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1章

第9話 ベルちゃん登場(後編)

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 スティックを構えたわたしを見ても、魔法使いさんは余裕しゃくしゃくだ。

「ハッ、怒ったところでどうなる?」
「ベルちゃん立って! ベルちゃん!」
「もう、どうでもいいですわ……わたくしも、みんなの元へ……」
「えっ!?」

 座り込んでしまったままのベルちゃんは、小ぶりなナイフを取り出した。

「わたくしは、みんなを守ることができませんでしたわ……。せめてもの罪滅ぼしに、わたくしもみんなの元へ……」

 ナイフを首筋に押し当てる。

「ダメ! ダメダメダメダメダメだよベルちゃん!」
「クーちゃん前も見て!」

 ミーちゃんの声にハッとして前を見た。

「ちょわっ!?」

 ゴン! と地面が震えて頭のてっぺんまでしびれた。
 目の前にはハンマーを持った巨大なガイコツさんが召喚されていた。
 魔法使いさんの杖がにぶく光を帯びている。

「こ、これは、魔法使いさんもベルちゃんと同じネクロマンサー!」
「キヒヒ! そんなガキといっしょにされたくはないがな!」

 ベルちゃんはうつろな瞳でつぶやく。

「みんな……今いきますわ……」
「ダメだってベルちゃん!」

 ベルちゃんは今まさに首筋にナイフを突き立てようとしている。
 そんなこと、させちゃダメだ!

「――だからクーちゃん前も見てってばぁ!」

「あ」

 ミーちゃんの悲鳴にも似た叫びに我にかえる。
 ベルちゃんにばかり気を取られてしまっていた!
 慌てて向き直ってももう遅い――

「うぐっ!」
 
 みぞおちに衝撃が走り、宙を舞う。
 巨大ガイコツさんに蹴り飛ばされてしまった。

「ごほっ! ごほっ!」
「キハハ! よそ見なんてしておるからだ!」

 巨大ガイコツさんを操る魔法使いさんが高笑いをしている。

「クーちゃん大丈夫!?」
「う、うん……」

 あんまり大丈夫ではなかった。
 お腹が痛い……ズキズキする……。
 このお着換え、ネクロマンサーって防御力は高くないみたい……。

「クーちゃん、こいつには集中してかからないと!」
「で、でも……」

 ベルちゃんを見る。

「…………」

 ミーちゃんがとっさにナイフを取り上げてくれたみたい。
 ベルちゃんはうつろな瞳で天をあおいでいる。

 と、視線を遮られた。
 見上げると、目のない巨大ガイコツさんと目が合った、ような気がした。

「あっちの盗賊はさすがに速い、まずは傷を負ったお前からだ」

 魔法使いさんが巨大ガイコツさんの後ろで杖を振った。
 それにあわせて巨大ガイコツさんがハンマーを大きく振りかぶった。
 少し離れた位置からミーちゃんの声が飛ぶ。

「逃げてクーちゃん! 逃げて!」

「うぎっ!?」

 動いたら脇腹がズキッと傷んだ。

 ダメ、逃げられない……!

「――みなさん、今ですわ!」

「……え?」

 突然ベルちゃんの声が響いたかと思うと、グラァ……と巨大ガイコツさんの重心が後ろに傾いた。
 そしてなにかを振り払うみたいに腕を振り回し始める。

「こ、これは? ……あ!」

 よくよく目を凝らすと、人の影が重なって飛びかかっている様子が見て取れた。

「こ、これ! これって! ――ベルちゃん!」
「村のみんな、申し訳ありませんわ……ありがとうですの……」

 振り返り見やると、ベルちゃんは涙ぐみながら杖を光らせていた。
 ベルちゃんが村人さんたちに助けを求めたのだ!

「村人の霊体か、こしゃくな……。いけ! スケルトン!」

 巨大ガイコツさんは標的をベルちゃんに移した。
 村人の皆さんの影はなんとかまとわりつこうとするものの足止めには至らない。

「そこのおふたり、逃げるのですわ! わたくしが加わったところで勝ち目はありませんの!」
「問題ナッシング!」

 グッ! とミーちゃんが親指を立てた。

「え!? な、なにが問題ナッシングですの!?」
「だいじょーぶ! クーちゃんがやっつけちゃうから!」
「で、ですが、彼女はもう動くことも……」 
「む~ん……」

 ベルちゃんのおかげで力を溜められる隙できた。
 これなら、やれる!

