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一章 女神と花冠の乙女

16 花神と女神の側近

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「いったいどういう事?フィーが居ないって!?ココで待てって俺は言ったはずだけど?」

 ストロベリーブロンドの長い髪が風も無いのに揺れる。
 東大陸一の大国、ジンライ帝国の姫衣装で綺羅びやかな大振りの袖がふうわりと、花の香を齎すが、美女に見える青年神を取り巻く空気は厳しい。

 アルディアの王宮でも最上級に格の高い部屋がピリピリと人の肌を刺激する居心地の悪い所になろうとはこの部屋にいる人間は誰も想像出来なかったに違いない。

「フロース、少し落ち着きなさい。それで?フィアと言う女官は逃げたと?」

「だって、ロウ!」

 ロウと呼ばれた、艶のある黒髪を首の後ろで緩く束ねた青年が、眼窩から片眼鏡を外して前身ごろの隙間へ仕舞いながら、跪くこの国の王子へと詰問する。

「ーーー申し開きもございません」

 フロースの放った神威の余韻が、深く頭を垂れる王子の額から玉のような汗を滴らせる。それは絨毯に吸い込まれ、深い色に染めかえる。

 王子は運が良かった。ガタガタと震え、今にも失禁しそうな圧の中で、ただ、兵士の報告通りに、女官は逃げたとしか言えなかったからである。

 逃げた女官ーーーフィアの置かれた環境と立場を知れば、忽ちのうちに神罰が下ったであろう。
 が、それも知らずにいる事が王子の精神を救っていた。

「それは困りましたね。さて、ここからの足取りをどうやって掴むか、ですが。僅かにでも力を使って下されば、同じ地上での事、上からよりも補足はしやすいでしょう」

 ロウのブラックオニキスの視線は王子を見つめたまま動かない。

「アルディア王国にやたらめったら聖霊に好かれてる子がいるって花の子達の噂になってたからさ、ダメ元で態々地上に降りてみれば女官なんてやってるし、どちら様なんて言われちゃうしさぁ」

 王子はその言葉に勢い良く顔をあげる。
 先程までの顔色など、空の彼方へ飛んで行ったかの様だ。

「そ、その娘ならば!噂される程に聖霊達に愛されている舞姫ならば、直ぐに、今直ぐに呼んで参りましょう。此度、この国の『花冠の乙女』の候補で、舞えばそれは美しく、大神殿で御覧じられれば、花神であらせられるフロース様にも、きっとお気に召す事間違い無いと!おい、フィリアナをここへ!」

 王子は扉の横で控えていた侍従に勇んで支持する。
 だが、ロウもフロースもそんな王子を気にも止めず、何かを探るように瞳を閉じた。雑音を遮断するかの如く。

 ついっと花神フロースの指が空を掻く。
 あたかもそこに竪琴があるような指の動きは、それだけで、その指先は匠の芸術品に見えた。
 開花する様に瞼が開く。フロースの淡い桃色の瞳が一点を見つめ、瞼が一際大きく開かれる。
 睫毛の先まで優美な、それが落とす影すらも、手練の絵画職人が生涯を費やして追い求めても描けない圧倒的な美が、驚愕で色付けされた。

「ーーーロウ、いた!この力の気配、死の谷にいる!」

「ええ、ここから北の。さっさと連れ戻したい所ですがーーー少し厳しいでしょうか?」

「ラインハルトにバレる前に何とかしたいんだけど!?ここにだって内緒で来たんだから。あいつ、フィーの事になるとーーーああ、想像したくないよ。すっごく怖いんだけど。冗談じゃなく、この世界滅ぼしかねないし?いっその事、魔王名乗ったら良いのに」

「側近仲間としては同意致しかねます。が、気持ちはわかります、痛いほど」

「あの!是非ーーー」

そこに、突然放って置かれていた王子の声が混ざる。会話が進む二人の会話を打ち消すように、王子は無礼にも声を掛けたのだ。

 今ここに、来る娘にお言葉をーーーと言いかけたが、それは叶わなかった。
フロースが王子に見向きもせず言葉を投げた。
ロウの手が王子に向かってシッシと振り払っている。

「ああ、候補とか別に好きにすればいいし。どうせ大神殿に来るならその時見られる」

「フロース、急いだ方が良さそうですよ」

 王子の言葉を最後まで聞かずに、言いたい事を言うと、もうここに用は無いと瞬きの間に消えた。





 眼下に広がる不毛の土地。
 荒れ果て、雨は降るだろうに土に潤いの気配は無く、あるのは崩れた岩と瘴気を抱いた土地だけだ。

「ーーーいた!フィーだ!」

 目視でとらえる。
 木屑と化したーーーあれは荷馬車だったものだろうが、今は見る影も無く、大百足の起こす砂塵避けにすらなっていない。

「おかしいですね、フィア様ならば、手をひと振りすれば事足りるでしょうに。一体何に手をこまねいているのやら」

「だから、言っただろッ!?おかしいって!俺が!どちら様?なんて言われたんだよ?フィーに!だからラインハルトにもメルガルドにも黙って、内緒でロウだけを連れて来たんだから!」

ロウは、緩く結えた黒髪からこぼれた横の髪を五月蠅げに掻き上げると、不機嫌そうな表情になった。

「これはーーー中々に面倒な事態になっているかもしれません。兎に角フィア様にお会いせねば」

「なら早く行こ!」

「待ちなさい、恐らく、フィア様には記憶がないのでしょう。理由はまだ分かりませんが。大百足が暴れている今私達が行ったら混乱してしまう。今のフィア様に私達が敵なのか味方なのか、判断出は出来ないでしょうから、警戒されてしまうかもしれません」

火の上級精霊は危なげなく大百足を炎の網で捕らえると、その中で白く輝く程の高熱の炎を開放した。

「へぇ、やるじゃん、あの精霊。って、もしかしてフィーと契約してるの!?」

フフンと顎を上げ、余裕の笑みを浮かべた少年姿の精霊はフィアに抱きついている。

「ちょ、何?あの子!契約はしてるし、遠慮なく抱きついているし!もう、我慢出来ない。俺はフィーのとこへ行くよ!」

フロースはジンライ帝国の姫衣装を翻し、降りる様は天女と言うに相応しいだろう。
ーーー実際は花の神様だが。

「ラインハルトがこれを知ったら•••頭が痛いですね。説明に悩む項目が増えました」



フロースは常に美しく、を意識する。
花々を統べる神、華やかに、優雅に、典雅に。

瘴気を浄化しながら降りると、襲の裾がフワリとひだを作って風に靡く。

頬に優しい曲線を、唇には咲き染た花の柔らかさを。
爪先から音もなく降り立つと、布をタップリと使った衣装が身体に寄り添いながら重力に従う。

「こんばんは、フィー。それから始めましてのお嬢さん」

続けて降り立ったロウも乱れた袖を直してフィアに礼を取る。

「お探し致しました、フィア様。どうやらフロースの事も、私の事も覚えていらっしゃらない様ですがーーー私は貴女の二人いる側近の内の一人、ロウと申します」

「俺は花神フロース。フィーの幼馴染。何故か忘れられているけど!」

ポカンとする少女二人に、驚く精霊。小さい神獣と更に小さな妖精は、突然の神々の降臨に言葉を失った。



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