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一章 女神と花冠の乙女

40 修行をしよう!3

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ーーー涙ながらの修行は続き。
 今はアルディア王国でも南の地方は初夏の陽気に包まれているであろう季節。
 北に位置するガレール領では、まだ初夏の花々は眠たげに蕾を硬く閉じている。
 私もシーツに硬く閉じ篭ってぬくぬくと朝の短い微睡みを堪能していた。

 ーーー筈だった。

 なんか首の下に枕にしては硬い感触があるんですが。
 私を硬く閉じ込めているのは肌触りの良いシーツじゃなくて、弾力のあるーーーそう、筋肉だった。
 逃げを打って、寝返りをしようとしたけど、ガッチリと抱き込まれて動けない。
 私はラインハルトの抱き枕よろしく大人しく抱っこされーーーるもんか!
 ゴソゴソジリジリと足の方へ移動を試みる。

 なんで!?昨日はキッチリしっかりと寝室の扉、施錠をしたよね?!これいかに?

 一昨日の夜までは寝室に施錠なんてしてなかったけど、朝になるといつもラインハルトがベッドにいるので(そして抱き枕になっている私)心臓を保護する為にも鍵を掛けて就寝したんだよね。
 もう本当に何度止まりかけたか!
 起き抜けの無防備で殺人級な色気がダダ漏れなんですよ、ラインハルトさん。
 カーテンの隙間から漏れた朝の光の中、ぼんやりとした明るさが白い肌を浮き上がらせて、艶のある髪がキラキラと頬に掛かる様子を見たら、子供は立入禁止の看板を立てたくなる。

 何と言うか、エロいのですよ。朝の爽やかさではなく、気怠い情事の後のような、意識が覚醒する時に、片目だけ先に薄く開く癖とかも、とろりとした蜜を零した雰囲気があって、嫌でも大人の男の人なんだと意識させられてしまう。
 恥ずかしいやら、なんやらで、正気を保っていられないので、寝室は侵入禁止にしたんだよね。

 ーーーーーーなのに何故?


 チュウ吉先生が見張り役をしてくれるっていつも言ってる割に侵入を許すなんて失格じゃないかな。うん、チェーンジって言いたい。

 あれ、そう言えば、チュウ吉先生はどこに!?
 腕から頭を抜け出して、首を何とか動かし、らしきものを探したけど、寝る前は確かに枕元の篭に居たのに、篭がーーー無いし。

 一体どこへ行ったの!?あ、テーブルに移動してるし。何故?!そして聞こえる、ぷすピーって鼾。

「ーーーん。フィア?」

 吐息混じりの甘さを含んだ掠れた声に、ドキリとする。
 眠気なんて一瞬でぶっ飛んだ。

 私は観念して起き上がる。なるべくラインハルトを視界に入れないよう、クルリと背を向ける。
 サラっとシーツが擦れた音を立てて、ベッドが僅かにラインハルトの動く振動を伝える。
 お腹に回された腕に抱き寄せられて、逃げようとジタバタする手前で私はハタと気付く。
 もしかして、逃げるから追い掛けたくなるのでは!?と。動くから反応するんだよ!
 そう、狩猟本能って奴だ。
 無心よ、無心。フィア、無心を心掛ければ良いのよ!そうすれば、ラインハルトもきっと大人しくするよね!

「おはよう、フィア」
「お、はよう?」

 無心だけど挨拶は大事だから一応の返事は返す。
 が、身体は後ろから抱き寄せられるままに、なすがままだ。無心、むしんーーー私は枕、そう、枕です。無機物デスよー。
 もう直ぐメルガルドがお茶を持って来てくれる、筈。それまで私は枕に徹する!

 そんな風に抵抗しないでいたら、髪や頬に、耳と首に、沢山のキスが降ってくる。

 唇が肌に触れる恥ずかしさで、プルプルしてくる私の身体は、ラインハルトに肩を甘噛みされた時点で限界を迎えた。

「うっきぃーーー!」

 すみません、ごめんなさい、枕になるのは無理でした。無機物難しいです。

 私の悲鳴で抱き込む腕が力を抜いたその一瞬、私は恥ずかしさのあまり、ベッドから立ち上がり、勢で天蓋から飛び出す。

「とーうっ!」

 薄物の帳から飛び出た私を迎えたのは爽やかな朝の光ではなく寝ぼけたフロースの声だった。

「んー、フィー起きたの?おはよう」

 あれ、フロースがベッドの足元の方から出てきたんだけど、なんで?
 確かにこのベッドは大の大人が五、六人は悠々と寝られそうな大きさだけれども。

 フロースが朝の挨拶と言いつつ、私の頬にキスをする。

「ーーー••••」

 どうしているのか。鍵はどうしたのかな!?