「――ゴーレム召喚!」

 ズゴゴゴゴゴッ……!

 地響きを立てて地面が盛り上がる。
 やがてそれは巨大な土くれの人形となり、岩よりも固い肉体をまとう。

「なっ!? こ、これはゴーレムですの!? ゴーレム召喚など伝説の域ですのよ!?」
「……は? ゴ、ゴーレムだと?」

 ベルちゃんと魔法使いさんは目をパチクリさせている。

「ベルちゃんありがとう! それに村人さんたちも! 時間を稼いでくれたから力を溜めることができたんだよ!」
「ち、力を溜めたからといってゴーレムなど……」

「巨人対決だ! いけゴレ男!」

 ゴレ男は無言の雄叫びを上げる。
 巨大ガイコツさん目指して歩きだした。
 歩を進めるごとに地震のように大地が揺れる。
 そして――

 ドゴン!

 顔面をふっとばした。

 ガタガタガタッ!

 巨大ガイコツさんはたたらを踏み、

「なっ!? ちょっ……待っ……ぐえっ!」

 ドシーン! と、魔法使いさんを下敷きにして倒れてしまった。

「こ、こんな、こんなことが……お、お前はいったい……」

 シュウウウウ……

 魔法使いさんは闇に還っていった。

「いえーい!」

 パチーン! とミーちゃんとハイタッチ。
 ベルちゃんにも駆け寄って、

「ありがとうベルちゃん。ベルちゃんが助けてくれなかったら今ごろどうなってたかわからないよ」
「あなたのおかげで……命があぶないというのに必死にわたくしを慰めようとしてくださったあなたを見ていたら……助けなきゃと思わず体が動いてしまったのですわ……」
「ベルちゃん……」
「しかし、ゴーレムを召喚してしまうとは……あなたはいったい……あっ」 

 と、村の方々の影が薄くなっていく。

「もう、わたくしが魂を留めている理由はなくなってしまいましたわ……それならば天に召された方がいい……さようなら、みんな……」
「ちょ、ちょっと待って! まだ魂は留めておいて!」

 むん! とスティックを構える。

「……あなた、いったいなにを?」
「村の方々を生き返すことができないか、やってみるね!」
「な、なにをバカな……あの男も魔王だってできないと言っていたではありませんか」
「…………」

 精神統一。
 集中。集中。

「だから、もういいと言っているのですわ! これ以上夢は見たくありませんの!」
「ねえベルンミルフィユ、クーちゃんを信じてみない?」
「……え?」
「クーちゃんなら奇跡、起こせると思うよ?」
「…………」

「む~ん……」

 今のわたしはネクロマンサー……しかしてその実態は月の聖女である……。
 なら、スキル【受肉】と【浄化】の夢のコラボレーションでなんとかできないかな?

「うむむむむむむむ……」
「どう?」とミーちゃん。
「う~ん、できそうな気はするんだけど力が出ない……どうしてだろう?」
「さすがにこればっかりは無理かな?」
「う~ん……」

 でも、できそうなんだけどなぁ……。

「……あ」

 と、ハタと気が付いた。
 そうか、そういうことか!
 どうりでなんか物足りないと思った!

「キャアッ!?」

 ベルちゃんのミニスカートをたくし上げた。

「なっ、なななななにをするんですの!?」
「これだ! これが足りなかったんだ!」

 お股を指差す。

「ちょっ!? お、お股を指差さないでくださる!?」
「脱いで! 早く脱いでください!」
「ちょっ、なぜドロワーズを脱がそうとしますの!? あっ、その下にはなにも……! そ、そこのあなた! 止め、止めてくださいませ! 止めてー!」
「…………」

