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一章 女神と花冠の乙女

43 許されざる者の刻印

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公爵家の離れに戻ると、メルガルド、公爵、トリスタン、アルブレフトが揃って出迎えてくれた。セバスチャンも後方で控えていて、その後ろに公爵家の使用人、メルガルドの後ろに精霊メイド達だ。
なんだか、こそばゆい。
ラインハルト達は慣れたもので、労りの言葉を掛けると堂々と屋敷に入って行こうとする。
右手が引かれて私はタタラを踏んだ。
ちょっと待ってほしい。私は公爵達に話があるのだ。だってお世話になってるし、色々動いてくれているのだから、一度きちんとお礼が言いたい。
サロンに入ってしまうと、会議モードになりそうだし、機会を逃がすとまた言えなくなると思うから。

「ラインハルトちょっと待って、公爵さーー公爵、顔を上げて下さい」

危ない、うっかり公爵様って言うところだった。
皆も足を止めて、私を見る。え、そんなに見なくてもいいよ!?

「あの、ーーーティティのお父様、お世話になってます。離れを貸して下さって、どうもありがとう。それから、こちらの都合でも方々へ動いて下さってーーー感謝します」

神様口調やろうとしてーーー話して分かったのは、上から目線の言葉って難しくない!?
無理でした。思考だけならばいいけど、口に出して公爵!って、ちょっと言い辛い。ロウに苦笑いされているけど、慣れる時間が欲しいです。

公爵は一瞬目を驚きに開いたけど、直ぐに穏やかな笑みを浮かべた。
あ、なんかお友達のお父さん、って感じだ。

「こちらこそ、娘のレイティティアがお世話になっております。助けて頂いているのはこちらの方でもあるのですから、どうぞお気にやむことなく、自由にお寛ぎ下さい」

公爵はそう言って、また深々と頭を下げた。
娘の友達に語るように、それでも丁寧に、簡素に纏められ言葉には優しさがが滲んでいて、下げた頭の所為で表情はわからないけど、きっと穏やかで優しい顔をしてるんだろうな。

「ありがとう。トリスタンも、アルブレフトも」

後ろの二人にも声を掛けると、トリスタンの肩から契約妖精の、確かーーーそう、シャーリンだ。
が、ヒョコっと顔を出して、ペコリとお辞儀をしたのが可愛かった。




歩き慣れた廊下をメルガルドを追い掛ける形で歩く。途中でアレコレと精霊に指示を出しながら、お茶や焼き菓子の用意も忘れていない。

私はハッとする。公爵家が買ってくれているんだよね?お茶菓子とか諸々。
生活費ってどうしてるの!?

「める、メルーーーメルガルド!」

公爵は自由にお寛ぎ下さいって言ってたけど、感覚庶民の抜けてない私からみればこれって大変な事じゃない!?
こんなにも大所帯で、押しかけてるんだし。

「ね、私達の生活費ってどうなってるの!?流石にここまで公爵家にお世話になっておきながら、何も無いって事は無いよね!?」

メルガルドはちゃんと渡していると言ってたけど、お金じゃないって、一体何を!?
え、聖霊玉?何それ、美味しいの?
って言ったら、公爵が笑いを堪えているのか、トリスタンもアルブレフトも、ティティまでプルプルしていた。
そんなに笑わなくても。

あれ、ーーーーーンン!?お金って言えば。


「そうだっ!ああ!!そう言えばカリン、私達のお給金って、今、どうなってるのかしら!?」

銀行に預けてある分とかーーーもしかして差し押さえとかなってない!?
私達って脱獄したんだよね!?
そんな事になってたら、可能性大だけど、あ、なんか泣けてきた。
ちまちまと貯めてきた私のお金。
成人したら、後宮出てギフト使ってのんびりと暮らすんだって思ってた頃のーーー。

お母さん私、泣きそうです。遠い所に来てしまったなぁ。

なんて嘆いていたら、アルブレフトが調べてくれるって。うう、良い人だ!






