63 / 65
7章 「森下 葵」
1月9日
しおりを挟む
【いよいよか。今日は多分、色んなことが起こるはずだ。この日記が最後になってもおかしくない。準備はした。後悔したくないし、させたくない。葵の隣で生きてきた俺にできるのは、これくらいだろう。】
「本日は、よろしくお願いします。」
俺と葵はカツラとメイクで変装してSCCを訪れた。事務員には、一般の高校生に見えたはずだ。
「申請があった飛鳥高校のお二人ですね。私が案内役を務めます、田中と申します。こちらこそ、よろしくお願いします。」
案内役の女性は丁寧にお辞儀をし、俺たちの先頭を歩き始めた。
「まずはお着替えして頂きます。男性はあちら、女性はこちらです。」
純白の廊下の両手側に扉がある。
葵は、田中さんに連れられ左手の扉へ、俺は右手の扉に入った。
中では男性の事務員が待っていた。
「お手数ですが、お着替えをお願いします。」
事務員は着替えを手渡す。それはスーツのようなシャツとスラックス、上から羽織るレインコートのようなもの。
事件は、俺が着替え終わるときに起こった。扉の外から悲鳴が聞こえた。
俺は慌ててドアを開け、悲鳴の場所を探す。距離的にそう遠くないはずだ。
(葵の身に何かあったら…!)
心配が先立ち、着替え中かもしれない向かいのドアを勢いよく開ける。
俺の心配とは裏腹に、葵も着替え終わっていた。葵の身には傷一つなかった。
しかし、無傷とわかったのはそのときでは無い。
「葵…?」
純白の部屋の中央には、血まみれの女性が倒れていた。腹部には包丁が突き刺さっている。
その傍らには、血まみれで立ち尽くす葵がいた。
「遥輝……」
視線は虚空を捉え、俺の名前を呼んでいるが、焦点は俺にあっていない。
部屋の中に人の気配はない。他に誰もいない。これでは…。
遥輝の思考がまとまる前に、悲鳴を聞きつけて人が集まった。
「何があった?!田中さん!」
どう見ても犯人の葵はすぐに数人に囲まれ、同伴者の俺も拘束された。
「葵、何があったんだ?」
葵と2人、何も無い部屋に監禁された。
血まみれのまま、葵は起きたことを話した。
「わからないの。田中さんと少し話して、着替えようと離れ背を向けた後、田中さんの悲鳴が聞こえた。振り返ったら、血まみれで寄りかかってきて。」
「もう何が何だか…。」
遥輝はしばらくして、あることに気づいた。
「なぁ、電車の音聞こえるよな。」
「うん、近くに線路あったから。」
「てことは、サイレンか聞こえてもおかしくないよな。警察を呼んでないってことか。」
「…たしかに…。」
「大袈裟にしたくないんだろう。学生の葵を守るためか、調べられると困ることがあるのか。」
必死に頭を働かせていると、部屋に男が2人入ってきた。
「おい、社長がお呼びだ。」
社長室に連行された俺と葵は、手を縛られたまま、社長の前に座らされた。
(これが…SCC社長、齋藤…)
「私が、このSCC社長、齋藤だ。テレビなどで見たことはあるだろうが、初めまして。」
齋藤社長は淡白な挨拶をし、俺らの学生証を手に取った。
「こんな偽物の学生証まで作って、なぜうちの社員を殺した?森下葵?」
(身元までバレてる…。そりゃ、ここの孤児院で育ってるから無理もないけど…。)
「待てよ、確かに身分を隠して入ったが、殺人まで俺らの罪にされる覚えはない」
「そうかな?森下葵には、俺を殺す理由があるんじゃないか?」
「…っ…ふー、」
葵が歯を食いしばり、汗を垂らしている。
(まずい…!)
縛られたまま身動きがとれず、葵を止められなかった。
葵が後ろ手に縛られたまま駆け出した。
しかし、当然上手く走れず社員に取り押さえられる。地べたに顔を押し付けられながら、葵が喚く。
「当たり前でしょ!私の…!母さんを、父さんを返してよ!あんたを殺すまで!何も楽しめない!」
「親を返せとは、それこそ私の罪にされる覚えは無いな。心中を計った父親を信じられないのもわかるが、他責に頼るのは良くない。」
「違う!私は見た!あんたの!その顔を!血塗れの両親の前に立ち尽くすあんたを!」
「死に際が見えるんだったな。そうか。」
齋藤社長が席を立ち、葵の前にしゃがみこむ。
「死に際が見えるなんて誰も信じないだろうが、口は封じておこうか。」
「おい!やめろ!」
(くそ!動け!体!)
