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一章 女神と花冠の乙女

46 大神殿迷路攻略 後

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 小腹が満たされた私は、結界が張られた室を出て、ロウと一緒に舞台裏までの廊下を歩く。

 本当にどこもかしこも白一色で、目印一つ無い。
 同じ模様がどこから見ても同じ向きで、目を瞑ったら何方から歩いて来たのかも、わからなくなる。

「ここは大神殿でも一番の奥宮。奥へ行けば行く程、迷い易くなるように入組んで造ってあるのですよ。遠近法や錯覚をも利用してますし。丁度ここの道が分岐になっていて、この先から、私達が居た室迄は、一位の神官以上でないと入れません」

 ロウの指差した所には、既に何度か潜った覚えのある、大理石で蔓薔薇を象ったアーチがあった。

 私、もしかして、少し迷ったんじゃなくて、かなり迷っていたんじゃーーー。ちょっと汗が出たわ。

「ここから、舞殿まではわりと簡単ですよ。札はちゃんと持っていますね?何かあれば直ぐに札を使って戻って来て下さい」

 繋いでいた手が優しく離れる。
 それがまるで「行っておいで」と言われてるようで。心細さと、待っていてくれる安心感が同時に胸に迫る。
 だから私はロウに言ったのだ。努めて明るく。

「行ってきます!」

「はい、行ってらっしゃいませ」

にこやかに手を振ってくれるロウを背に、私は気合いを入れて、意気揚々とこの迷路の攻略に立ち向かった。






 のに。ーーーおかしい。一向に舞殿が見えてこないのだ。
 茶器を持っていた時の倍は歩いてる感覚なんだけどな。ソロソロ見えてこない?
ーーーうん、白い壁だった。

 口頭で伝えられた通りの順番で曲っている筈なんだけどな。
 まさか、これが巷で噂の、考えるな感じろ!ってやつでしょうか。どこの巷かはわからないけど。
とりあえず試してみてもいいなんじゃないだろうか。こう、アニメ的な展開があるかもしれないし!
 
目を瞑って人差し指を額に当てる。

「ーーーーーー•••」

ーーーすみません、試しにやってみても何も感じませんでした。
 どこまでも真っ白な壁が憎いぜ。
それとも、ポーズが違うとか?


 そんな風に独り言を言いながら、幾度目かの角を曲がると、老齢のエルフが大きな窓辺にゆったりとした雰囲気で佇んでいた。

「おや、これはまた可愛らしい小鳥が迷い込んで来ましたね」

 私の気配に気が付いたその人は、皺のある目元を和ませて、微笑む。
 見た事の無い神官服だけど、皺も隙も無い着こなしが、齢を重ねた落ち着きと相俟って何とも魅力的に見える。
 しかも小鳥ときたもんだ。
 艶のある声がまた甘く響くもんだから、おじいちゃんと言える外見なのに、ちょっと、ときめいてしまった。

 おまけに、さぁお手をどうぞ、なんて美声を聞かせながら手を差し出してくるんだもん、思わず手を取ってしまいましたよ。

 老齢で、皺があってもその顔は美しく、若い時はさぞかしと思わせる。
 極自然なエスコートも見事で、いつの間にか、一緒に歩いていたんだよね。不思議。

 おそらく、いや絶対に神官なんだろうけど、迷わずに進むその足は、慣れた人のそれだ。目を瞑っても目的地まで辿り付けそうな気がする。
 この時の私は、不思議とこの神官が舞殿へ向かっている事を疑わなかった。

 エスコートされて、舞殿には直ぐに着いた。どうやら私は後一歩の所でグルグルしていたらしい。

「ああ、もう着いてしまいました。残念な事です。せっかくの可愛らしい方との時間が終わってしまいましたね」

 くぅーーーっ!色男ぶりが凄い!
 おじいちゃんなのに、ドキドキしてしまう。

「あの、ありがとございました。迷っていたので、とても感謝しています」

 すると、おじいちゃん神官の優しい眼差しの中に、悲しみが宿った気がして、私が何か失礼をしてしまったのかと焦る。
 今の私はロウ付きの女官だし、何かあればロウに責任が掛かってしまう。

 そこに落ち着いた声音が降ってくる。

「覚えていらっしゃらないと、聞いてはおりましたがーーー姫様、お久しゅう御座います。いえ、今の貴女様からみれば初めまして、なのでしょう。わたくしはこの大神殿を預かる者、ディオンストムと申します」

 そしてディオンストムと名乗った神官は優雅に膝を付き、私に対して深々と頭を下げた。

 ーーーちょっと待って!?

 大神殿を預かる者って言ったよね、今。それって、まさか。

 ーーー大神官の事じゃないの!?

