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一章 女神と花冠の乙女

2 宝物庫の怪異達

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契約する、しないと言い争いながらたどり着きました、噂の宝物庫。

全くと言ってよいほど、人が居ない。
それもその筈で、宝物庫には怪異が居る。前世で言うところの、付喪神みたいなモノ達だ。それをこの世界では怪異と呼んでいる。

大事にされてきた物は善性を持つが、その反対側の物もある訳で。
日本でも魂が宿った呪いの人形とかの話しが有ったよね。あんな感じ。
邪気やら瘴気やら出しまくった挙句に、人の持つ魔力を吸い取ってしまう怪異も中には居る。

危険過ぎて、対応出来る術を持つ神官様じゃないと近寄れないのだ。


ーーーそう、だから魔力の無い私がここへ異動になった理由ワケで。

私は黒い靄がドライアイスの煙のように纏わり付いた、見た目は豪奢な扉を見て溜息が出てしまった。


日光を遮断するように作られた部屋は、防犯も加味していて、入り口も二重になっている。扉も厚ければ壁も厚い。

勿論、扉を守る兵士はおらず、代わりに狛犬みたいな石像が左右に鎮座している。

私が扉の前に立つと、正面を向いていた石像が回転して向かい合う。
ガゴン、と錠の外れた音の後、重厚な重い扉特有の軋む音を響かせて開く。

ここまではまだいい。
いったいどんな仕掛けなのか、不思議な魔導具ですね!で済む。
問題は次の扉だ。人ひとり分しか開けてくれないケチな扉を潜ると、今度は黒い円形の扉が立ち塞がる。
モコモコと金属の板の筈の表面が蠢く。何度見ても気持悪い。
やがて魔法陣が浮かび上がると中央に人の頭位の大きさの一つ目玉が現れた。ご丁寧に瞼と睫毛も付いている。

その目玉は、ギョロっと眼球を動かし、私を見ると、大粒の涙を流し始めた。

「あああああ、やっぱりぃーーー!ごめんね?あの時は悪かったと思ってます!ので、泣き止んでください、お願いします!」

みるみる間に充血していく大きな眼球はホラーだ。めっちゃ怖い。ヒィー!

「フム。フィアよ、名を付けてやれ。さすれば落ち着くじゃろう」

あれ、まだ居たんですかチュウ吉先生。

「え、なんで?名前?」

「ここへ来るたびに泣かれるぞ。嗚呼、これからは毎日じゃなぁ」

それは嫌だ。
毎日ではなかったが、宝物庫に呼ばれ始めて一ヶ月と少し。宥め透かし、ご機嫌を取り、奇を衒い、色々やってみたけど高確率で泣かれた。




#####



思い起こせば一月と少し前。
やっとこさ業務が終わり、明日の当番道具の箒を手に、ヘロヘロになって宿舎へ戻る途中に事件は起こった。





『大変、大変なの!神官様が大変なの!』

人型の妖精が何やら必死に他の妖精に訴えかけている。
ワラワラと集まりだす様々な妖精達は言葉無きものが多く、人型を取れて人語を操れる、力のあるモノは居ないようだった。

私は衛兵を呼んだ方がいいかな、なんて考えながら、妖精達の方を見た。呼ぶにしてももう少し詳しい状況が分かった方がいいに決まってる。

と、その時、件の妖精とバッチリ目が合ってしまった。

『あ、貴女、ねぇお願い、一緒に来て!アタシの事、視えてるわよね!?』

「私の手には負えないようなので、衛兵を呼びましょう」

視えますが。前世の記憶が蘇った時に何故か視える人になっていました。
面倒事は御遠慮致したく存じます。何やら私の手に負えない臭いが充満しておりますので、ごめんくださいまし。

と、内心で必死に訴えていたのだけれど。

『駄目よ!衛兵なんて役に立たないじゃないの!』

衛兵が役に立たないだと!?
そして神官様のキーワード。
もう、女官仲間で有名な、絶対に配属されたく無い場所理由案件しか無いんじゃない!?

『ごちゃごちゃ言ってないで、行くわよ!』

グイっと可憐な妖精とは思えない力で私は箒ごと連行された。

「ちょ、え、待って、エエーーーッ!?」




待ち受けていたのは黒い靄に覆われた宝物庫で、最初は火事か!?と思ったけど、そこで、チュウ吉先生の存在に気が付き、慌てて駆け寄った。

「チュウ吉先生!何してるのよ!火事、危ないから!今人をーーー」

「フィア、落ち着け。これは火事ではないぞ。其方、やはりこの黒い靄が視えるのか」
「え、何?火事じゃない?って、でも、こんなに黒い煙がーーー」
「ふん、中で怪異如きが大きな顔をしおってからに。フィア、行くぞ、このままではちと不味い。この番人達は融通が効かぬ。説得は無理じゃ」

か、怪異!?やっぱりアレなの?てかいうか、強行突破するって、はぁーーー!?





結果、無理矢理通りました。
当然パニクったよ!箒って武器だったんだって知ったよ!
扉脇の狛犬が石像の筈なのに何故か動き、鋭い牙で襲い掛かって来るのを、思わず目を瞑って箒を振り回してたらイイトコロに当たったらしく。
それはお怒りに満ちて唸り声を上げてました。

恐怖は人をおかしくする。
私は恐ろしさのあまり、プッツリしてしまったのだ。

「煩い!おだまり!そのご自慢の毛並を頭部残して全剃りするわよ!」

キャインと言わせたわ!

フンスーと鼻息も荒かったと思う。
扉をこじ開けて、中に入るとまた扉。
出てきた巨大な眼球に、悲鳴を上げる余裕も無く、ギフト『お呼び出し』で取出した唐辛子パウダー。

苦しそうに眼球を忙しなく動かし、最後には目をいっぱいに見開き、声無き悲鳴を上げながら泣いた。


ーーーーーー勝った。




そうやって、宝物庫へ侵入はできたけど、ここからがまた更に大変だった。

まず部屋に入った瞬間、すっ転んだ。
誰よ?こんな所に古めかしい荒縄を置いたのは!
そのまま辺りを見渡すと、横たわる人影に何か群がっているのが視界に入る。
あれが怪異なのだろうか。
人型に見えて、どこか爬虫類じみた風貌の小人が何事かを呟きながら神官様と思われる人に貼り付いている。

「し、神官様!?」

思わず声を出してしまった瞬間、それらが一斉に私の方を向いた。

《おお、若い娘じゃ。嬉しや、きっと美味いぞ》
《臓腑は若いに限る》
《生気をたんまり吸ってその後目玉じゃ》
《いいや、まずは肉じゃ、肉。生気を吸いすぎて瑞々しさが失われては固くなる》


こちらの様子を伺う怪異達は、よく見れば特徴のある衣を着ている。前世で言えば、西洋風の衣装もあれば南アジア風、東洋風と様々だ。

あまりの出来事に私は現実逃避する。

「フィアよ、戻って来い。喰われるぞ」

丁度その時、一匹の蜥蜴小人が私の足先にに触れた。

ヒィィィーーーイヤーーー!

「いかん!フィアよ、薙ぎ払え!」

私はどこぞの巨人の兵か!?
言われなくてもやりますとも!脳内から何か変なモノでも出ているのか、今の私は妙にテンションが高い。勢い良く立ち上がる。
今日から履歴書に得意技は箒を振り回す事って書きます。気分はプロゴルファー。

ーーーせいやっ

ギャーギャー言いながら転がる怪異達は踏み付けてギャフンと言わせ、神官様に群がっていた怪異も箒で掃く。神官様ごと。

《この娘、魔力どころか生気も吸えんぞ》
《ちっとも弱らぬ》

ワーワーギャーギャーうるさいわっ。
最後は神官様の首に巻き付いている、多分蛇の怪異。
赤い舌を真っ赤な唇からチロチロ出してはシャーッと威嚇してくる。

「そういえば。東大陸にはお酒に蛇を入れて漬け込んだ蛇酒があるとか」



それからは、何とか意識を取り戻した神官様が、魔法陣と古代文字が描かれた札を使うと怪異達は物になった。この場合は戻った、なのかな。
壺や扇、剣に煙管っぽい物、様々な品々が
床に転がっていた。
気が付いたら黒い靄は粗方消えている。

私を呼んだ妖精は神官様に頬擦りして喜んでいるし、一件落着だ。
ああ、やっと帰れる。お腹空いたな。色々あったし、ちょっとギフト使ってスイーツを出しても良いよね?

私は帰りの挨拶をしようと、腰を落とし、礼をする。

「神官様ーーー「何しとる。早く片付けるぞ」ーーーえ!?」







#####


本当に気を失ってもいい出来事だったと思う。



「何でこんな事に!慎ましく、穏やかに、目立たずスローに生きていく予定なのに!」

結局目玉さんに、キョロ助と命名したら涙が引っ込み、やたらとキラキラしだしたので、喜んでいるのだと思うーーー事にした。

丸くて黒い扉が開く。心なしか音が軽い。
一歩足を踏み入れる。

「遅刻したらこのガラクタ共の片付けを全部させようと思ったんだがーーー残念だな。ガッハッハ」

怪異憑きとは言え立派な美術品ですよ、お宝ですよ。取り扱い注意じゃないんですかね?
それをガラクタと言ってしまう神官様は、意地悪な言葉に反して、穏やかに笑っていた。


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