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一章 女神と花冠の乙女

48 燃えるもの萌えないもの

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「フィーちゃん!兄様が来たぞ!大変だったろう?もーう大丈夫だからな!やっぱり燃やしてしまおうな、人の世なんてろくでもないんだから!兄様に任せろ!」

ええええ!?ちょっ、燃やすって、駄目ですよカーク兄様、そしてギュムリと抱き締められている私は、ご立派な大胸筋で窒息します。

そう、大神殿で火の神、カーク兄様と再会した私は冒頭一番街でギュムリの刑に処されたのだ。
良く日に焼けた小麦色の肌、切れ長の目はトパーズの瞳、燃え盛る炎の様な髪。
精悍な美貌は、明るく屈託の無い笑顔で彩っていて、露出の多い衣装が筋肉質の身体に良く似合っていた。
記憶には無いけど、イメージ通りで体操のおにいさんとか出来そうな、面倒見が良さそうな、ムキムキのいかにもお兄ちゃん!って感じ。
ーーーなんだけど、人の話を聞かなそうな気がする。
現に、モゴモゴと、苦しいと訴えて、ペシペシと立派な胸を叩いていたんだけど、全く気付いてもらえなかったし。

「そこまで。フィアが苦しそうだ」

溜息混じりに、ラインハルトが引き剥がしてくれなかったら確実に天へと召されるところだったよ。

とにかく、大神殿でのカーク兄様との出会いも強烈でした。




「それで?刻印持ちの遺体だって?」

私に、人の世を燃やしちゃいけませんって怒られて、ガシガシと髪を掻きながら、カーク兄様が聖別された布地に巻かれた棺を見る。
真っ白な一室。調度品も無ければ壁掛けのランプすら無い。本当に白い箱の中に居る感じだ。そこにポツンとある棺。
棺が置かれた床にはロウが念の為、と言って、複雑な魔法陣を描いていたが、それも白く光っているので、真っ白な【空間】に浮かんでいる錯覚さえしてくる。

カーク兄様は、ラインハルトと眼差しを交わすと、ロウに結界を張るようにと言って、棺に近付く。

ラインハルトはロウの側に行くと、矢継ぎ早に指示を出した。

「カリン、チュウ吉、念の為、フィアの周りに防護の結界を張れ。ポポはフィアから離れるな。カークが本気を出すかも知れない。俺はロウの補佐に回る。フロース、この区画一帯は任せる」

全員が頷いて返事をしたのを確認して、カーク兄様が勢い良く手を振り下げた。



まぶたの裏に雷が落ちたのかと思う程の光。法則を無視した熱量が結界の中で暴風と炎嵐が渦を巻いている。

ただでさえ白い部屋が、更に白い光に満たされる。
強烈な閃光。圧倒的な聖なる炎が木材で出来た棺に襲いかかった。


すると、半球状のドームの中で青味がかった砂金の様な光が、迸ったカーク兄様の浄めの炎からキラキラと溢れてくる。
ラインハルトは、手を伸ばしてそれを手のひらに集めているようだ。
やがて、その青味がかった光は無くなり、ラインハルトの手のひらには真珠程の小さな玉が出来上がっていた。

「カーク、取り除けた。もういいぞ。跡形も無く、頼む」


そこからは一瞬の出来事だった。
もうこれ以上眩くはならないだろうと思っていた室内は、カッと瞬くと、結界ドーム内の空気の密度がぎゅっと圧縮された後に、それは急激に緩み、霧散した。

後に残るはロウの描いた魔法陣のみで、その上に確かに置かれた棺は形も影も、あっただろう形跡も無かった。

「やはり、神の炎は凄いのぅ。我らとは桁が違う」

「桁が違うのは事実だが、カリンの炎でも燃えなかった理由はこれだ」

そう言って、麗しい顔容を僅かに綻ばせたラインハルトが、手のひらの上に乗った小さな玉を見せてくれた。青いフィアリスの花の上にある朝露みたいだ。

「フィアの力ーーー残り香の様なもだがな。お前の炎が効かないと聞いた時に、もしかしてと思ってな」

私の力なんだ、と意識した時、そのキラキラ光る玉は私の胸に吸い込まれていった。

胸の辺りが熱い。それが血管を通して全身に広がっていく。
それが収まると、脳裏に天界の景色が広がる。

「あれは、私の宮?」

広大と言える庭、外れには様々な果物が生り、薔薇の生垣は迷路だろうか。
整い過ぎず、乱雑にならず、この庭を歩くのはさぞかし楽しいだろう。

「果物はフィーが好きだから、皆がこぞって集めたら、果樹園になちゃったんだよね。庭の花は俺が。迷路はラインハルトとロウが。裏庭のブランコや滑り台は鍛冶の神と、植物の神ーーー俺の父上ね、他にも色々と皆が造ってくれたよ」

