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一章 女神と花冠の乙女

29 人外密度が上がりました

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 耳元から差入れられた指が、髪を掬い撫でる。指の合間からこぼれる髪の感触を楽しむ様に、繰り返しおこなわれる行為は、頬に、耳に、こそばゆい。

「フィア、朝だ。そろそろ起きないとメルガルドが来るぞ」

 私は後五分と言いかけて、耳に吹きかかる吐息混じりの低音に、寝汚い私の意識は最速を叩き出した。
 今なら50メートルを三秒で走れそうだ。そう、気分は。

 気合を入れて瞼をこじ開ける。
 心臓に悪い御尊顔が一番に視界に飛び込んで来て、ついでに呼吸も止まる。

 たった今、心電図壊す自信が出来ました。心臓が踊り狂ってます。

「フィア?呼吸忘れてる」

 ええ、ラインハルトの所為で。と、思ったら、フニって唇が塞がれた。
 重なったまま微妙に角度を変えて、口付けが深くなる。私の唇に隙間が出来た、その瞬間にフーッと空気が口内に入ってーーー私は噎せた。

「ん。大丈夫だな。フィア、おはよう」

 大丈夫じゃありませんけどーーー!?

「な、なんでラインハルトがいるの?
 一緒に寝ないって言ったら、分かったって返事したよね?」

「だから、寝てない。俺は起きてたから」

「そうゆう問題ちがーう!」

 ワサワサしながらラインハルトから距離を取るけど、あれ、何で離れないんですかね?私、絶対に顔真っ赤だ。
 私が後ろに下がると、ラインハルトも前に来る。ズルズルと縁へと追い込まれ、何か無いかと手探りでシーツを掌で引っ掻いたら、モフんとした手触りがそこにあった。

 チュウ吉先生だ!お腹へそ天でプピーと鼾かいてるけど、これは天の助けでは!?
 ーーーいや待って、藁かも知れない。

 私は気持ち良さそうに寝ているチュウ吉先生のぽってり感のある胴体を思いっきり握って、叫んだ。

「チュウ吉先生ーーー!朝ですよーーー!」

 フンゴ!って我に返って起きたチュウ吉先生はハッとして、ベッドを見渡す。

「おお、ラインハルト殿、おはようございます」

「ああ、おはよう」

「フィアも起きたか。良き朝じゃ。何じゃ、ポカンとして。安心せい、間違いなど起きぬように我がちゃんと見張っておったぞ」

 ーーーやっぱり藁でした。

 藁なのに何でドヤ顔なの、先生。
 って先生、今思いっきり寝てたよね。鼾、プピーって。
 見張るよりもお断りしろください、お願いします。

 思いっきり脱力する私を他所に、ノックされた扉にラインハルトが勝手に返事をしてるし。

 あのーー今はまだいい。っていう感じはどこへお散歩に行ったのかな。

ラインハルトの返事の後、寝室へ入って来たのは執事服を着たメルガルドだった。

「姫様、おはようございます。昨日は取り乱しまして、誠に申し訳ございませんでした。ご記憶を奪われたと伺っておりますが、ワタクシめはメルガルド聖霊王の位にある者。姫様の守役でもございましてーーー」

 つらつらつらと。ツートンツートンと。
 柔らかく話すメルガルドの声は心地良くて、朝の眠気を誘うんだけど、視界がーーーうん、そうだ、存在が五月蝿いんだ。

 白っぽい銀色の髪は、艶が七色に光る。通った鼻筋に薄い唇、白皙の肌は大理石のような滑らかさで、ひと目で人外だとわかる美貌だ。特筆すべきはその瞳だろうか。髪と同じで、銀の中に虹を抱いている。それはホログラムのように変わり、一つの色が留まらない。
 微笑を湛えた口元は、フロースとはまた違った大人の色気がある。
 その唇が紡ぐ万人が聞き惚れるだろう声音はーーー未だに立板に水の如く、話しているが、内容の半分は私の脳を素通りしている。

 こんなに綺麗なのにーーーこう。


 擦らずに落ちるっていう、文句に惹かれて、期待して試して残念に思うアレに近い感じがする。


「ーーーん。フィア、アレは擦らないと落ちないって、しょんぼりしてなかったか?」

 あ、声に出てましたか。聞き流して下さい。

「無理だな。どんな言葉でも、フィアの声は聞き逃さない」

 トルマリンブルーの中の金色が妖しく揺れる。その瞳が真っ直ぐに私を射抜くから動けなくなってしまう。
 あまりにも真剣だったから。

 身体がカッと熱くなる。不快ではないのに、モジモジしたくて仕方が無い。

「ウキュウーーーっ。苦しいぞ、フィア」

 あ、そう言えばチュウ吉先生を掴んだままだったのを忘れてたよ。ゴメン先生。

「で、この私が来たからには姫様に不自由などさせません!それからフロース様からは、レイティティア嬢の事もお願いされたので、早速選りすぐりの精霊を揃えてーーーここへ呼んでも構いませんね?」
「ふぇ?え、あ、はい?」

