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一章 女神と花冠の乙女

22 欠けているもの

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 モリヤ達を見送るフィアをみる。
 カリンという上級精霊が側にいるが、フィアの気配を隠していたのは恐らくこの精霊だろう。
 腹立たしくもあるが、それでフィアが今まで無事に過ごして来れたのだと思うと、ラインハルトの心情は複雑だ。

 今はニ重、三重に張られた膜が取れた状態だ。あの神獣が洗浄魔法を掛けたら取れたらしいが、力の波が激しいが、弱まった力が戻りつつあるのだろう。

 ふわりと花の香りがラインハルトの鼻孔に届く。

「で、君はどう視てる?フィーの、あの欠け方」

 いつの間にか隣にいたフロースにラインハルトは横目にチラと視線を動かすだけで何も言わない。

「無くしたのは記憶だけじゃないよね。欠片程度でも女神の力だ。どうして欠けたのかーーー」

 フィアは掻き消えたモリヤ達を思ってか心配そうに消えた跡を見つめている。
 カリンとティティがフィアの気分を変えようと庭の散歩に誘っているのだろうが、フィアがゆっくりと首を横に振るのが見える。

「あのカリンっていう上級精霊がフィーにベタベタするの、よく許したね。いつもなら俺が抱き着いただけで引き剥がすのに。それに君、さっき迄はフィーを追い詰めるように触れていたよね。強く拒めなくて戸惑っているの分かっててさ」

 余計な事を口にするなと言わんばかりの視線を受けるが、当のフロースは涼しい顔をしている。

「別に許した訳では無い。それに戸惑っていたのは俺に、じゃない。拒めない自分に、だ」

 無言の威嚇をやめたのか、溜息交じりのラインハルトの応えは短い。

「ふーん?まぁ、そう言う事にしておいてあげるよ。今のフィーは危ういからなぁ。【見知らぬ俺達】よりも、心つ許した友人が側にいた方が良いし?」

 安堵に力を抜いてるフィアにフロースは表情を和らげるが、それが自分の存在によるものでは無いことに切なさを覚える。

 今のフィアは、見かけは平気そうにーーー見えてるだけで、今の状況を受け入れかねている。

「受け止め損ねて、どこかで•••他人事にしたがってる。でも当事者としての意識もあるから、例えばーーー映像として映ってる自分を画面越しに観てる感じかな」

 今までは人間として生きてきたから、女神の力が精神のバランスを崩す事は無かった。例え力の発露があったとしても、毛の先程であれば無意識下に置かれた力はまた眠る。
 今はーーー自分達と再会してフィアの中に眠る力が繰り返し反応しだしている。
 欠けた力の分、均衡が崩れているのかもしれない。
 小さな石が崩れ落ちた、ただそれだけで雪崩が起きるように。

ーーーーーーそれにこの男の存在だ。

「で?一晩中フィーを抱き締めていたラインハルト君は?確かめていたんだろ?フィーの欠けたモノをさ。ま、ついでなんだろうけど」

 一言余計なフロースの言い草にラインハルトの眉間の皺が一層濃くなる。

「あのままじゃ【上】に連れて帰れないよなぁ。フィーの欠片、どこにあるやら」

 天界に入る為の鍵とも言うべき部分が無いのだから、困ったものだ。他の部分なら困らない、と言うものでも無いが。

「奪われたならば取り戻すだけだ」

 例え髪一筋であっても許さない。
 トルマリンブルーの中に金色の閃光が走る。神力が瞳の中で揺らめいて、場の空気が一瞬で緊張を孕む。

「ーーーこっちに殺気飛ばさないでくんない?怖いんだけど。笑っているフィーを見て癒やされようっと」

 フィアが屈託なく笑っている。
 大きな身振り手振りを交えて、同じ動作をティティもやり始めた事から前世のーーー日本の思い出でも話しているのか。

 ティティが転生者と言うのも大きいのだろう。時に、共通点を持つと言う事は連帯の意識を増幅させる。気が合いそうならば尚更だ。

「そんな顔して、何を危惧してるのさ。あの子の良い子だし、お友達になれるかもしれない子なんだし、仲良くしたっていいだろう?神だって気に入った人間と番う事もあるんだし。滅多に無いけど」