ああ、そうだったかも。
白亜の宮殿、朝焼けを映す湖、夕闇に染まる庭は、花々が星光の欠片を受け止める。
ーーーその星光の欠片が朝露と混ざって結晶になるんだった。


「ーーーうん。ほんの少しだけ思い出した」

切なくなる、懐かしさ。

「僕も見てみたいな」

カリンが笑うと、チュウ吉先生が頭の上に乗った。

「皆んなで帰ろうね、絶対に」

「その為には頑張らないといけませんね、フィア様」

ロウの片眼鏡がキラリンと光った。

そして私は今日もウロウロするのであった。






「フィアちゃん、頑張れ!兄様は応援してるぞーーー!フィアちゃんはやっぱりかわいいな!チョコチョコ歩いてウロウロして、なんか萌える!」

カーク兄様の大声が廊下に響く。反響が凄くてここまで届く。
恥ずかしい事は言わないで下さいね!?
薔薇のアーチから舞殿まではクリアした。
先にこちらを攻略したのは、そろそろ近場の国からは舞姫達が到着するからで、無用な出会いを避ける為でもある。

今はアーチから、神の控える室までの道程の往復だ。

ディオンストムが最初は一緒に歩いてくれていたのだけれど、レガシア神官に捕まって泣く泣く戻って行きました。ごめんねレガシア神官。

繰り返している内に何となく分かってはきたけど、まだ迷わずに、とはいかなくて、何日もかける事になってしまった。

そんなある日、甲高い、耳障りな声が、控えの間にまで聞こえてきた。

「この声ってーーーもしかして?」

聞き覚えのあるーーーこの声はそう、フィリアナだ。

「フィーはここにいて、絶対に動かないでね。この部屋には絶対入れないから」

フロースがディオンストムに目配せをすると、心得たのか、何やら険しい顔で隣の部屋から廊下へと出ていく。

カーク兄様が炎のリングを宙に作り、覗きの水鏡ならぬ、火の鏡で、騒ぎを映しだした。

「カーク、見ても不快になるだけだぞ」

ロウが賛同して深く頷いている。

「まぁまぁ。見ても腐るもんじゃ無いだろう?」

俺は止めたぞ、とラインハルトは私を抱き上げると、片腕に乗せて火の鏡からは遠ざかる。
ロウがそれに続くと、カーク兄様は肩を竦めた。
因みにカリンは、流石噂好きの本領発揮か、カーク兄様の隣で鏡を覗いている。
チュウ吉先生はお昼寝で忙しいらしい。

暫く覗いてた兄様だけど、目を開いて、驚いていた。

「何だ、アレは。妄想激しくないかい?というか、全然萌えないな、あの子。燃やしてもいいかな?」

ラインハルトが一瞬頷きかけたのを、私が慌てて止める。

「あの子が私の記憶を持ってるから!色々と取り込んじゃってるから!燃やすのは駄目ですって、兄様!」

何の理由で燃やそうとしてるんですか、兄様。駄目ですって。

「魔女が関わっているならーーーうん、イケそう?ギリギリ?あ、だめか?」

兄様、思い止まってくれた?
そこ、ラインハルト、舌打ちしないで?

「仕方がないな。我慢するとしよう。カーク、あの娘、アルディアから来たにしては到着が早いと思わないか?どうせ精霊を使ったのだろうが」

出発したのが、馬車ですれ違った翌日。うん、早いよねぇ。
んん?カーク兄様、月餅を齧ってて返事が出来ないでいる。


ジッと見ていたらカリンが、カーク兄様の代わりに答えてくれた。

「アー、精霊が力を貸してくれたとか言ってるよ、あの子。ウワァー。フロース様すっごく嫌な顔してるのに、気が付かないって凄くない?」

カリンの顔が苦いって言ってるし。

「自分の部屋に行こうとして、迷ったって、ベタな言い訳だなぁ?んーやっぱり萌えないな!」

カーク兄様の燃える?萌える?基準はよくわからないけれど、フィリアナは何をしにここまで来たのかな。

戻って来たフロース曰く、どの神が降臨するのかを知りたかったんじゃないかって。
神殿に仕える人達は知っているけど、他言無用だもんね。聞き出せないから直に探りに来たんだろうな。


「アーチからここまでは入って来られない様にしてあった筈だけどね、フィーの力を持ってるからかな、効きが弱かったみたい」


「かけ直しておきます」


宜しくお願いします。バッタリ突然の出会いなんて、トキメキいらないですから!


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