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一章 女神と花冠の乙女

24 写し出されたもの

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「フィー、ほらこっち向いて。目元、ヒヤッとするからね」

あの後、問答無用で浴室に連行されたと思ったら、湯船にぶち込まれて、大変でした。

でも、用意してくれていたんだと思うと文句は言えなかった。
今もこうやって目の周りを冷やす為にレモン水を冷やしてくれてて。

「フロース、ありがとう」

これでも幼馴染だからね、って、額をツンと突かれた。

「ラインハルトにも後でちゃんとお礼言いなよ?」

その名前に心臓が跳ねる。
ラインハルトに対して、複雑な心情を抱えてるのは確かだ。真っ直ぐに向かってくる愛情は今の私が受け止めるには大きすぎて、飲み込まれそうで。
だけど、今はまだいいと、甘やかすから。

「ーーーうん。ちゃんと、言うよ。そのラインハルトは何処にいるの?さっきまでウロウロしてたのに」

「ちょっと【上】にね。もう、髪も肌もちゃんと手入れしてた!?ボロボロとまでは言わないけどさ、これは無いよ。だからラインハルトにフィーのお手入れするから一式持ってきてって頼んだんだ」

それからはフロースにお手入れに対する怒涛のダメ出しをくらいまくって、グッタリする頃に漸くラインハルトが戻って来た。

「ちゃんと持ってきてくれた?それからあいつには見つからなかったよね?」

「ーーー•••た、ぶん?」

アイツって誰の事だろう。ラインハルトの歯切れが良くないから苦手な人?なのかな。

「お前が言ってるの、片っ端から持ってきたから、棚が空になった。メルガルドなら気付くんじゃないか?」

「ーーーあああ、そうじゃんか!?ちょっと、ラインハルト、気が付いたなら偽装ぐらいしてくれてもいいのに!」

「衣装も選んでたら結果としてほぼ全部になった」

「余計に穴が深くなってるじゃんか!なにやってんの?ああそうだった、こいつはフィー馬鹿だった。人選ミスした俺が悪いんだなー。でもロウは今、酒盃から目を離せなかったし。あーあ、どうしようかな」

余程面倒なんだな、そのメルガルドって人?
どんな人なのか聞こうとしたその時、ドアがノックされた。

「どうぞ、入って」

綺麗なカーテシーを披露してくれたティティが、やや緊張の趣で言った。

「酒盃に反応がありました」






フロースが先に出ていく。もしかして気を利かせてくれたのかな。
スッとラインハルトが手を差し伸べてくれる。その掌に自分の手を乗せればいいだけの事に、凄く緊張する。
問答無用で抱えられるのではなくて、手を差し出す事で待っていてくれるからだ。

これってあの有名なエスコートってヤツですよね。エレガントに、ですよね、ええ、分かってますともー。
スッと手を乗せる。乗せたつもりだった。
しかし、どう見ても今の動作は『お手』にしか見えない、と思う。
エレガントは旅立ちました。

それでも、微妙に触れる指先が微妙な位置で止まったままで、私は言うべきことを言う為に深呼吸をする。瞳を合わせる事はできずに俯いて、だけど。

「ラインハルト、ありがとう」

スルッと長い指が私のそれに少しだけ絡む。

「ーーーん」

見れないけど、きっと優しく笑みを浮かべているんだろう、気配だ。

私達は指先だけで繋いだ手をそのままに歩き出した。







やってきたのはサロンだ。ほんわりと暖かい。部屋の隅に居る執事さんが温度と湿度を測っていて、この部屋を快適にしてくれたのがわかる。
隙の無い身のこなしがザ•セバスチャンって感じだ。

ジィっと見てたら目があったのでお礼を言う。すると少し驚いたようだったけど、見事な執事スマイル?でキッチリ頭を下げた。

「セバスチャン、フィア様には温かいココアを」

かしこまりましたって、セバスチャン!生かしこまりましたですよ!
ちょっと鼻息が荒くなりそうです。

「ティティ、執事さん、セバスチャンなんだ」
「そうなんです、フィア様。セバスチャンなんです!!」

握りこぶしで力説するティティ。この瞬間、私とティティの間に確かに絆が出来た。

「二人とも、盛り上がるのは後でなさい。モリヤが繋いでくれてますよ」

おっと、そうでした。
酒盃と大きな鏡を、ロウが連動させると、フィアリスの白い花が鏡面に写った。
そこは、花守である神官の部屋だろうか。
広々としていて、とても豪華だ。

「フィーに白いフィアリスの花冠を贈ったら、何色になるかな」

「赤でしょ」
「薄い桃色だね!」
「青に決まってるだろう」

イヤイヤ、皆さんおかしいですよ、それってお伽噺ですから。
想い人から贈られた白いフィアリスの花冠はその人の色に変わるなんて、吟遊詩人に騙されてますよ?
現に世間様で、花嫁に贈られた花冠の色が変わったの見たことないからね?