 以前の私を知っている。その事実に申し訳なさが胸へと押し寄せる。

 でも今は、とにかく立ってもらわなきゃ!誰かに見られたら大変だもの。

「あの、立って下さい。今の私は女官なんです、ロウの専属で。ですからーーー」

 私はディオンストムを立たせようと、手を取った。
すると、ディオンストムは一度私の手を額に推し抱くと、神官服の長衣を優雅に捌き、老齢をまるで感じさずに立ち上がった。
その姿が凛とした百合のようで、所作の一々にドキドキしてしまう。
 
でも、素直に立ってくれて良かった。

「この舞殿一帯は、先程より、人の出入りを禁じました。誰かに見られる心配はございません」

 ただ、どうしても自分の目で、耳で、確認がしたかったのだそうだ。

「覚えてなくてごめんなさい」

 取ったままだった手をディオンストムが優しくトントンと叩く。

「いいえ、わたくしの方こそ、責めるような言い方になってしまいました。お許しを。寂しく感じるのは確かですが、取り戻す為に頑張って下さっているのですから。わたくしも、お側におります事をお許し下さい。姫様」

 こうして私はディオンストムと一緒にウロウロするのであった。

 ディオンストムが仲間になった!
 ーーーは良いんだけど、お仕事は大丈夫なのかな?


「ああ、レガシアに押しつーーー任せてあるのですよ。心配は要りません」

 え、ディオンストム、今押しつけてって言おうとしたよね?いいの?本当に大丈夫なのかな。

 私はそっとレガシアさんに心の中で謝っておいた。
 会ったらキチンとお礼をしようと思う。




 ディオンストムと一緒にロウの待つ薔薇のアーチの所へと戻ると、予想していたのか、ロウの表情は苦笑いを乗せている。

「姫様がこの大神殿にて迷われた折は、こうしてお迎えに上がるのが、わたくしの役目でございますゆえ」

ーーー昔、昔からの約束。こればかりは、どなたであろうとも、譲れません。

私を見たディオンストムは切れ長だった目尻を僅かに下げると、甘やかな雰囲気が出る。
ディープブルーの瞳が蕩けそうだ。

なんだかソワソワしてしまう。
何を言ってよいやらモジモジしていたら、ディオンストムの目が真剣味を帯びて輝いた。

「さぁ、姫様。この薔薇のアーチから舞殿までは今日中に覚えてしまいましょう。このアーチの向こうは一位の神官以上じゃないと入れませんが、舞殿の周りは『うっかり』入ってきてしまう者もおりましょうから」

あれ?今、ディオンストムの瞳がロウの片眼鏡よりも早く光った?気のせいかな。
こうして私はひたすら迷路の様な廊下を、歩き続ける事となったのである。


迷路の攻略はどうなったかって?
勿論、完璧にーーーええと、少しだけ迷うけど、無事に辿り着けるようになりましたとも。
薔薇のアーチの向こう側だけは。


大神殿の白い宮殿が夕焼け色に染まる頃、私達はディオンストムに次の約束をしてからガレール領へと帰る。

「ディオンストムにお菓子貰っちゃった」

きっとお好きな味だと思いますよ、って、袖口から取り出した小さな赤い巾着袋。何が入ってるのか楽しみ!

機嫌の良い私にちょっと呆れ気味にロウが溜息を付いた。

「まったく。フィア様、ディオンストムだったから良かったものの。知らない人に付いて行ってはいけない事は、幼子でも分かるでしょうに」

でも神官服だったし、気品あるおじいちゃんだったし、何となく懐かしさがあったというか•••••形容し難い雰囲気があってーーーとか色々と言い訳が頭の中に出てくる私だったけど、ロウの片眼鏡がキラリンっとしたので素直に謝る。

「ごめんなさい」

諭す様な、優しい言い方の裏にある圧が増す。

「お菓子を上げるからと言われても、付いて行ってはいけませんよ?」

五歳児に言い聞かせるお小言に、ちょっとだけ、そんな事しないもん!と反発心が湧くけど、お説教モードのロウには逆らえず、神妙に頷く私であった。


そんなこんなで、ロウと公爵邸の離れに戻ると、エントラスがざわめいている。
ティティが身振り手振りで何かを訴えようとしているのが分かる。
興奮から顔を赤くも青くもしていて、言いたい事が飽和状態になってしまい、出口が詰まっている感じだ。

「落ち着いて、レイティティア。俺達はちゃんと聞くから」

フロースの宥める声がして、メルガルドが水を差し出す。

私とロウは、今出ていくのは不味いだろうと、柱の陰にそっと潜む。

「死の谷の、アルゴト山脈にある、翡翠の採掘場、昔崩落を起こして忌み地と繋がってしまった、あの、同じ場所なのですが、唯一、辛うじて塞いでいる大岩が、ヒビが入っていると、今ガレールの騎士団長からーーー私、ゲームの映像が、あったの思い出してーーー」

何とか言葉にしてくれた、その内容に戦慄する。
ゲームの映像にあったと言うことは、シナリオに一致する場面が増える、もしくはこれから増える可能性がある、と言うことだからだ。

私は初夏の風が冷たく感じて仕方が無かった。






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