サロンに入ると、セバスチャンがランプを灯す。ホワンと結界が壁に吸い込まれるのを確認してからロウが口を開いた。無礼講で、って。

隣の部屋の扉からモリヤがワゴンを押して入ってきた。映写機みたいなものが乗っている。それからA4サイズくらいの鏡?だ。ひょっとしてプロジェクターとして使うのかな。
セバスチャンに手伝ってもらいながらテーブルの上にセットしていく様子からはとても元気そうで安心した。



公爵の報告はフィリアナが産まれてからの軌跡を辿ったもので、カタルからガレールへ来た時までの異変は特筆すべきは無かったそうだ。
問題なのが、ガレールからカタルへと戻る時。
バルサ湖の上、中流域にある村。ここ、公爵邸がある領都からは村二つ離れた、薬神も祀られる神殿がある所で、フィリアナが事件に巻き込まれた痕跡があると、公爵は話す。
ただ、記録には残っていないとも。

この村で村長の孫娘が川で溺れ亡くなった。
この事件が起こった時期とフィリアナがカタルへと帰る途中でここへ寄った時期が重なるんだって。

「村長の孫娘が溺れて亡くなったならば、役場に記録には残る筈だけど」

フロースと同じ疑問を私も持った。
フィリアナが巻き込まれたってどういう風にだろう?

公爵が疑問は最もだと言う風に頷いて、モリヤとセバスチャンがセットした機械へと皆の視線を誘導する。

「まずは、此方をご覧下さい。その村娘の遺体に顕れた刻印です。トリスタン水晶を」

水晶が光ると鏡のような板に映像が映される。
見たことのない図案がまだ子供の左の手ーーー手の甲に浮かび上がっていた。

「これは事件当時の記録ではなく、私達が記録として、写してきたものです」

じゃぁ最近!?フィリアナが五歳から七歳までガレールにいて、その後カタルに戻ったんだから、その事件からは少なくてもーーー数年は経ってる。
それなのに、遺体がやけに綺麗だ。まるでたった今息を引き取ったかのような。

「葬儀の為に神殿に運び込まれた際、浮かび上がったそうす。娘を柩に入れた時には無かったと。村長はーーーこの刻印の意味と名を知っていた神官長から、この印の意味を知らされ、孫娘の出生記録まで遡り抹消されました」

居なかった、産まれて居なかった事にされた、と言う事だ。
自然、事件も無かった事になる。

「フィリアナはこの孫娘が溺れた時に一緒にいたらしくーーーとは言っても、目撃証言から、フィリアナは孫娘に無理やり引っ張られていたとか。ですが、孫娘が川に落ちた瞬間を目撃した釣り人によれば、フィリアナは川辺にいた孫娘からは少し離れていたらしく、落ちた瞬間を見たのも、フィリアナが川辺に降りようと、掴まっていた枝が揺れて、先に降りていた孫娘が見えたからだそうです。丁度その時、足を滑らせて孫娘が川へ落ちた。釣り人が孫娘を救助した時には、既に事切れていたと言うことです」

私達は注意深く公爵達が手に入れた情報を頭に入れていく。
事切れた孫娘の側にいたフィリアナは泣きじゃくって、気を失ったそうだ。

「そして不思議な事に、この遺体は腐らないのです。この刻印の為に、神官長及び神官達がいくら遺体を燃やしても、聖火によって焼き清めようとしても、燃えることなく、腐乱すらしない。困り果てた神殿は、石の柩に収め、厳重に聖結界を施した後に、神殿の地下、奥深くに封印していたそうです」

そこで一旦公爵は言葉を切って、皆の顔を見た。

「神殿の神官長が、これは【許されざる者の刻印】だと」

その昔、災厄を呼び、一国を滅ぼすに至ったーーー魔女に刻まれた印。

神の怒りに触れ、業火に焼かれながらも怨嗟を吐き続け、呪詛を振り撒いた、魔女。

私は聞いたことも無い魔女が嘲笑うーーー薄気味悪い笑声が聞こえた気がして震えた。

「許されざる者の刻印って、もしかして御伽話に出てくる強欲の魔女のお話ですか?ーーー本当に?」

縋るような視線で父親に問うティティの手も、微かに震えている。

「あれは、御伽話では、無い」

そう言ったラインハルトの表情は硬い。

「あの時ーーー厄災の魔女に、その刻印を刻んだのが時空神様なのです」

ロウの言葉がサロンに重たく響いた。


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