花の次は椅子に座った神官様、そして挨拶に訪れていたのか、舞姫達が酒盃に写る。

あ、扉の側にランジ様がいる!お元気そうで良かった。
皆んなも元気かな。数日しか経ってないのに、濃ゆい経験のお陰で、何だか懐かしく感じるよ。

ーーー会いたいなぁ。


「音声が無いのは残念ですね•••これは改良の余地があります」

ひとり一人に丁寧な対応をしている神官はもしかしたら、こちらの事情に合わせているのかも知れない。
少しでもフィリアナの事をよく視れるように。

娘達の顔が一人ず写る。チュウ吉先生が指示しているのだろう。赤味がかったくすんだ金髪の子が固定される。
ピンクブロンドとかストロベリーブロンドとかって言うんだろうけど、フロースの綺麗な髪色を見てしまうと、どうしてもくすんで見えてしまう。

次々に挨拶が終わっていく中、フィリアナは一番最後のようだった。

丁寧に腰を落としてするカーテシーは綺麗だ。可憐な様相も相まって、見かけは花冠の乙女に相応しく見える。

ーーーが、この時、フィリアナの足元の影が大きく揺らいでブレた。


「今、酒盃の水面がぶれただけ?なんかフィリアナの足元の影が二重になって見えたんだけど、ランプの所為かな?」

ああ、まただ。フィリアナの足元、影の中に今度は誰かの姿が見える。それはまるでホログラムみたいに揺らめく。

もっと良く視ようとしたら、フィリアナの周りにも黒い霧がまとわり付いていて、その霧が触手みたいに蠢いているからさっきの重なっている影が見え難い。

あんなに黒い霧が湧き出てているのに、誰も気にした素振りが見えないから、もしかしてなくても、私達だけに見えてるのかもしれない。

「どうも気になります。あの影をよく視たい」

ロウが酒盃の縁に触れる。

瞬間、皆が息を呑む。これは、どんな現象と言うべきなのだろうか。

現実味の無い、しかし衝撃的な光景がそこにあった。

鮮明になった影はーーー長い銀色の髪の女性が小さな子供を膝に、抱き締めている。懸命に。

幼子は意識が無いのは明白で、グッタリとして目を閉じて、四肢には力が入っていない。
淡く光る膜に守られて、女性が幼子を抱き締めてーーーそう、守っている。

驚く事に、その銀色の髪の女性は、ティティによく似ているのだ。

ヒュっと息を呑む音が、静かなサロンに驚きと動揺をもたらした。
うん、面影があるって程度じゃないもん。そりゃあ吃驚するよね。


ーーーーー人の織り成す運命とはこれだから面白くもあり、憐憫も誘う。


「ーーー?」

呟きが聞こえた気がして、見渡す。その呟きは密やかに過ぎて、誰の呟いたものなのかは分からなかった。



光る膜の中央に、女性が抱き締めてる子供との間に光る花が咲いている。フィアリスの花をブルーのトルマリンにしたら、きっとあんな感じなんだろう。繊細にキラキラと輝いて、黒い霧とは対極にあるようだった。

黒い触手が何度も青いフィアリスを奪おうとしているが、その度にティティに良く似た女性が淡く光って弾き返している。

女性の腕が少し動いて、抱き締められている幼子の顔が見える。

それは、まるで私を小さく、小さくしたかのような容姿の子供だった。

フィリアナが動くと影も形を変えるので、また見えなくなってしまう。

神官に微笑むフィリアナは、黒い霧などまるで存在しないように振る舞っている。
やっぱり見えていないんだ。

チラっと神官の姿を映すが、特にフィリアナに対して何かを感じたりはしていない風だ。
確か、レガシア神官だっけ。整った顔には感情を窺わせないアルカイックなスマイルしか見えない。


くるっと視界が動いて、またフィリアナが映る。

「ん、アレ!?」

あの見覚えのある黄色いパヤモフは!!

そこに、先程までは居なかった、黄色い綿毛がスカートの裾にくっついていて。

あれはーーーーーーーーー。

「蒲公英ちゃんんんんーーー!?」


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