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一章 女神と花冠の乙女

15 死の谷

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美少女は号泣しても美少女である。
たとえ鼻水と涙でビショビショであっても、歪んだ顔で大声を出し、泣き叫んでも。

私は『お呼び出し』したティッシュを渡す。ウエッティのちょっとお高いやつだ。
ズビーっと遠慮なく使うレイティティア様の横に、次々と白い花が積まれていく。

いきなり前世思い出して、混乱してるのに状況は最悪、箱に閉じ込められてーーー独りぼっちで。

私にはカリンもチュウ吉先生もいたから、孤独ではなかった。

柩をテーブル代わりにして温かいココアとアーモンドのチョコレート、塩気も欲しくて、やめられ止まらないスナックも出しておく。

これらを見たレイティティア様はまた泣きだしてしまったが、お腹の虫が鳴くと落ち着き出した。

うん、食べて落ち着こう。お腹が空いてると良い考えも浮かばないしね。
状況も整理したいし。

「あの•••取り乱してごめんなさい。私はーーーえっとレイティティア?なのかしら、前世では明香、増田明香という名前でした明日に香り、でサヤカって読んで•••今は親しい人にはティティって呼ばれててーーー」

困惑したまま、何を言って良いのか分からなくなったのだろう。
俯いて考え込んでしまった。
混乱するよね。今の自分は?って。

「私はフィア、と言います。フィーでもフィアとでも好きな方で呼んで下さい。以前の名前は覚えてないんです」

それから、カリン、チュウ吉先生、蒲公英ちゃんを紹介する。

ーーーーーーん?

「ヤモリさん!?連れ来ちゃった!?」

これって、宝物庫から盗んだ事にならない?
捕まったらーーー考えるの止めよう。怖い。
見なかった事にしよう。そう思ったのに。

「あ、この荷物、フィアのと、僕のね。それから色々持たされてさ。そのヤモリって翡翠の酒盃の怪異でしょ?持ってけってうるさいから持ってきた。迷惑料代わりににはなるだろうし」

カリン、お前か!!ん?って可愛く首を傾げても絆されてーーーあげられてしまう意志の弱い私を私が殴りたい。

それにしてもーーー。

「カリンって男の子だったんだね。全く気が付かなかった」

「それはそうだよ。だって女の子になってたし。フィアと契約した時に元の姿に戻ったけど。あるがままの姿の方が楽だけど、女の子が良いならそうするよ?」

「んー。いいや。カリンはカリンだし。言葉遣いが違う位だし、精霊だったのはーーーちょっと驚いたけど、私も前世の記憶持ちって事黙ってたし、お相子って事で」

顔は男の子として見る所為か、精悍さがあるかな?って思ったけど、綺麗な顔立ちは変わってない。髪も長いままだ。
体格も身長は元々高かったし、ふくよかな部分が無くなった代わりに肩幅が広くなったかな?程度だ。

何故女になってたのか?って言うのは、私が小さい時に気に入って、守護してたらしいんだけど、女官として一緒に後宮ヘ上がる為だったらしい。

「持ってきてしまったモノは仕方あるまい。実際役に立ったじゃろ?」

そう言うチュウ吉先生は御大層な台詞を言って契約を迫った割に役に立ってませんが。

「何を申す!ーーーこの生き物の気配が全く無い場所で、呑気にお茶をしながら自己紹介なぞしてられるのは一体誰のお陰だと思うておるんじゃ!!わかったら早うキノコの菓子を我に寄越せ!」

食いしん坊なんだからなぁ、先生は。
今だってアーモンドのチョコ菓子食べてるじゃない。その前はスナックを止まらずに食べてたよね。一袋無くなったから追加で出したんだよね。
 
横からカリンも食べ始めて、目を丸くする。ポリポリと貪り始めた。

「あ、貴女も食べて?」

「あの、私の事は、ティティと呼んで下さい。頂きます!懐かしいーーー!私このキノコのお菓子好きだったの!タケノコも好きだけど!」

前世と今と、少しでも折り合いが付いたのかな。
ゆっくりで良いんだよ。美少女なごなご。

ん?ーーーーーーゆっくり?出来る状況にあるの、かな?

「ねぇ先生。今生き物の気配が無いって」

「うむ?無いぞ。瘴気が山の向こう側、谷を抜けてここら一帯に充満しておる。あの御者、道理でそそくさと逃げた訳じゃ。なに、この馬車は我が結界を張った故、安心するが良いぞ」

それってさ、アルディア王国の北にある所じゃない?誰も住めないっていう、噂の。

ーーーもしかしてここは。

「「「死の谷!?」」」

私とカリン、ティティの声がハモった。

「おお、確かそんな名で呼ばれておった場所が北の方にあったかのぅ」

そんな場所にーーーあ、ティティの顔色が悪い。
これって絶対に、あのアホ王子のやらかしだよね?
国外追放ではないけど、それよりもずっと質が悪い。

「私、死ぬところでしたのねーーーいえ、殺される所だったのよね!?許せませんわ。ええ、今までのアレコレも含めて!あの女を毒殺ですって?冗談じゃないわ!何故私がそんな事を?アホ王子なら熨斗付けて差し上げるわよ!」