 あまりにもいきなりだったので思わず返事をしてしまった。
 ただでさえお世話になっているに身なのに、ティティに何と説明すればいいのだろう。

 こうしてガレール公爵家の離れには人外の密度が高くなったのであった。








「ーーーと言う訳で、あの。ごめんね、事後報告になってしまって」

 朝食後、私の部屋を訪ねてくれたティティに報告と謝罪をする。天界からお世話をしに来てくれた上級精霊は、公爵家に合わせたメイド姿になって、控えてくれている。
 右端からダリア、アイリス、ローズ、スイレン。いずれも美しい女性だ。それから彼女達に付き従う精霊達。
 精霊は妖精と違って、種目そのものを司るので、彼女達は花の特徴を良く顕した美しさを持っている。

 だけど、いくら公爵家とはいえ、こんなに大人数では困るだろう。しかも人外だ。

「我が家へ、とお誘いしたのはこちらですし、それにーーー私にも女神様付き上級精霊の侍女を貸して頂けるなんて、こちらこそお礼を言うべきですわ、フィア様」

 でもさティティまで本邸から離れに部屋を移動する事になってしまっったし、ティティの専属侍女はてんやわんやしてるし、メルガルドは勝手に離れを仕切ってるし。

「気になるならフィーの持ってる装飾品をーーーそうだね、これなんか良いかな」

 当然の様に私の部屋にいるフロースが、いくつかの箱を確認しながら選んだのは若葉色の宝石が葉を象り、小さな花を模した色とりどりの宝石達が金と銀の蔓で輪を作っている、花冠みたいなブレスレットだ。

「それはね、フィーの宮の庭園で採れた花の朝露が石になった物なんだ。フィーは小さい頃はこれを集めるのが好きでさ。俺は良く付き合わされたんだ。金の蔓は大地母神様の髪で銀の蔓が月光母神様の髪から出来てるんだ。これをお礼としてレイティティア嬢に贈れば良いよ」

 ーーーきっと君を守護してくれるから。

 お守り代わりになるなら良いと思う。実は私も、ティティに貰った魔導具のブレスレットのお礼がしたかったから、ロウに相談しようとしてたんだよね。フィリアナと対峙しなきゃだし、お守りになりそうな物は無いかなって。

「あの、そのようなーーー頂けません、そのような神器はーーーー畏れ多いことにございます」

「あった方が良いと思う、お守りだから。そんな神器なんて、仰々しく考えないで?私もね、ティティを護ってくれそうな何かを、お礼として渡したかったんだ。だから、貰ってくれると嬉しいな」

 フロースからそのブレスレットを受け取って、ティティの腕にはめる。

「このブレスレットがティティを護ってくれますように」

 一瞬、フワっと、腕の周りを淡く緑に光る風が奔った。

「ーーーあ、なに、今の」

「それはフィア様のお力ですよ。どうやら無意識だったようですが、力の発動は出来るようで安心しました。例え全力からは程遠い毛の先程の力であっても意識的に使える様になっていただかねば、なりませんから」

 ーーー良い贈り物になりましたね。

 と、声のする方を向けば、ラインハルトと一緒にロウが部屋に入って来るところだった。

 因みに、扉はメルガルドが公爵家の使用人を使って、アレはコッチ、コレはあそこへとやっているので、開けたままだ。今は聞かれて困る話はしていないしね。
 聞かれて困る話は、これからサロンで行う予定なのだ。

 モリヤとチュウ吉先生が持って帰ってくれたペンダントとポポちゃんが吸い込んだフィリアナの魔力の事。

 そして、転移の札を惜しげも無く使いまくって、情報を集めてくれている、公爵達の報告。こちらは基本的な事しかまだ分かってないけど、一応定期報告として。

「フィア様、ありがとうございます」

 はにかんでお礼言うティティはかわええ。ええ子や。それからコソッと耳打ちしてくれた。

 ーーー本当はお友達とプレゼント交換のようで、嬉しかったんです。今まで女の子の友達はいた事無かったの。だから、とても嬉しいんです。


 そんな可愛いこと言うから、思わずティティをギューッと抱きしめちゃったよ。

「うん、まだ出会って日が浅いけど、ティティとは、これからもっと仲良くなれたら良いなって、思うんだ」

 大切な誰かがいるって、頑張れる源になるよね。




果たして、私がそんな気持ちで赴いたサロンで聞いたのは、まだ疑惑の段階ではあるが、衝撃的な事だった。




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