掴まれた肩を振りほどこうとするが、縛られた手と座った姿勢で上から押さえつけられていることから、力で敵わない。
齋藤社長の手が葵の頭に差し出される。噛みつかないように、葵の口が塞がれる。
「やめろ!」
「んんんっ!!」
ドン!!
後ろのドアが蹴破られた。
「その手を離せ。警察が来るぞ。」
「紅河さん…。」
「なんだお前は?なぜ警察が来る?」
「殺人事件が起きたんだろ?当然、操作に来るだろ。」
「なぜ現場にもいないお前が知っている?着替えもさせて、盗聴器の類はないようにしているはず。」
「人智を超えた能力を集めてるんだろ?そこまで不思議がることか?」
確かに、サイレンが聞こえてきた。これでこの会社も終わりだろう。
「私は生きておりますので、通報を取り消していただけませんか?」
紅河さんのさらに背後から、驚きの声が聞こえてきた。田中さんが血まみれで立っている。
「これは血のりです。」
「そういうことだ。殺人事件は、ドッキリだったと言って通報を取り下げろ。そうすれば、お前たち3人は無事に解放しよう。」
「何を言ってる。警察が入れば、どの道一網打尽だろう。」
「それはどうかな?我々が隠す準備もしていないとでも?」
「……俺たちも出直した方が良さそうだな。」
【やっぱり、葵はSCCの社長を殺そうとしていた。殺すまでは、なにもたのしめない…。葵の手を血に染めたくはない。どうしたら、葵が幸せになってくれるだろうか。俺たちの目論見もバレた今、動きにくくなった。この先、どうすれば幸せになれるのか…】
「本日は、よろしくお願いします。」
俺と葵はカツラとメイクで変装してSCCを訪れた。事務員には、一般の高校生に見えたはずだ。
「申請があった飛鳥高校のお二人ですね。私が案内役を務めます、田中と申します。こちらこそ、よろしくお願いします。」
案内役の女性は丁寧にお辞儀をし、俺たちの先頭を歩き始めた。
「まずはお着替えして頂きます。男性はあちら、女性はこちらです。」
純白の廊下の両手側に扉がある。
葵は、田中さんに連れられ左手の扉へ、俺は右手の扉に入った。
中では男性の事務員が待っていた。
「お手数ですが、お着替えをお願いします。」
事務員は着替えを手渡す。それはスーツのようなシャツとスラックス、上から羽織るレインコートのようなもの。
事件は、俺が着替え終わるときに起こった。扉の外から悲鳴が聞こえた。
俺は慌ててドアを開け、悲鳴の場所を探す。距離的にそう遠くないはずだ。
(葵の身に何かあったら…!)
心配が先立ち、着替え中かもしれない向かいのドアを勢いよく開ける。
俺の心配とは裏腹に、葵も着替え終わっていた。葵の身には傷一つなかった。
しかし、無傷とわかったのはそのときでは無い。
「葵…?」
純白の部屋の中央には、血まみれの女性が倒れていた。腹部には包丁が突き刺さっている。
その傍らには、血まみれで立ち尽くす葵がいた。
「遥輝……」
視線は虚空を捉え、俺の名前を呼んでいるが、焦点は俺にあっていない。
部屋の中に人の気配はない。他に誰もいない。これでは…。
遥輝の思考がまとまる前に、悲鳴を聞きつけて人が集まった。
「何があった?!田中さん!」
どう見ても犯人の葵はすぐに数人に囲まれ、同伴者の俺も拘束された。
「葵、何があったんだ?」
葵と2人、何も無い部屋に監禁された。
血まみれのまま、葵は起きたことを話した。
「わからないの。田中さんと少し話して、着替えようと離れ背を向けた後、田中さんの悲鳴が聞こえた。振り返ったら、血まみれで寄りかかってきて。」
「もう何が何だか…。」
遥輝はしばらくして、あることに気づいた。
「なぁ、電車の音聞こえるよな。」
「うん、近くに線路あったから。」
「てことは、サイレンか聞こえてもおかしくないよな。警察を呼んでないってことか。」
「…たしかに…。」
「大袈裟にしたくないんだろう。学生の葵を守るためか、調べられると困ることがあるのか。」
必死に頭を働かせていると、部屋に男が2人入ってきた。
「おい、社長がお呼びだ。」
社長室に連行された俺と葵は、手を縛られたまま、社長の前に座らされた。
(これが…SCC社長、齋藤…)
「私が、このSCC社長、齋藤だ。テレビなどで見たことはあるだろうが、初めまして。」
齋藤社長は淡白な挨拶をし、俺らの学生証を手に取った。
「こんな偽物の学生証まで作って、なぜうちの社員を殺した?森下葵?」
(身元までバレてる…。そりゃ、ここの孤児院で育ってるから無理もないけど…。)
「待てよ、確かに身分を隠して入ったが、殺人まで俺らの罪にされる覚えはない」
「そうかな?森下葵には、俺を殺す理由があるんじゃないか?」
「…っ…ふー、」
葵が歯を食いしばり、汗を垂らしている。
(まずい…!)