 ミーちゃんはやれやれといった渋い顔をしている。
 静観の構えだ。
 これはGOサインと考えていいだろう。

「では、遠慮なく……」
 
 ドロワーズを掴む手に力を込めた。

「ふんっ! レッツお着換え!」
「ひゃっ、ひゃあああああっ!!!!!」

 ――――――――――――。
 ――――――。
 ―――。


「よし!」

 パン! とドロワーズのお腹のヒモを鳴らす。

「……ふむ」

 沸き上がる力を感じる。
 やっぱりお着換えが完全じゃなかったんだ。
 わたしとしたことがとんだ失態だ。
 ゴスロリにはドロワーズ、ククリルおぼえた。

「ごめん、他人クーちゃんのパンツなんて気持ち悪いよね」

 ミーちゃんが謝る。
 そうなのだ、ベルちゃんにはわたしのパンツを履いてもらっている。

「はぁ……はぁ……」
「ベルンミルフィユ?」
「ク、ククリルさんのぬくもりと擦れる感触が……な、なにかに目覚めそうですわ……」
「えぇ……」

「いきます!」

 あらためてステイックを構える。

「右手からは【受肉】……左手からは【浄化】……、合体スキル【リザレクション】!」

 適当な文句でスティックを天に突き上げた。
 すると――

 キラキラキラキラ……

 辺り一面のヤミーが浄化されると共に、影でしかなかった村の方々が、色を、肉体を取り戻していく。

「ほ、本当にこんなことが……!」

 ベルちゃんの小さな肩が震えている。

「いったいあの方は何者なんですの!?」
「クーちゃんはね、月の聖女なんだ」
「…………なっ!?」
「驚いた?」
「月の、聖女……」

 あらためて降り注ぐ金色の光に目を向ける。

 キラキラキラ……

「お美しい……これが世界を救う月の聖女の力なのですわね……」

   *

「もう、旅立たれるんですの……?」
「うん。はちみつミルクもごちそうになったし、もう十分だよ」
「そう、ですの……」

 村の方々が命を取り戻してから、もうめいっぱいの歓待を受けた。
 わたしははちみつミルクを10杯も飲んでしまってお腹が重い。

「本当に、なんとお礼を言ったらいいか……」
「でもね、ベルちゃんががんばって皆さんの魂をとどめていたから生き返らせることができたんだよ? これはベルちゃんが成し遂げたことでもあるんだから」
「……はい」

 あどけなく微笑む。
 ベルちゃんのお目々はまだまっかっかで、いつまでも涙が止まらずこっちが心配になるくらいだった。
 村の方々に抱きついて離れない姿は年相応に幼く、かわいらしかった。
 愛されていたんだなぁ。

「あ、あの、その……」
「……ん?」

 なにやらもじもじして体をくねらせ始めた。
 なんだろう、パンツはもうとっくに交換したけれど。

「どうしたの? やっぱりわたしのパンツ欲しい?」
「あ、あの! わたくしも旅に付いていってもよろしくて!?」
「……へ?」

 ミーちゃんと顔を見合わせる。

「えっと……」
「村はいいの?」
「ええ。これに懲りて傭兵を雇うことになりましたの……。ならばわたくしは恩義を返したいのですわ」
「お、恩義って、そんな」
「そんなこと言ってぇ、ただクーちゃんといっしょにいたいだけなんじゃないのぉ?」とミーちゃん。
「はぁ……はぁ……」
「図星か……」
「うーんと……じゃあベルちゃんって呼んでいい? ベルちゃんの名前、長くて覚えられなくて」
「そ、それって!」
「うん。いっしょに行こっか、ベルちゃん」
「――っ!」

 パアアアアッと顔が晴れ渡って、

「はい! お姉さま!」
「お、お姉さま?」
「ククリル様はわたくしのお姉さまですわ! ああ、お姉さま! お姉さま!」

 ギュウッ! と抱きつかれた。

「ちょっ! ぐるし! ぐるし!」
「くんかくんか! はあ! はあ!」
「ぐえっ!」
「なんだかにぎやかになりそうだね」

 ミーちゃんはやさしげな瞳で見守っている。

「あなたは近寄らないでくださる? お姉さまはわたくしだけのお姉さまなのですから」
「…………」
「あ、ミーちゃんにそんなこと言うなら仲間にしてあーげない」
「ちょっ!? 嘘、嘘ですわ! ミミさんは偉大なる先輩! そう、大先輩ですわ!」
「いい? ちゃーんとミーちゃんを敬うんだよ?」
「もちろんですわ!」
「はあ、にぎやかっていうか大変になりそうだね」

 ミーちゃんは苦笑い。
 ベルちゃんは屈託なく笑って、

「これから末永くよろしくお願いいたしますわ、お姉さま!」

(つづく)
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