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一章 女神と花冠の乙女

30 フィリアナの力

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春の陽光が、ガラス越しにサロンをキラキラとまばゆい空間にしている。
良く磨かれた硝子に曇りは無く、朝の清々しさに品良く花瓶に生けられた花々が、一層色鮮やかに場を彩る。

サロンの中央には昨日までの応接セットではなく、やや楕円形の広々とした紫檀のテーブルと、同じ素材の猫脚椅子が存在を主張していた。

艷やかな手入の行き届いた机上は、鏡の様で、席に着くそれぞれを映す。
ロウの前には、濃紺の天鵞絨が敷かれた盆に、モリヤに持たせたペンダント、その隣にポポが小さなクッションの上に鎮座している。

「モリヤですが、少々力を使い過ぎたのでしょう。今は本体の酒盃に戻って休んでます。さて、皆が揃った所で始めましょうか」

席順は、時計回りにロウ、ラインハルト、フロース、カリン、私、ティティだ。チュウ吉先生は私の席にいる。ガレール公爵達は報告書をセバスチャンに預けると、蜻蛉返りにまた調査に赴いているらしい。

公爵達、ちゃんと休息取ってるのかな。後でセバスチャンに伝言をお願いしよう。動いてくれてとても助かるし有り難いけど、身体を壊したら大変だ。ブラック反対!
お礼はロウと相談しようと思う。

メルガルドはお茶の用意をしていて、セバスチャンは入り口の扉の横に控えている。その手にはランプ型の魔導具らしき物を持っていて、内側の蝋燭のような暖かみのある柔らかい灯りがホワっと揺れた。

途端、薄い膜の様なものがドーム型に広がる。
サロンの隅々まで行き届いたそれは、天上や壁に触れて、消えていく。

「防音、それから、スパイ避けだよ。そのランプは、妖精を使った壁耳行為も防ぐんだ」

私が不思議そうな顔をしていたのか、そう、フロースが教えてくれた。

そうか、妖精とか精霊って、姿消せたり出来るしね。勘のいい人は気が付くけど、用心するに越したことはない。

魔導具が作動してる事を確認したロウは、視線を、すっかり真っ黒なポポ助になってしまっている蒲公英妖精に向けて、指で突くとつぶやいた。

ロウの指先一つで空気の密度が変わる。スッと眼を眇めて、人差し指が淡く光った。



「起きなさい、ポポ。起きたら、ぺってしなさい、ぺって」


ーーーーーー••••。

凄い呪文を唱えると思っていたら、裏切られたでザマス。

ふるっと震えて、起きたらしいポポが、ミョーンと伸びたり縮んだりして、スライムみたいな動きをしている。

すると、ポポのモフ毛が黄色味を取り戻していく。元通りの黄色になった所で、一度大きく伸びをすると、ぺぺっと、黒っぽい石を吐き出した。

「触らない様に。これがあの娘ーーーフィリアナの魔力ですか•••ある程度の仮説は立てていましたが•••」

ポポちゃんが漸く私の所へと戻って来たよ。コロコロもっふりとして、癒やされる。
無事で本当に良かった。

「流石はどんな場所でも根付いてみせると言っただけの事はあるよねぇ。契約者以外の魔力吸い込んで、溜めてポイっと、だもん。やるじゃん、ポポ」

掃除機の宣伝みたいな言い方しないでほしかったよ、カリン。
でも驚きの吸引力ってやつなのかな。ポポちゃんはぺってした後は元気そうだ。

「その魔力、【聖属性】である月の波動を感じる。が、同時に邪属性の力も感じるな」

それまで黙っていたラインハルトが、黒い石を浮かせて触れずに観察しだした。

「【聖属性】の光と闇は属性を分けて考えがちだが、本来は表裏一体だ。大抵は光も闇も持っている。月の満ち欠けの様に、どちらがより多く持っているか、に過ぎない。但し、例外は存在する。満月と新月のようにな。コレの【聖属性】の魔力には満月ーーー光のみ、だ」

「それはわかるけど、【邪】はどうなってるのさ。地上じゃもう忘れ去られた属性だろ?アレは死者が持つものだ」

大地母神の腕に抱かれて眠るを拒み、浄化の泉で清められる事なく、守護を目的とせずに、妄執や執着によって現世にとどまった魂に宿る。それは更に負の感情を呼び込み増幅させる。
フロースは納得いかないと、眉を寄せる。