「あ、フィア、おはよう!」

 カリンまで出てきたよ。こちらもおはようのキスですか。そうですか。
 鍵の意味って何だろう。鍵よ、君の仕事は何かな。侵入を防ぐ為のものじゃないのか。
 上着を肩に羽織ってラインハルトが出て来た。目元に掛かる前髪をかきあげてないで、寝間着を着て?肩に羽織る位なら着よう?

「えーと。言いたいことは数あれど。取り敢えず、おはよう?」


 そして寝室の扉を確認したら、しっかり鍵は開いていた。

 ーーー解せぬ。



 騒がしいメルガルドが救いの神に見えた朝の仕度後に、食堂へ向かう廊下で、私は謎を解明すべく、事情聴取だ。

「だって、フィーってば放っておくと、あのジャージとやらか、トレーナーとか、スエット着ちゃうし、同じ部屋にいたら阻止出来るじゃないか」

 ぬ?ジャージや、トレーナー&スエットセットを馬鹿にしてはいけませんよ。
 機能性に優れ、伸縮性は抜群、乾きも早くて主婦の味方のトップランナーと言っても過言では無いのですよ。

 何よりも楽ちんじゃないか!
 ティティだって、最近はジャージでレッスンしてるんだから!

 ーーーじゃ無くて!

「どうしてベッドにいたのかなって。鍵は?掛かってたよね!?」

「フィアそれ本気で言ってる?僕は精霊だし、この二人は尚更ーーー鍵くらい動かせると思わない?」


「ーーーーーー••••言われてみればッ!じゃぁ、私は一体どうすれば!?」

「襲うわけでは無いのだから、構わないだろう?」

襲ってますよね?え、あれは襲っているうちに入らないんですか!?
 それから、構いますよ!構いますから!乙女の寝顔をなんと心得る!

「ーーーん?俺のもの」
「今更じゃない?フィアの寝顔なんて」
「フィーのは見慣れるからね」

 いやいや、寝室侵入禁止、したよね?

「「「承諾してない」」」

「私の安眠は!?」

 ぐっすり寝ていて全然起きなかったじゃないか、とのご意見に私は撃沈した。







 焼き立てのフワフワのパンにスクランブルエッグ、鶏肉のハーブソーセージを平らげ、ラインハルトが取り分けてくれたフルーツを食べる。
 平べったい桃で、皮が薄い。一口サイズに切ってあるけど、皮は剥かれておらず、そのまま食べるみたい。

「甘くて、すっごくジューシー!」

美味しいし物って幸せを運んでくれるよね。

幸せーって言うと、正面のロウが目を細めて私を見た。

「今日の果物は私が西大陸の市場で買ってきました。少し用事もありましたので。この蟠桃は果肉が白いですが、ジンライには黄色いものもあるんですよ。そう、ちょうど、ポポみたいな色ですね」

蟠桃って言うんだ、この桃。
夏の果物みたいだけど、南の方ではもう実が成っている所があったらしい。

「フィア様も市場へ行ってみますか?」

「良いの?凄く行きたいです!」

ずっと公爵家から出てないし、それに市場だよ?珍しい物とか、美味しい物とかも色々見てみたい!

「少し気分転換をと。フィア様の力の発動が中々安定しませんし」

ストレスは溜まっていないと思うんだけどな。
でも神力が安定しないのは本当だ。
全く発動しなくて、数秒後にいきなり出たりするんだよね。
かと思えば暴走する時もあって、不安定極まりなかったりする。

あっーーーまさか、ロウってば修行の一環で何かを企んでいたりしないよね?

「じゃぁ着替えるかい?ロウ、何処の国?」

「ここ、アルディアですよ。旅行ならもっと計画立てて、時間を作ってからでないと」

良いな、皆で行けたら楽しそう。
楽しみがあると頑張れそうだから、計画立てるのも良いかも。

「着替えはいいよ。このままで。動きやすいし」

動きやすいと言っても、ジャージではない。
中華風のファンタジーに出てきそうな女剣客みたいな衣装だ。腰に巻く兵児帯っぽい柔らかな刺繍帯が華やかで、可愛いし。
フロースがコーディネートしてくれたんだけど、帯の色と簪でちょっとラインハルトと揉めてたけどね。

それから、技芸神も行くと言うので、ティティも一緒に行く事になって、凄く楽しみだ。




ロウの片眼鏡がキランと光った事に 
ティティとはしゃいでいた私は気が付かなかった。












実はチュウ吉先生真夜中に攻防しております。

読んでいただきありがとうございました!
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