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 たくさんの祝福の声に賛辞。
 贅を尽くしたウェディングドレスを身にまとったわたし。
 その隣に立つハンサムな彼は優しく微笑んでいた。

 晴れ渡る青空の下、結婚式はつつがなく行われた。

 喧騒が去り、心地よい疲労を感じながら、薄衣の心許ない夜着を着せられたわたしは、寝台に腰をかけて彼を待つ。
 本でしか知らなかった、これから起きる事に、否が応でも緊張が高まる。

 ギィ……

 部屋の扉が開き、彼が入ってきた!

 まるで頭の中まで鼓動が聞こえるかのように、心臓がバクバクする。

 ゆっくりと足音が近づく。

 目の前に立ち尽くした彼をベッドサイドのランプが照らす。
 見上げると、湯浴みをした後とは思えないくらい青ざめた顔。

 大丈夫? 体調でも悪いのかしら?

 伸ばしたわたしの手が彼に触れそうになった瞬間、払いのけられた。

「君を愛することはないから……」

 驚いたわたしにそう告げた彼の目に、光はなかった。



 ──結婚相手が決まったぞ。

 そうお父様に言われたのは半年前だった。

 お父様が見つけてきたのは、斜陽の憂き目にあっていた伯爵家の嫡男との結婚話だった。

 一代で財を成したお父様にとっては、子供も成り上がりのためのコマでしかない。
 わたしを嫁がせ資金援助することで、伯爵家に恩を売り社交界との繋がりを持とうとしていた。

 このままでは領地を手放し、爵位を返上するしかないほど困窮していた彼の実家は、普通の貴族であれば歯牙にも掛けない、成り上がり実業家の娘との結婚話に飛びついた。

 親同士の損得勘定で決まった結婚だったけど……

 顔合わせとして我が家に訪れたのは、まるで物語から飛び出してきた王子様のように美しい青年だった。
 微笑まれただけでわたしは、すぐに恋に落ちた。

 貴族なのに、幼少の時から実家が傾いていた彼は、控えめで優しい青年だった。
 何度お会いしても、ずっと変わらずに照れたように笑う顔は優しく穏やかな印象だったし、王立学園アカデミーに通っていないからと謙遜されていたけれど、機知に富んだ話は彼の賢さを知るのに十分だった。

 きっと彼となら、幸せな家庭を築けるわ。
 そう思っていた。
 それなのに。

「君を愛することはないから……」

 彼はそう言った。
 幸せな家庭を築けると思っていたのはわたしだけで、彼にとっては家を……地位を……領地を守るための政略結婚でしかなかった。

 優しくて照れ屋で穏やかな姿はわたしと結婚するための演技だったというの?

 結婚さえしてしまえば、そう簡単に離婚できない。
 だからこのタイミングで告げてきたのね。

 結婚式を挙げて夫になったばかりだったはずの彼の、光のない目から涙がこぼれ落ちる。

 一粒涙がこぼれると、堰を切ったかのように彼は泣き始めた。
 おいおいと泣く姿はまるで悲劇の最中にいるみたい。

 待ってよ。
 結婚したばかりで「愛するつもりはない」なんて宣言された、悲劇のヒロインはわたしなのに。
 どうして貴方が泣くの?
 泣きたいのはわたしだわ。
 そう言いたいのに、彼が泣き止む様子はなかった。



 ずっと見つめていると、彼は覚悟を決めた様子でわたしを見つめ返した。

「……大切にしたいと思う女性が、僕の目の前に現れるだなんて思ってなかったんだ」

 彼は唇を噛む。
 好きになった女性がいるから、わたしを愛せないってこと?
 政略結婚だろうが他に好きな女がいようが、わたしはもう、何を言われても驚かない。

「そうなのね」

 わたしは冷静に返事をした。

「本当に、僕にはもったいないくらいの素敵な女性だ。目があっただけなのに、柔らかな笑顔を向けられたら……恋に落ちてはいけないなんて自制しても、無理な話だったんだ!」

 冷静なわたしと反して、彼は熱にうなされたように想い人について語る。

「誰からも相手にされなかった僕なんかの話を、耳を傾けて笑顔で聴いてくれて、僕は話し上手になった気分になれたんだ。いまでも初めて会った時に何を話したのか思い出せるほど幸せな時を過ごした」
「本当に、大切に思っているのね」
「ああ。僕にとってはこの世で一番大切な人なんだ!」

 この世で一番大切な人。
 そう。彼にそんなふうに言ってもらえる女性がいるのね……
 わたしは唇を噛む。

「……うちの父が金に目が眩んだせいで、僕なんかと結婚することになって、本当は僕を憎んでもおかしくないはずなのに、いつも君は微笑みを絶やさない。こんな素敵な女性は、僕にはもったいない! そうだろう?」
「えっ?」
「大丈夫だ。君を愛することはないから安心してくれ。僕は大した教育は受けていないが愚か者ではないつもりだ。いつ、君に別れを切り出されてもいいようにしなくてはいけないことくらいは理解している。君が王都にいたいなら、僕は領地に引きこもるよ。もし優しい君が憐れんで、僕と一緒に暮らしてくれるとしても、寝室は別にしよう。僕も男だ。好きな女性と一緒の寝台で寝るだなんて、我慢できる気がしない」

 そう言って、彼は再び美しい顔を苦しげに歪めて泣きはじめる。
 わたしは咄嗟に彼の手を握りしめた。

「慰めはよしてくれ」

 また払いのけようとするのを、握りしめる力を強くして阻止する。

「あなたがわたしを愛する気がなくても、わたしは愛されたいわ」

 彼は涙で濡れた顔のままわたしを見つめた。
 目の前の瞳に期待の光が宿る。

「えっ……!」
「我慢しないで。わたしのことが好きだったら愛して欲しい」

 そう言って彼に抱きつき、背中に手を回す。

 耳元で鐘打つ彼の鼓動は、わたしの心音よりも早くて大きな音。
 ゴクリと喉が鳴る音とともに、私の身体はゆっくりと寝台に沈む。

「君のことを愛していていいの?」
「わたしも貴方を愛していていい?」

 返事の代わりに彼は寝台の上でわたしを強く抱きしめた。

 きっと彼となら、幸せな家庭を築けるわ。

 彼の重さを一身に受けたわたしは、心の中でそう呟いた。

~完~
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