「身体の中の魔力が光、なんだ。そして、魂に宿ってるのが邪、だ。そう考えれば辻褄は合う」

「魂に宿る属性が、成長と共に身体にも根付いていくじゃないか。普通はさ。ラインハルトのその言い分だと、おかしく無い?」

「おかしくは、無い。ある程度まで成長した肉体ならば、魂の属性が根付いた後だろう。その芽は小さくとも。そこに違う魂が入り込んだらどうなる?」

ーーーそう、例えば死者の魂とかな。
ラインハルトがサラッと恐ろしい事を言う。

だってそれってーーー。

「肉体と魂の、それぞれの持ち主が違うって事?ああ、確かにそれならこの妙な捻れ具合は説明が付く」

皆それぞれ言葉も出ないのか、サロンに沈黙が流れる。
動いているのは、私から離れたチュウ吉先生だけだ。

「うむ、ロウ殿、強度はこの位で良かろうか?結界は得意だったとはいえ、まだまだ力は弱ったままじゃ。些か心配ではあるのぅ」

ロウは軽く頷くと、上出来ですと、ペンダントをチュウ吉先生の目の前に置いた。
すると、ペンダントが光の加減で波打って見え、宙に波紋を作りながら浮いていく。ある一点で浮きが止まると、ペンダントの中に閉じ込めたフィリアナの力が開放された。


吹き出したそれは、サロンに広がる事は無く、ピラミッドの形を取る。それはまるで、煙がクリスタルで出来た入れ物の中に閉じ込められているみたいだった。

その煙は色がいくつかあって、そのうちの一つは煌めいたブルー。例えるなら青いダイヤモンドダスト。
もう一つはポポが吸い込んだフィリアナの魔力によく似ている気配のモノで、黒っぽい。
最後は光通らぬ深海ーーー暗い深淵はこんな色なんじゃないかと思う色だ。
この中に入ったら、きっと正気ではいられないだろう、どこまでも続く穴のような、見ただけで底の無い暗闇に落ちていく、そんな黒。

ブルーの煌めきがその二つを覆うよう渦を巻きながら隠す。

「青い煌めきが女神の力。特に色が付いてる訳ではありませんでしたが、フィア様の記憶にはある一番馴染み深い色なんでしょう。それから、このポポが吐き出した石と同じ、フィリアナの魔力です。そして、最後、この悍ましい程の、まるで煉獄の更に深淵にあるという黒獄の炎の様な力。これはーーーギフトの力にも思えます。モリヤには感謝ですね。まさかここまでやってくれるとは」

まず、ギフトらしき力、これは、『入れ替える』ような?事ができるようだ。
何を、何と、どんなモノが出来るのかまでは言わなかったけど、嫌な予感しか無い。

妖精が寄って行きやすのは、女神の力に惹かれてるのだと。そこで毒を浴びてしまうのだ。女神の力の匂いに釣られて、聖属性の殻を纏った甘い毒で、邪属性がジワジワと蝕んでいく。
見かけは気が付かない。それは食らった後で気付いても、その時は既に毒が入り込み、繰り返せば中毒になる。

「それから、公爵からの報告ですが、フィリアナはーーー」

ロウが報告書を読み上げてくれる。
フィリアナはゲームのシナリオ通りに駆け落ちした子爵令嬢の娘として、何と、カタルの港町で産まれたんだって!
しかも割と孤児院のある場所に近い。

でも、一時期カタルから、ガレール領に移っていた時期があって、五歳から七歳位まではガレール領にいたらしい。
これにはティティが驚いていたよ。

それで、ロウが引っかかったのは、フィリアナの幼馴染で、カタルの仕立て屋の息子の証言だった。
ガレール領からカタルへ戻って来たフィリアナは別人だと言うのだ。


『ああ、確かにいたよ、フィリアナ。俺の知っているフィリアナとは違うけどな。あいつ、絶対にフィリアナじゃない』

別人が成りすましている、という意味かと問うと、外見は変わって無いと言う。


『両親だってあの女の子をフィリアナだって言ってたけど、フィリアナのおじさんおばさんも気が付いて無かったけど。俺がおかしいって皆言うけど。アレは絶対にフィリアナじゃない』

そう思う根拠は、と聞けば、五歳の時にガレール領へ行って、七歳の時にカタルへ戻って来たフィリアナは、まるで別人のような性格で、以前と好みも違えば、偶におかしな事を口にして、カリンという上級精霊を探してたという。

『忙しい大人達は、成長すれば女の子は変わるもんだって、気にしちゃいなかったけどな。それにあいつ、こいつの名前、知らなかったんだ。【こんなちっぽけな弱い妖精なんか知らないし、いらないわよ。私には最低でも上級の精霊が来るのよ。最初はカリンっていう火の上級精霊なんだから!】ってさ。こいつは水の妖精、俺の契約妖精だけど、フィリアナとは凄く仲良かったんだよ』


妖精を周りに侍らせ始めたのもその頃から、らしい。

「ーーー入れ替える。一体、どこで何を入れ替えたのでしょうか。公爵達には申し訳ありませんが、調べてもらう事が増えましたね」


私はロウの言葉が、しばらく頭から離れなかった。


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