ティティはココアをグビーッと一気に飲むと、ぷはーっと息を付いた。
いい飲みっぷりです。うん、怒って吐き出せるなら大丈夫かな。
今度は冷たい麦茶を差し出す。

アゴルト山脈だっけ?の向こう側が、神に見捨てらてた地で、神の怒りを受けて滅びた、古に高度な文明を築いた魔導国家があったと言われているのよね。そして今尚、瘴気渦巻くと。
で、それが谷を伝ってアルディア側に流れでてきてしまい、瘴気に蝕まれたのが、この死の谷と呼ばれてる。

「兎に角、死の谷から出ないと。ここの瘴気が王国中に広がるのを防ぐ為に囲むように浄めの森があるのだけれど、その森を管理しているのが、ガレール公爵家、コトクール侯爵家、トレツキー伯爵家なの。公爵家は勿論だけど、他の二家も多分、匿ってくれると思うわ。問題は何処が一番近いか、かしら•••ああ、魔物も」

それぞれ領地が森に隣接してるんだって。
死の谷は場所に依って非常に強い魔物や魔獣が出るらしい。

「魔物の類を心配しているなら、心配無いよ。僕を誰だと思ってるの?これでも精霊だよ、しかも上級の。フィア一人なら抱えて飛べるけど、フィアはレイティティア嬢を置いて行けないでしょ?だからついでに守ってあげる。んー、野宿するにしても衣食住はフィアが居れば何とかなるんじゃない?変なギフト持ってるみたいだし。少なくともお菓子は出してるから、食べるには困らなそう?だよね」


カリンは腕を組んでウンウン言ってるけど、ティティはそんなカリンを見て驚いている。ーーーはて?

「カリン、カリン。上級精霊のってーーー火、よね?居たわ、そうよ、ヒロインの最初の契約精霊じゃない?!髪が長いし、色もオレンジ色の入った金髪だし、気が付かなかったわ。絵だともっと赤っぽかったのよ」

そうだ、その事も聞きたかったんだ!

「ね、ティティ。この世界がゲームとかラノベとかって言ってたけど、その話聞きたいな。私知らなくって」

「ええ、わかったわ。細い所は覚えてる自信ないけど、覚えてる所は。でも、何というかーーーシナリオ通りじゃない部分も結構あるから、時間掛かっても良いかしら?すこし、整理がしたいですわ」

「ならば今日は休むが良いぞ。匿ってもらう先に行くにしても、外はもう暗い。フィアは特に休息が必要じゃ。寝ず番ならば、ヤモリの怪異がおる。瘴気には強いし我の結界も大丈夫じゃ。色々あり過ぎた。故に、話をするにしても、先ずは落ち着ける場所に行ってからじゃよ」

良い判断をするなら、健全な心と肉体ですね、先生!

柩を端に寄せて、寝袋を出す。ドレスは動き辛いだろうと、トレーナーとスエットも。

チュウ吉先生が洗浄魔法を使ってくれたので、汚れも取れて、これなら横になっても気にならなくなる。

カリンが私と一緒に寝るって言い出して、ひと悶着あったけど、却下しかないよね。
今までは寒いと一緒に寝る事はあった。
でも、あれは女の子だったからだし!

ブーブー言っているカリンを放って私は寝袋に入った。

ーーーーーーおやすみなさい。


したんだけど。



そんなに時間は経っていないと思われる時刻に私達は起こされた。

《起きて下され!みなの衆起きてくだされ》

この声はヤモリさん?グラグラと身体が揺れているのは、ヤモリさんが私を揺らすからーーー?

寝起きの頭は正常な判断を拒む。
ヤモリさんは今度はティティを起している。ーーーのに、私はまだ揺れていた。

ティティも寝ぼけながらも起きて、周りの様子を探っている。


「フィア、この荷物、全部其方の収納ヘ、早う」

チュウ吉先生の鋭い支持が飛ぶ。
良くわからないままその言葉に従って、収納に収める。
全て収納ヘ収めたその時、馬車ががミシリと嫌な音を立てた。

カリンが私とティティを抱えて外へ出る。

「フィア、ここ動かないで。来る!!」

ドン!!!と大きな衝撃音の後に地面が割れ、土埃が舞って小さな石粒がパラパラと降りかかった。

キンーーーと空気の密度が変わる。
カリンの炎だろうか、土埃を囲むのは金色の網。
バチバチと散っているのは火花だろうか。

土埃が霧散していくにつれて姿を現してそこにいたのは。
ーーーーー巨大な百足だった。

「チッ!コイツは熱帯が好みで、この辺りの気候には合わない筈ーーー何故ココに!?」

頭を擡げて下を向いた巨大な百足は、私達に向って、大きな口を開けた。



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