凄く心配したんだよ、フィアちゃん。少しは兄様に癒やしをくてれも良いと思うんだ」

私からマイナスイオンでも出てるの?
でも心配させてしまったのはごめんなさい。そう、思いを込めて、カーク兄様の手をぎゅっと握る。
すると、お返しとばかりにカーク兄様が頬を寄せて頬ずりするからちょっと痛かった。

「ディオンストム、フィリアナの報告は頼みましたよ。逐一の報告を」

「ーーーーお任せを」

ロウにそう言われて、ディオンストムは泰然として優雅に腰を折る。
カーク兄様は私をギュムリと抱き締めて、「行ってらっしゃい!」まで言った所で、ラインハルトに頭をガシっと掴まれた。

「何を言っている、お前も行くぞ」

ラインハルトがそう言ったが最後、一瞬で四人が室から消えた。
ええええーーーー!?っとカーク兄様のエコーの掛かった声を残して。



「行っちゃったね」

ポカンとしていても仕方がないので、座り心地の良いソファーに座り直す。隣はカリンだ。うん、やっぱりカリンは落ち着くなぁ。

「ね、幻華宮殿って、もしかして冥界にいる大地のお母様のお住い?」

「はい。大地母神様の居城でございます。常闇にありながらも大層幻想的で美しいとお聞きしておりますよ。さあ姫様、もう少し召しませ」

そう言ってディオンストムが小さく切り分けてくれたのは、白身の魚を蒸した物だ。
パンに乗せて、オレンジのソースを掛けてある。

「んん、美味しい!」

あっさりしている白身の魚は塩気も程よく、オレンジの酸味がアクセントになっている。

「カリンもチュウ吉先生も、このお魚美味しいよ、食べてみて」

「あ、本当だ。この魚はなに?」
「うむ、美味じゃの」

ディオンストムがお気に召して頂いて何よりですって、目を細めて上品に微笑む。

「この魚はわたくしが、今朝仕留めて参りました。ホワイトサーモンと言う魚です」

それからカリンが気に入って、何処で釣れるのか色々と聞いていたけど、話しているうちにいつの間にか大神殿の大きさや、建物の名称、宮殿の位置やその広大さの所為で、転移の魔法陣があちらこちらと設置されている事など、面白おかしく話してくれて、魚の事をはぐらかされたと気が付いたのは、公爵家の離れに帰ってからだった。


「「「ホワイトサーモンの事を聞くの忘れた!」」」


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