「人間に入込過ぎるのは良くない。傷つくのはフィアだ」


ーーー女神だなんて、力があったって。何も、何も出来ない、あの子を助けられない。
 
悲痛な表情、その瞳から零れる涙がーーー声無き慟哭が身に痛い。


 ーーー人の世のことは人がなおすべし。


 運命を変える力を持ちながら、行使出来ぬ己を責めて。
 一つ変えればどこかに来るしわ寄せ。それを誰が代償として払うのか。
 一度でも歪んでしまえば、それは大きくなりやがては世界を飲み込む。

「あの時のフィアはーーー何もかも捨てて行きそうだったーーー•••」

 俺の、俺達の事も。

 最後の言葉は音にならず、ラインハルトの口の中に消えたが、フロースには聞こえた。自分も彼と同じ気持ちを抱えたから。

「行かずに、ちゃんと戻って来たよ。フィーは。間違わずに。そうした所で、一時の自分の心の慰めにしかならないってちゃんと解ってた。無意識からくる勘、かもしれないけど、その辺は流石女神だよね」

「あれは、野生の勘だろう」

 流されているように見えて、選択する時は咄嗟にだったとしても、結果的に上手くいく細い道を選ぶ。ただ、自分が傷つく事を換算しないだけで。

 ここで、ラインハルトが漸くフロースの方へ身体ごと向いた。
 今から言うであろうフロースの事を予感したのか、無言で威嚇する。

「野生の勘かぁ。あれは本能も含むから。恋心にしてもね。鈍いから気が付かない事が多いけど。でもさ、記憶が無いなら俺にもチャンスはあるって事だよ?ほら、あの上級精霊にもね」

 フロースはこの上なく麗しい微笑をラインハルトに向けた。








談笑の最中にフィアがコテン、と首を傾げる。

「そう言えば、日本のゲームでこの世界が舞台、若しくは参考になっているのってどうしてなのかな。誰かに作られた夢じゃあるまいし」

 誰かの夢の中の出来事に過ぎないとか
 胡蝶の夢とかーーーー。夢に関する本は沢山あったけど、今の現象って何だろうね。

 ーーーーーーと、頭に?を飛ばして。

 ロウはフィアが言ったその言葉に暫し考え込む。考察するに、重要なキーワードを掴んだ気がしたのだ。
異なる世界が重なる時がある。次元は紙一重違っても同じ場所に、だ。
そんな時、世界が共鳴した場合、影響を受ける人間がーーー生き物がでる。
こちらの情報を閃きという形で受け取った人間がいると考えていたが。

「夢、そう、夢と言うのもありですね。世界の境界線があやふやで、どの時間、空間からも自由です」

 異世界という壁すら少しの波が波紋を広げて届いてしまう。
 この世界の夢を見た異世界の人間がゲームの元にした可能性が高い。
 夢の中での事なら、創作も自由に出来る。
 自分の思うままに動かして、現実と違っても、それは夢だから覚めれば終わる。

 異世界の夢渡り人はそれをゲームと言う名で夢の世界を作り上げた。異世界の中の現実で。

 「なんらおかしい事ではありません」

むしろこちらの方がずっと可能性が高い。
世界が重なるよりも、夢を渡る事が出来てしまう事の方が多いのだ。

だけど、とロウの言葉にフィアは思う。ゲームと言っても数ある中で、やった事のある人間が、都合よくヒロインのポジションに転生するのだろうか。悪役令嬢のレイティティア然り。そして、自分。

ーーーいや、もしかして惹かれてしまった、というのは有り得るのかも?

フィアの心にまた波紋が広がる。少しずつ少しずつ形の無い不安が広がっていく。

ーーー女神の記憶があったら、どう考えただろう?


「子爵令嬢の生い立ちから洗う必要がありますがーーー。レイティティア嬢は思い出したのは断罪後ですが、件の娘は、転生者だと、ゲームの内容を知っているかもしれないと加味して、いつ、思い出したのか」


静けさがロウを覆い、沈黙が場を支配する。
仮説をいくつか組み立てていたが、夢と言う言葉にどうやらもう一つの可能性も考えなくてはならないようだった。

「地上で自由に動ける人材が必要ですね」


この時ーーー宮廷を辞した二人の若者が公爵家を訪れた。

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