縛られたまま身動きがとれず、葵を止められなかった。
葵が後ろ手に縛られたまま駆け出した。
しかし、当然上手く走れず社員に取り押さえられる。地べたに顔を押し付けられながら、葵が喚く。
「当たり前でしょ!私の…!母さんを、父さんを返してよ!あんたを殺すまで!何も楽しめない!」
「親を返せとは、それこそ私の罪にされる覚えは無いな。心中を計った父親を信じられないのもわかるが、他責に頼るのは良くない。」
「違う!私は見た!あんたの!その顔を!血塗れの両親の前に立ち尽くすあんたを!」
「死に際が見えるんだったな。そうか。」
齋藤社長が席を立ち、葵の前にしゃがみこむ。
「死に際が見えるなんて誰も信じないだろうが、口は封じておこうか。」
「おい!やめろ!」
(くそ!動け!体!)
掴まれた肩を振りほどこうとするが、縛られた手と座った姿勢で上から押さえつけられていることから、力で敵わない。
齋藤社長の手が葵の頭に差し出される。噛みつかないように、葵の口が塞がれる。
「やめろ!」
「んんんっ!!」
ドン!!
後ろのドアが蹴破られた。
「その手を離せ。警察が来るぞ。」
「紅河さん…。」
「なんだお前は?なぜ警察が来る?」
「殺人事件が起きたんだろ?当然、操作に来るだろ。」
「なぜ現場にもいないお前が知っている?着替えもさせて、盗聴器の類はないようにしているはず。」
「人智を超えた能力を集めてるんだろ?そこまで不思議がることか?」
確かに、サイレンが聞こえてきた。これでこの会社も終わりだろう。
「私は生きておりますので、通報を取り消していただけませんか?」
紅河さんのさらに背後から、驚きの声が聞こえてきた。田中さんが血まみれで立っている。
「これは血のりです。」
「そういうことだ。殺人事件は、ドッキリだったと言って通報を取り下げろ。そうすれば、お前たち3人は無事に解放しよう。」
「何を言ってる。警察が入れば、どの道一網打尽だろう。」
「それはどうかな?我々が隠す準備もしていないとでも?」
「……俺たちも出直した方が良さそうだな。」
【やっぱり、葵はSCCの社長を殺そうとしていた。殺すまでは、なにもたのしめない…。葵の手を血に染めたくはない。どうしたら、葵が幸せになってくれるだろうか。俺たちの目論見もバレた今、動きにくくなった。この先、どうすれば幸せになれるのか…】
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
黙秘 両親を殺害した息子
のせ しげる
ミステリー
岐阜県郡上市で、ひとり息子が義理の両親を刺殺する事件が発生した。
現場で逮捕された息子の健一は、取り調べから黙秘を続け動機が判然としないまま、勾留延長された末に起訴された。
弁護の依頼を受けた、桜井法律事務所の廣田は、過失致死罪で弁護をしようとするのだが、健一は、何も話さないまま裁判が始まった。そして、被告人の健一は、公判の冒頭の人定質問より黙秘してしまう……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる