幸せの日記

Yuki

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7章 「森下 葵」

1月9日

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【いよいよか。今日は多分、色んなことが起こるはずだ。この日記が最後になってもおかしくない。準備はした。後悔したくないし、させたくない。葵の隣で生きてきた俺にできるのは、これくらいだろう。】

「本日は、よろしくお願いします。」
 俺と葵はカツラとメイクで変装してSCCを訪れた。事務員には、一般の高校生に見えたはずだ。
「申請があった飛鳥高校のお二人ですね。私が案内役を務めます、田中たなかと申します。こちらこそ、よろしくお願いします。」
 案内役の女性は丁寧にお辞儀をし、俺たちの先頭を歩き始めた。
「まずはお着替えして頂きます。男性はあちら、女性はこちらです。」
 純白の廊下の両手側に扉がある。
 葵は、田中さんに連れられ左手の扉へ、俺は右手の扉に入った。
 中では男性の事務員が待っていた。
「お手数ですが、お着替えをお願いします。」
 事務員は着替えを手渡す。それはスーツのようなシャツとスラックス、上から羽織るレインコートのようなもの。

 事件は、俺が着替え終わるときに起こった。扉の外から悲鳴が聞こえた。
 俺は慌ててドアを開け、悲鳴の場所を探す。距離的にそう遠くないはずだ。
(葵の身に何かあったら…!)
 心配が先立ち、着替え中かもしれない向かいのドアを勢いよく開ける。
 俺の心配とは裏腹に、葵も着替え終わっていた。葵の身には傷一つなかった。
 しかし、無傷とわかったのはそのときでは無い。
「葵…?」
 純白の部屋の中央には、血まみれの女性が倒れていた。腹部には包丁が突き刺さっている。
 その傍らには、血まみれで立ち尽くす葵がいた。
「遥輝……」
 視線は虚空を捉え、俺の名前を呼んでいるが、焦点は俺にあっていない。
 部屋の中に人の気配はない。他に誰もいない。これでは…。
 遥輝の思考がまとまる前に、悲鳴を聞きつけて人が集まった。
「何があった?!田中さん!」

 どう見ても犯人の葵はすぐに数人に囲まれ、同伴者の俺も拘束された。

「葵、何があったんだ?」
 葵と2人、何も無い部屋に監禁された。
 血まみれのまま、葵は起きたことを話した。
「わからないの。田中さんと少し話して、着替えようと離れ背を向けた後、田中さんの悲鳴が聞こえた。振り返ったら、血まみれで寄りかかってきて。」
「もう何が何だか…。」
 遥輝はしばらくして、あることに気づいた。
「なぁ、電車の音聞こえるよな。」
「うん、近くに線路あったから。」
「てことは、サイレンか聞こえてもおかしくないよな。警察を呼んでないってことか。」
「…たしかに…。」
「大袈裟にしたくないんだろう。学生の葵を守るためか、調べられると困ることがあるのか。」
 必死に頭を働かせていると、部屋に男が2人入ってきた。
「おい、社長がお呼びだ。」

 社長室に連行された俺と葵は、手を縛られたまま、社長の前に座らされた。
(これが…SCC社長、齋藤…)
「私が、このSCC社長、齋藤だ。テレビなどで見たことはあるだろうが、初めまして。」
 齋藤社長は淡白な挨拶をし、俺らの学生証を手に取った。
「こんな偽物の学生証まで作って、なぜうちの社員を殺した?森下葵?」
(身元までバレてる…。そりゃ、ここの孤児院で育ってるから無理もないけど…。)
「待てよ、確かに身分を隠して入ったが、殺人まで俺らの罪にされる覚えはない」
「そうかな?森下葵には、俺を殺す理由があるんじゃないか?」
「…っ…ふー、」
 葵が歯を食いしばり、汗を垂らしている。
(まずい…!)
 縛られたまま身動きがとれず、葵を止められなかった。
 葵が後ろ手に縛られたまま駆け出した。
 しかし、当然上手く走れず社員に取り押さえられる。地べたに顔を押し付けられながら、葵が喚く。
「当たり前でしょ!私の…!母さんを、父さんを返してよ!あんたを殺すまで!何も楽しめない!」
「親を返せとは、それこそ私の罪にされる覚えは無いな。心中を計った父親を信じられないのもわかるが、他責に頼るのは良くない。」
「違う!私は見た!あんたの!その顔を!血塗れの両親の前に立ち尽くすあんたを!」
「死に際が見えるんだったな。そうか。」
 齋藤社長が席を立ち、葵の前にしゃがみこむ。
「死に際が見えるなんて誰も信じないだろうが、口は封じておこうか。」
「おい!やめろ!」
(くそ!動け!体!)
 掴まれた肩を振りほどこうとするが、縛られた手と座った姿勢で上から押さえつけられていることから、力で敵わない。
 齋藤社長の手が葵の頭に差し出される。噛みつかないように、葵の口が塞がれる。
「やめろ!」
「んんんっ!!」
ドン!!
 後ろのドアが蹴破られた。
「その手を離せ。警察が来るぞ。」
「紅河さん…。」
「なんだお前は?なぜ警察が来る?」
「殺人事件が起きたんだろ?当然、操作に来るだろ。」
「なぜ現場にもいないお前が知っている?着替えもさせて、盗聴器の類はないようにしているはず。」
「人智を超えた能力を集めてるんだろ?そこまで不思議がることか?」
 確かに、サイレンが聞こえてきた。これでこの会社も終わりだろう。
「私は生きておりますので、通報を取り消していただけませんか?」
 紅河さんのさらに背後から、驚きの声が聞こえてきた。田中さんが血まみれで立っている。
「これは血のりです。」
「そういうことだ。殺人事件は、ドッキリだったと言って通報を取り下げろ。そうすれば、お前たち3人は無事に解放しよう。」
「何を言ってる。警察が入れば、どの道一網打尽だろう。」
「それはどうかな?我々が隠す準備もしていないとでも?」
「……俺たちも出直した方が良さそうだな。」

【やっぱり、葵はSCCの社長を殺そうとしていた。殺すまでは、なにもたのしめない…。葵の手を血に染めたくはない。どうしたら、葵が幸せになってくれるだろうか。俺たちの目論見もバレた今、動きにくくなった。この先、どうすれば幸せになれるのか…】
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